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手っ取り早く戦術の初歩を学びたい人のためのHow to Win on the Battlefield(2018)の紹介

軍事学で避けて通れないのが戦術の議論ですが、それを一から学習しようとすると、さまざまなハードルが現れます。戦術の基礎には、武器や装備、部隊の編成や運用、地形や気象などの予備知識があり、地道に戦例を学ぶことを通じて原則の意義やその適用の仕方を理解していかなければなりません。法学の学習と同じように解釈を学ぶためには具体的な事例に抽象的な概念を落とし込むという練習が必要となるのです。

こうした学習に入る前に、そもそも戦術家はどのような視点で状況を見るのか、どのような考え方を持っているのかを概観しておくと、イメージを掴みやすくなると思います。そのような読者に適しているのがRob Johnson氏の『戦場における勝ち方(How to Win on the Battlefield)』(2018)です。目標、攻勢、協同、集中、経済、機動、警戒の原則から出発し、25種類の基本的な戦術を事例を交えながら解説しています。ここでは私なりの批判を交えながら、その内容について紹介してみたいと思います。

戦術を学ぶ場合、戦いの原則と呼ばれている原則の意義を把握するところから始めることが一般的です。基本的に誰が議論しても、あまり内容が変わることがありませんが、戦いの原則を否定する立場もあり、時代や地域によって内容が若干変化することもあります。著者の解説では少し独自の見解も含まれているようですが、おおむね定説的な見解に属するものと認められます。著作では、以下の原則が取り上げられています。

(1)目標:明確化され、一貫性を備えた方針、目標を定めることが第一に考えられなければなりません。著者は、軍事的な勝利が政治的な目標の達成に寄与することの重要性についても述べていますが、これは戦略の研究に属する議論であるため、やや誤解を招く解説ではないかと思います。
(2)攻勢:これは戦いに勝つために、受動に回るのではなく、主動の地位を確保することを意味する原則です。そのため、文献によっては主動の原則と表現されることもあります。著者の解説では、さらに踏み込んで敵の重点を打撃する意義も説いていますが、重点に対する攻撃に関しては後述します。
(3)協同:勝利を収めるためには、味方といかに連携を図るかという点に着意する必要があり、著者は戦闘部隊の協同だけに限定せず、後方支援部隊との協同についても指摘しています。
(4)戦力の集中:著者の解説では、最も重要な原則としてこれを位置づけており、緊要地形に我の戦力が敵の戦力に優越できるように図ることの重要性を説いています。また、この原則は我の戦力を集中することの重要性だけでなく、敵の戦力を分断することが重要であることも意味しています。
(5)戦力の節約:任務達成のために使用できる戦力は有限であるため、必ずそれを効率的に配分し、無駄が出ないように注意するべきであるという原則です。著者の解説では、短期で勝利を達成するように努めるべきという解釈が示されており、これは少し定説的な解釈から逸脱していると思います。
(6)機動・奇襲・欺騙:この著者の原則の立て方は独自のものです。本来、機動の原則と奇襲の原則は区別されることが一般的であり、奇襲の原則を実行する手段として欺騙が位置づけられると理解すべきでしょう。著者の解説では、この原則は部隊の機動の組み合わせ方によって勝利を達成することができると論じられており、また適切な陣地に向けて機動することが、他の原則の適用を可能にするものと主張しています。ここの解説は少し分かりづらい内容になっていると思います。
(7)警戒:これは敵に奇襲を許さない態勢をとることによって、我の部隊を掩護すべきという原則であり、著者の解説もこの見解に沿ったものになっています。ただ、政策的な対立が避けがたいとしても、戦闘は可能な限り避けるべきであるという議論は余分でしょう。
(8)簡明:これは部隊を可能な限り単純明快な構想に沿って運用すべきという原則です。

この基礎を踏まえた上で、著者は25種類の戦術を順番に検討していますが、その内訳は以下の通りです。

(1)重点に対する攻撃
(2)逆襲
(3)奇襲と伏撃
(4)包囲、両翼包囲
(5)側面攻撃
(6)地形の確保と環境の利用
(7)波状攻撃(echelon attack)
(8)予備の拘置
(9)電撃戦
(10)火力の集中
(11)衝撃行動(schok action)
(12)射撃と運動の連携
(13)戦力の集中と攻勢極限点
(14)主動的地位の獲得と保持
(15)オフバランシング(Off-balancing)と拘束
(16)物量(mass)
(17)縦深防御
(18)戦略的攻勢と戦術的防御
(19)敵と引き分ける
(20)欺騙と陽動
(21)恐怖と心理戦
(22)消耗と殲滅
(23)情報と偵察
(24)反乱とゲリラ戦
(25)対反乱

