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『キリスト教の幼年期』(エチエンヌ・トロクメ : 加藤隆訳)

ちくま学芸文庫から2021年8月に出たばかりであるが、これは『キリスト教の揺籃期』という題名で出ていた単行本の文庫化である。そちらをすでにお読みの方は購入の必要はない。
 
トロクメはフランスの神学者。2002年に77歳で亡くなっている。訳者はその弟子である。博士論文を書かせてもらい、それを直ちに出版するところまで連れて行ってもらっている。こうした事情は、訳者のあとがきにたんまり書かれている。特に、この師との豊かな交流については、他で述べることもないであろうから、ここでたっぷりと綴られている。案外それも悪くない。ただ、そこには学会の中でこそ知るとんでもないことも暴露されている。西洋人たちが、世界は西洋だけからできているように思い込んでいること、かのモルトマン先生にしても、日本について知識がなく、その知識がないことを覚られまいとごまかすようなところがありありと見えて悲しかったことなどの事情が、そこでぴりりと批判されていた。
 
キリスト教の成立という意味では、いつどのように成立したのか、考えてみれば不思議であり、よく分からない。教会といま呼んでいる共同体があったことは確実である。その中ではどこでも同じようではなく、ヤコブまたはペトロが指導する中心的役割を果たしたグループもあったし、パウロが各地に建てた教会もある。そこでは異邦人宣教がなされたことになっているが、現地のユダヤ人が支えになっていたとも見なしうるであろう。ヨハネのグループもこれらとはまた少し違った形で、しかしなにはともあれ同じキリストの弟子たちのグループとして存立していたことであろう。その周辺においても、エッセネ派がどうであったのか、マルキオン派も熱心に聖書を集めたことで知られているが、まとまりという意味では非常に心許ないものであった。ユダヤ教との関係もあり、ローマを前にしては、ユダヤ教の一部だという認識であった時期が続いた中で、やがてユダヤ教とは別ものだというふうに見なされるようにもなっていく。その都度、教会に属するキリストの弟子たちの意識は、違っていたことだろう。こうした辺りの事情について、本書は文献資料を頼りに、だが時に大胆な想像も交えるようにしながら、読者に説得力ある説明を投げかける。
 
本書は、イエスが地上生活を送っていた時代から、その時代の空気を感じることができるように案内してくれる。読みやすいけれども、まるで物語を読んでいるかのようにすいすいと流れていく読書の時間が、豊富な知識を背景にしていることをいつしか忘れさせ、心地よい聖書の背景の説明に心を許していく。内容については、どうぞ直接お読みになって知識を増して戴きたい。
 
物語を読んでいくようなわくわくした気持ちを生んでくれた本であった。それも学問的な裏打ちがあるからこその説得力だったのであろう。教会がかなり人間的な考えや動きからばかり説明されているようにも見受けられるが、この眼差しも必要である。人間が書いた。人間の心理が執筆に関わった。ただ、人間だけが創作したのだ、としてしまうには余りに見事な神の物語である。人間くさい事情が満載の一冊のようであるが、ここからこそ、教えられて、神の計らいのすばらしさを感じるという読み方があるなら、どうぞと歓迎したいものである。いや、私自身が、そのような読み方をする張本人である。頼もしかった。

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