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NEW POWER――これからの世界の「新しい力」を手に入れろ(神崎朗子)

翻訳者自らが語る! おすすめ翻訳書の魅力 第4回
"New Power" by Jeremy Heimans, Henry Timms 2018年4月出版
NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ
著:ジェレミー・ハイマンズ, ヘンリー・ティムズ  訳:神崎 朗子
ダイヤモンド社、2018年12月6日発売
この数年で世界は激変した――とくにトランプ大統領の誕生によって、 そう実感した人は多いだろう。
テクノロジーの急速な発展によって、人や組織、経済、政治が境界線を越えて密接につながった世界で、情報伝達だけでなく、社会の権力構造にも大きな変化が現れている。巨大IT企業が急成長を遂げ、社会経済の基盤となったいっぽう、 ミートゥー運動のような、これまでは力を持たなかった大勢の個人が団結した大規模なムーブメントが各地で起こっている。
本書の著者、ジェレミー・ ハイマンズとヘンリー・ティムズは、 そうした世界的なパワーシフトを読み解き、理解するための画期的な枠組みを打ち出した。
それが「ニューパワー」と「オールドパワー」だ。

これは『NEW POWER――これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』の「訳者あとがき」の冒頭である。

ゲラの校正が終わって疲労困憊の訳者にとって、あとがきの執筆はひと苦労だ。私の場合、事前にかき集めたネタや文献を取捨選択しながら、アウトラインを作成するのに時間がかかる。あらためて全体の内容(と苦しかった翻訳の日々)を振り返りながら、気分を最高潮に持っていき、一気呵成に書く。プリントアウトして読み、細部を何度も練り直す。

そうやって「訳者あとがき」を書き上げたあとは、旨みたっぷりのブイヨンを煮出し切った出汁ガラも同然で、「もうこれ以上、なにも出ません……」といった心境になるが、本書については紙幅の都合上、あとがきに盛り込めなかったこともあるので、そのあたりを中心に書いてみたい。

アメリカで今年の4月に刊行された本書は、またたく間にベストセラーとなり、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『フィナンシャル・タイムズ』紙で大々的に取り上げられるなど、大きな反響を呼んでいる。

著者のハイマンズ氏は、ハーバード大学、マッキンゼー・アンド・カンパニー、オックスフォード大学などを経て、21世紀型ムーブメントを展開する「パーパス」の共同創業者兼CEOとして活躍。ティムズ氏は、『ファスト・カンパニー』誌の「もっともイノベーティブな企業」にランクインした「92ストリートY」の社長兼CEOであり、約100カ国を巻き込んで、慈善事業への1億ドル超の資金調達に成功したムーブメントの仕掛け人としても知られる。ともにニューパワーの実態を知り抜き、リーダーとして変革の先頭に立って世界にインパクトをもたらしてきた、新時代の旗手たちだ。

世界的なパワーシフトを読み解くための枠組み

IT革命によって世界は激変した。双方向の情報シェアが可能になったことで、一方的な情報発信に頼る媒体や組織は衰退している。少数の人間がパワーを掌握していた時代から、ネットワークによってつながった群衆がパワーを生み出し、世の中を動かす時代になった。
本書の著者たちは、そんな混沌とした世界を俯瞰し、パワーシフトを読み解くための画期的な枠組みを打ち出した。いまの世界で躍進し、成功しているのは、「ニューパワー」と「オールドパワー」という新旧ふたつのパワーを巧みに織り交ぜ、駆使している組織や人物だ。

それを端的に示す図表のひとつが、「ニューパワー・マトリックス」(本書p.65)だ。

ニューパワーとオールドパワーの「ビジネスモデル」と「価値観」の組み合わせにより、組織をクラウド、チアリーダー、懐柔者、キャッスルの4つのタイプに分類する。たとえば、同じテクノロジー業界の雄でも、Facebookは、ビジネスモデルはニューパワーだが価値観はオールドパワーの「懐柔者」なのに対し、Appleはビジネスモデルも価値観もともにオールドパワーの「キャッスル」に該当する。

どれに当てはまるかを考えれば、各組織の特徴や立ち位置が理解でき、比較もしやすい。こうした分類は固定的なものではなく、むしろ流動的だ。それは「リーダーシップ・マトリックス」(本書p.341)についても同様で、たとえば大統領になる前のオバマ氏は、リーダーシップモデルも価値観もニューパワーの「クラウド・リーダー」だったが、大統領になってからは価値観がオールドパワーに傾いたため、「チアリーダー」に分類される。

このように「ニューパワー・マトリックス」を用いれば、さまざまな組織やリーダーのうごめく世界を俯瞰する視座を得られるのだ。

ニューパワーを駆使するカギは、「参加」をうながす仕組み

オールドパワーは「貨幣」のように、少数の人間が溜め込むもの。いっぽう、大勢の人間が生み出すニューパワーは「潮流」のように広がり、水や電気のようにどっと流れるときに、最大の力を発揮する。成功するムーブメントの仕掛け人たちは、虎視眈々とチャンスの瞬間を狙っており、すかさず打って出る。

