好きな気持ちと同じくらい〜その2〜
「好きな気持ちと同じくらい」連載、第二弾です。
この連載では音楽と共に歩んできた私の人生について、そして音楽を今どう捉えているか、というところまで持っていけたらと考えています。
真面目かつ長めなので、お暇で体力の有り余っている時に読んでくだされ。
〜その1〜をまだ読んでいない方は下記リンクからぜひ。
無事中学校に入り人生初のバンドを組んだところから参ります。
いざ〜いざ〜。
嬉しいがしかし…〜中学・高校〜
「世界一のバンドマン」になりたい私は、中学2年生の時に文化祭バンド発表担当の先生に
「バンドやりたいです!どこでもいいので!キーボード必要なバンドがあったら入ります!なんでもやります!!!」
と意気込んで頼み、高校生の先輩たちのバンド2~3組に助っ人として入ることとなりました。
(※私の中高には軽音楽部がなく、文化祭の時だけ有志が集まりバンド演奏をする形をとっていました。)
当時の先輩たちはそれはそれはとても優しく、ちんちくりん中学生を厭わず受け入れ可愛がってくれました。感謝感謝感謝。
文化祭以外にも卒業ライブにも呼んでもらえてホクホク。
バンドマンへの一歩を踏み出せたと思いました。
小学生の頃に飽きるほどステージ上で演奏するイメトレ&セカオワのピアノパートのコピーをしていたため、おそらく同学年の人よりは不思議とステージ慣れしていました。
「うお!思ったよりできるじゃん、中学生なのに!」
と先輩たちに思ってもらえたのでしょう、次年度からは
「あいつに頼んだらなんとかやってくれるだろう」
と思う先輩たちが圧倒的に増えたのでした。
その結果、中学3年生から二日間の文化祭で7〜8組のバンドを掛け持ち、計40曲ほどを演奏することとなりました。
同時に同級生と自分主体のバンドも同時に始めていたので、ボーカル&ギター&ベース&キーボードという摩訶不思議担当と化し、複数楽器の練習も必要となりさらに難易度アップ!
「先輩たちに任せてもらえるのは嬉しい、一緒にできるのもとても楽しい。そうなんだけど、でも。それにしても大変すぎる、オーバーワークすぎる。」
当時の私の本音はこうでした。
しまいには、
「バンドをやりたい。音楽を他の人と演奏したい。」
という当初の気持ちはどこかへ消え失せ
「どうにか、頼んでくれた先輩たちに迷惑をかけないようにしなければ。
せっかく任せてくれたのに全然できなかったら、全部私のせいだ。どうしよう。」
と、どんどん思い詰めていきました。
何せ量がとんでもないので練習しても練習しても追いつきません。朝起きてすぐに練習、学校へ行ってそのままスタジオへ、夜遅くに帰ってきてまた練習。その繰り返しでした。
「間に合わないどうしよう。スタジオ入って全くできなかったらどうしよう。こんなグダグダなら私のいる意味なんてないじゃないか、どうしよう。」
と思い、練習しながら泣く早朝。なんて時もありました。
…こんな生活を毎年秋に過ごすこと3年。
無能な私はそこにいる意味がない。
この意識が染み付いた結果、
練習は苦行に、音楽は義務に。私の心を蝕むものとして立ち上がったのでした。
高校2年生、バンドリーダーとして役目を終えた時の私の願いは一つ。
「もうバンドはやりたくない。音楽もその時の辛さを思い出すから聞きたくない。もう世界一のバンドマンになんてなれないし、その才能もない。だってこんなに嫌いになってしまったことが、その何よりの証明じゃないか。」
そうして間も無くコロナ禍と受験勉強という二つの大波にのまれた私はそれをいいことに、
音楽への気持ちに蓋をして頑丈に鍵を閉めて、開かずの箱にしまい込んだのでした。
新しい音楽を聴くエネルギーさえ持ち合わせない〜大学生〜
大波乱大学受験を終え無事希望の大学に入学。一息つけるかと思いきや、今度は「大学デビュー」という大波に飲み込まれました。
春に浮かれて「デビュー」の響きに惑わされ、後から振り返ると意味不明の行動をしていた、なんて経験は多くの人が持っているのではないでしょうか。
私も例外なくその一員となり、見学にも行っていないのに陽サークルに入会し、友達とご飯に行くことが一番の楽しみだと思い込んでいました。
「みんなが楽しいと思っていることが私も楽しいことなんだ。今までその道は通ってこなかったけれど、それこそが大学生の醍醐味なんじゃないか。」
そう思った私は、自分が好きかどうかより周囲の人と同じかどうかを気にしてそれに倣うように生活していました。自分のペースや心地良い温度があるはずなのに。
このように過ごしていると…分かりますね、体調を崩します。
原因はそれだけではなく以前からの積み重ねももちろん関連してきますが、心も身体も根本からやられました。破壊的、destructive!
眠る時間が長くなり1日の半分も起きていられない、外にも出かけられない。
何とか目は開けていようと映画や動画を見ようとするのですが、同じ作品しか見られません。なぜなら、新しいストーリーを理解するエネルギーさえ負担に感じられ、予期した道筋を辿らない作品は疲れてしまって見ていられないからです。
同様のことが音楽においても発生します。
新しいアーティストや楽曲を聴こうとしても、そのためのエネルギーが足りません。知っている曲を聴いて安心するのが関の山です。
そもそも、当時の私にとっての音楽は辛い記憶を想起させるトリガーでしかないので救いになるはずもないのです。
願ってもない形での大学生活の始まり。
「このまま治らずずっとこのままなんじゃないか。」
そんな恐怖を抱えながら日々過ごすも、自分の力ではどうしようもなくそのまま半年ほどの時が流れていきました。
絶望の淵、溺れそう。
そんな時に2023年5月14日がやってくるのです…
これにて一時休止。全5回案が現実味を帯びてきました、、、タイヘンダ!
ちょこっとずつ読んでくだされば万々歳。
明日からはシェフの、、、😭😭😭
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