スムーズじゃなくても、穏やかでいる。【保護猫のリアル】【魔法使いの哲学#5】
「保護猫の話が来たんだけど、由宇君猫いらん?」ある日知人からLINEが入り、興味があったので拾い主様のご自宅にお邪魔した。川辺の段ボール箱に捨てられていたところを保護されたという手のひらサイズの5匹の子猫たち。その中で、青いリボンをつけた一匹の子猫が僕の膝の上に登って離れなかった。「この子の面倒は僕が見ます」とその場で腹を決め、満月の日、生後二か月の黒猫Vi(ヴィ)がうちのゲストハウスにやってきた。
猫を飼うのは初めてである。実家はもとより、親戚にさえ猫を飼っている人は一人もいない。「まさか猫を飼うのがこんなに大変だったとは」。そういう衝撃が、その後数か月に渡って続くことになった。
まず、猫がいると物事が少しずつ滞る。掃除をしようとか、料理をしようとか、出かける準備をしようとか、風呂に入ろうとか、何か行動しようと思った矢先に必ず「猫」がいる。甘えてすり寄ってきたり、ごはんを求めてきたり、文句を言ってきたり、突然うんちをしたりする。あ、うんちだ。片付けなきゃ。あ、ごはんだ。あげなきゃ。そうこうしているうちに自分が何をやろうとしていたのかを忘れてしまう。ああそうだ、洗濯物を取り込むんだっけ。そう思って二階のベランダに行こうとすると、「行くなー! 遊べー! 暇じゃー!」とドアの向こうから大きな鳴き声で訴えかけてくる。
「矯正ギプス」というトレーニング用具がある。通常の身体トレーニングをするよりも、ギプスを装着してトレーニングをした方が筋肉により多くの負荷がかかり、短期間で効果が挙げられるのだそうだ。実際に使ったことはないが、猫を飼うというのはまるでこの矯正ギプスをつけて生活しているようなものだなとよく思う。一度去勢手術のために動物病院に一泊させる機会があったのだが、久しぶりにViのいない家の中は本当に静かで、つい「めっちゃ楽だ…」と思ってしまった(しばらくすると今度は手術が無事に終わったかどうかが気になって眠れなくなった)。
猫は可愛い。だが実際に飼ってみると、可愛いだけでは済まない。それでも世話をするのは可愛いからである。それ以外に理由はないし、いらない。可愛いというのは最強だ。
Viが来たことで物事は以前よりずっとスムーズに進まなくなった。ただでさえ悪戦苦闘のリノベ作業はちょくちょく滞り、クラファンの開始時期は本来の予定より4ヶ月も延びた。冬の寒い時期、Viは風邪を引いて病院に行った。ワクチンを打っていても風邪を引くことがあるんだと初めて知った。猫は口呼吸ができないので鼻がつまるだけでも場合によっては命に関わるということを初めて知った。動物病院では診察代と風邪薬をもらうだけで6000円くらい飛んでいった。猫を飼う上でのいろいろなことに慣れてなさすぎて、最初のうちは本当に胃が痛くなった。
「猫の手も借りたい」という慣用句があるが、実際には作業や物事を効率よくスムーズに進めようとする上で猫という存在はまったく何の役にも立たない。それどころか、猫のためにすべての予定が遅れ、猫がいなければかからないはずのコストがかかる。こんなことで本当にやっていけるんだろうかと不安がよぎる度、いや、決めたんだ。この子の面倒は僕が見る。そう思い直す日々だった。
そんな中ふとあることに気が付いた。普段から作業や物事がちょっとずつ「猫で止まる」ので、猫関係なく仕事の流れがスムーズではない時の「うまくいかなさ」の感覚がゆるい。何の滞りもなく仕事が予定通りテキパキと進むことに慣れすぎていると、ちょっとうまく進まないところがあると落ち込んだりイライラしたりしてしまう。普段のスピードが速ければ速いほど、速度が落ちる時は一気に落ちる。猫を飼っていると何かがちょくちょく滞ることはデフォルトだ。猫という存在が間に挟まることにより、クッション材のような役割を果たしているのである。
「物事ってスムーズにいかなくてもいいんだ」。これは意外な発見だった。仕事なんてちょっとくらいスムーズに進まなくても結構なんとかなる。中止になったら代案を立てればいい。辛抱強くタイミングを待つことが必要な時もある。何かがすぐにうまくいかなくてもあたふたせずに穏やかでいられるというか「そういう時にあたふたせずに穏やかでいても大丈夫」ということがわかった。
猫を飼い始めてから「顔が変わったね」と言われる。自分でも写真を見ながらそう思う。一人でリノベーションに集中していた時はどこか顔つきが尖っていた。Viが来てからは少し柔らかい顔になった(と思う)。
かつて僕は、動物を飼うということを人間のエゴだと思っていた。「可愛い」という一方的な感情のために本来野生で生きているはずの動物を家に縛り付けて愛玩の対象にするのは人間の勝手な都合だと思っていた。しかし実際に飼ってみてわかったことがある。この子は人に愛されること前提で生まれてきている。そうされない時(僕がスマホばかり見ていたりすると)、彼は怒るし、深く悲しむ。
そしてもうひとつ驚くべきことがある。猫は「愛」という概念を完全に理解している。自分に向けられている「愛」がわかる。専門家が何と言うかは知らないが、そうとしか思えない態度を本当にとる。それによって飼い主もまた「愛」を学んでいく。猫という動物は何かしらそのような役目があって僕らのところにやってくるのではないかとさえ、今の僕には思えてならない。
この子の面倒は僕が見る。これからも。毎日。ずっと。
次回、10/15(土)更新。
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