だが、一過性の効果で終わらせず、群衆からもっと継続的な貢献を引き出すには、独自のコミュニティを育成し、段階的な参加の「仕組み」を設けるなど、周到な準備や努力が必要だ。どこでも誰とでも簡単につながれ、即時にフィードバックを得られる21世紀の私たちは、企業や組織が(一方的に)提供するモノやサービスを消費するだけでは飽き足らず、自分が意義深いと感じることに「参加」し、具体的に「貢献」できる仕組みを高く評価するからだ。

世界各国の実例から、ニューパワーの知られざる実態が浮かび上がる

これからの時代を勝ち残っていくのは、そうした人びとの心理をよく理解し、テクノロジーを活用して独自のコミュニティを育成し、信頼関係や絆を構築する組織や企業やムーブメントだ。本書では数々の実例を挙げ、成功と失敗の原因を解き明かしていく。

ニューパワーによる果断な改革に踏み切ったNASAや、ローマ教皇フランシスコ。熱烈なファンや支持者の強力なコミュニティを擁するレゴ社や、全米ライフル協会(NRA)、中国のシャオミ(スマホメーカー)などの取り組みや、過激派イスラム組織ISISの巧みな戦略を紹介。TEDやAirbnbなどの成功例を示すいっぽう、UberやReddit(レディット)、イギリス自然環境研究会議(NERC)などの興味深い失敗例も取り上げる。

また、ミートゥー運動(#MeToo)やブラック・ライブズ・マター運動(#BlackLivesMatter)など世界的な抗議運動に加えて、インドやブラジルの反腐敗運動や、スペインの二大政党制を打破したポデモス党の党首パブロ・イグレシアスや、台湾でデジタル担当相として活躍するトランスジェンダーの異才プログラマー、オードリー・タンの事例など、テクノロジーを駆使したニューパワーの取り組みを紹介する。

きわめつけは、ニューパワーの急先鋒とも呼ぶべき独創的な企業の取り組みだ。伝説のゲーム開発者の奇想天外な構想のもと、コミュニティから驚異的な献身と莫大な資金を引き出し、壮大な“宇宙”の創造を企てる「スターシチズン」(アメリカ)。やはり熱狂的なファン基盤を獲得し、型破りな資金集めとぶっ飛んだアイデアで最高のクラフトビールをつくり、世界に打って出たブリュードッグ(イギリス)。クラウドソーシングで自動車のデザインやコンセプト開発にコミュニティを巻き込み、3Dプリンターを使って小さな工場で電気自動車を製造し、顧客に直接販売するローカルモーターズ(アメリカ)など。著者たちの綿密な取材と臨場感あふれる筆致から、世界各地で果敢な挑戦を繰り広げる人たちのクリエイティブな情熱が伝わってきて、新しい時代の息吹を実感する。

翻訳に当たっては、常にも増して膨大な調べ物が必要だったが、各事例が面白くてのめり込み、夢中になって調べた。「これは」と思う記事や画像は、担当編集者であるダイヤモンド社の三浦岳さんとも共有した。訳了までに調べがつかなかった部分については、三浦さんも英国議会の審議の録画をチェックするなどして裏を取ってくださったほか、数々の鋭いご指摘をいただいたのも、大変ありがたかった。

当事者意識をもって「参加」する

どんな旧弊な業界も政界も、新たな時代のパワーシフトと無縁ではいられないように、いまの時代を生きる私たちも、もはや“傍観者”ではいられない。本書の最後に著者たちが訴えているのは、一人ひとりが当事者意識をもって、社会の問題や身近な取り組みに「参加」することだ。
本書が示しているとおり、ニューパワーもテクノロジーも無限の可能性を秘めている。最先端のテクノロジーの詳しい仕組みは、誰もが理解するのは難しいとしても、その悪用を阻止し、善用を図るには、そのテクノロジーがどんなもので、どのような目的に使用される可能性があるかについては、すべての人が理解しておかねばならない時代になった。それと同じで、ニューパワーの善用を図るには、ニューパワーの特徴や使い方を理解する必要がある。まさに現代人の必読書と言えるだろう。翻訳ノンフィクションならではの魅力や醍醐味がぎっしり詰まった、刺激あふれるこの一冊、強くお薦めしたい。

執筆者プロフィール:神崎朗子
翻訳家。上智大学文学部英文学科卒業。おもな訳書に『やり抜く力 GRIT』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードの自分を変える教室』『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』『フランス人は10着しか服を持たない』(以上、大和書房)、『食事のせいで、死なないために(病気別編食材別編)』(NHK出版)、『Beyond the Label(ビヨンド・ザ・ラベル)』(ハーパーコリンズ・ジャパン)などがある。



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