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本とのつきあい

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本に埋もれて生きています。2900冊くらいは書評という形で記録に残しているので、ちびちびとご覧になれるように配備していきます。でもあまりに鮮度のなくなったものはご勘弁。
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#歴史

『信じる者は破壊せよ』(キャスリーン・ニクシー;松宮克昌訳・みすず書房)

『信じる者は破壊せよ』(キャスリーン・ニクシー;松宮克昌訳・みすず書房)

これはキリスト教全体に関わるような批判の書である。キリスト教が、ギリシアやローマの文化をいかに破壊したかを示す。
 
もちろん、ローマ帝国の許で、キリスト教は不遇な扱いを受け続けてきた。だが、ローマ帝国自体の弱体化もあり、その他多くの事情が重なって、ついに帝国公認の宗教となる。つまり、権力者がこの宗教をメインに扱うようになったのだ。
 
権力を有するようになったキリスト教会が破壊をした――のかどう

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『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也・田野大輔・岩波ブックレットNo.1080)

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也・田野大輔・岩波ブックレットNo.1080)

話題の本をようやく手にした。ドイツ現代詩を専門とする教授と准教授によるブックレットである。100頁を超えてくるから、ややずっしりとした感がある。
 
良いタイトルである。分かる人には、その問いかけの意味がピンとくる。ナチスは、確かに酷いことをした。ドイツを変えてしまった。だが、インフラや政策、福利などについて、「良いこと」をしたのだ、という声が確かにある。それも、比較的最近広まってきた見方ではない

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『わたしたちはいま、どこにいるのか』(日本基督教団代田教会編・新教出版社)

『わたしたちはいま、どこにいるのか』(日本基督教団代田教会編・新教出版社)

新教コイノーニアというシリーズの第27弾である。2003年に亡くなった、隅谷三喜男先生を記念する本である。東京の代田教会は、晩年隅谷三喜男先生が在籍した教会である。それで、亡くなった後も、先生の業績を大切にし、協力者を得て、シンポジウムを開催した。雑誌に一部公開されたが、質疑応答を含む全貌を世に問うために本書が成立した。
 
代田教会は、聖書から福音を毎週語る教会である。そこには日本で最高レベルの

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『エヌマ・エリシュ』(月本昭男訳+注解・ぷねうま舎)

『エヌマ・エリシュ』(月本昭男訳+注解・ぷねうま舎)

バビロニア創世叙事詩である。よくぞこのような本を出版してくださった。180頁ない量で¥3,200+税という価格だから、かなり割高ではあるが、こうした文献が翻訳されて読めるというのは、実にありがたい。
 
旧約聖書は、その後の歴史の中でキリスト教を通して大きく取り上げられ、それが信仰どころか、生活や社会の基準になっていった。そのため、ヨーロッパの歴史と文化を顧みると、旧約聖書だけが歴史の真実でありす

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『差別の日本史』(塩見鮮一郎・河出書房新社)

『差別の日本史』(塩見鮮一郎・河出書房新社)

2022年発行。著者は、河出書房新社から出て作家となり、日本史のいろいろな時代について調べ、とくに貧民などのことを本に描いているようである。その中で、「差別」の問題に特化してまとめたのが本書である。
 
恥ずかしながら、私の知らない言葉がたくさんあった。確かに、歴史の中である時期に使われていたようなものについては、そうした文献を知ることなしには見聞がないだろう。恥ずかしながら、冒頭に掲げられていた

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『こどもサピエンス史』

『こどもサピエンス史』

(ベングト=エリック・エングホルム著・ヨンナ・ビョルンシェーナ絵・久山葉子訳・NHK出版・2021年7月発行)
 
痛い本である。実に厳しい。だがこどもたちへの呼びかけは力強く、希望に溢れている。希望は、やたら明るいだけの希望ではない。弱さや悪いところを十分自覚しているからこそ、希望を抱くのである。
 
サブタイトルは「生命の始まりからAIまで」ときて、まことに最新の情報が組み込まれている。ユヴァ

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『キリスト教の幼年期』(エチエンヌ・トロクメ : 加藤隆訳)

『キリスト教の幼年期』(エチエンヌ・トロクメ : 加藤隆訳)

ちくま学芸文庫から2021年8月に出たばかりであるが、これは『キリスト教の揺籃期』という題名で出ていた単行本の文庫化である。そちらをすでにお読みの方は購入の必要はない。
 
トロクメはフランスの神学者。2002年に77歳で亡くなっている。訳者はその弟子である。博士論文を書かせてもらい、それを直ちに出版するところまで連れて行ってもらっている。こうした事情は、訳者のあとがきにたんまり書かれている。特に

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今村天主堂

今村天主堂

外からだけ、見たことがあります。それだけでも感激ものでした。内側から見たステンドグラスは、きっと夢のように美しいことでしょう。鉄川与助という人物にも魅力があります。その腕によりこの絶妙な建築が可能になりました。この地域は、キリシタンの村でありつつ、いくらか寛大な措置を執られていたといい、キリシタンの伝統のある地で、今村切支丹資料館もお薦めです(いまも開いているのでしょうか)。明治期にここから、多く

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