ここでは第1章の「重点に対する攻撃」を見てみたいと思います。主動の原則で確認したように、戦闘で勝利を収めるためには、受け身に回って敵が攻めて来るのを待ちかまえるだけでは不十分です。確かに、敵に対して我の戦闘力が相対的に劣勢であるならば、防御を固めることも時として必要ですが、それだけでは決定的な戦果を上げることは不可能です。例えば敵の部隊を撃破し、あるいは特定地点を占領したいのであれば、敵の防御に対して有効な攻撃を実施する可能性を探らなければなりません。著者は、作戦計画でしっかり攻撃の重点を明確化しておくことの意義を説いています。重点は敵の特定の部隊として表現されることもあれば、戦場における特定地点として表現されることもありますが、そこに我の戦闘力を集中することが肝要です。

著者が重点に対する攻撃の一例として挙げているのは北アフリカ戦線でドイツ軍に対しイギリス軍が行った攻撃です。1942年、北アフリカ戦線でエルヴィン・ロンメルが指揮するドイツ軍は、バーナード・モントゴメリーが指揮をとるイギリス軍を攻撃し、イギリス領エジプトのエル・アラメインに前進しました。このとき、モントゴメリーは敵の攻撃前進を食い止めた上で、航空優勢を確保し、航空機で長く延びたドイツ軍の背後連絡線を脅かしました。これによってドイツ軍は燃料や物資の輸送が妨げられ、攻撃前進を続行することが難しくなりました。著者は、モントゴメリーがこの時間的猶予を利用して部隊の再編成を進め、人員の再訓練やアメリカが供与した装備の配備を進めたこと、速やかに攻撃に転じる準備を進めたことを叙述しています。

モントゴメリーはドイツ軍に対する攻撃を考える際に、どこに攻撃の重点を形成するべきかを慎重に判断する必要がありました。詳細は省略しますが、モントゴメリーは作戦地域と彼我の可能行動を検討した上で、前線の南部で陽攻を仕掛けることによってロンメルの注意を強く引き付け、それによって前線の北部で大規模な攻撃を実施するという作戦構想を採用しました。1942年10月23日、ドイツ軍の防御陣地に対する砲撃を一斉に行った上で、モントゴメリーは前線の北部に大規模な歩兵部隊と機甲部隊を送り込み、夜襲を開始しました。ドイツ軍の防御陣地に接近するには地雷原を越える必要がありましたが、地雷の除去に予想以上に手間取り、砲撃で生き残ったドイツ軍の兵士の防御弾幕の中で大きな損耗を出しました。ただ、ロンメルは休暇から戻ったばかりで戦況を把握するために時間がかかり、また南部での攻撃が陽攻なのかどうかを見極めることができませんでした。そのため、ドイツ軍が予備とした機甲部隊を直ちに戦闘に加入させることが妨げられました。これが結果的に勝敗を分けることになりました。

イギリス軍はドイツ軍の激しい抵抗で損耗を出しながらも、防衛線を突破することに成功し、攻撃部隊の前進方向を北に転じて沿岸部の道路に向かわせることにしました。この動きは、ドイツ軍の退路を遮断する機動であったために、ロンメルは北部の地区に戦力を集中し、自ら前線に赴いて戦局を好転させようとしましたが、戦機を逃しており、イギリス軍の突破口を塞ぐには至りませんでした。11月3日にロンメルは防御を断念し、後退行動に移行することを決心しましたが、すでにイギリス軍の機甲部隊はドイツ軍の防御陣地に奥深く前進していました。さらに11月8日にはアメリカ軍が北アフリカのアルジェリアとモロッコに着上陸してきたことにより(トーチ作戦第二次世界大戦で米軍は占領地行政の問題にどのように対応したのか?を参照)、ロンメルは後方地域を奪われる危機的な状況に立たされることになりました。著者は、次のようにこの戦闘における戦術を分析しています。

「重点を認識し、そこにより大きな戦力を集中させることが重要であった。原則的に攻者は防者に対して3対1の戦力比でなければならない。態勢を崩すための攻撃(陽攻)と複数の正面を持っていたことが、モントゴメリーの主動的地位の保持を可能にしたものの、攻撃の軸を変えることによって敵の予備隊を引き付けておくことができた」

この著作は、初めて戦術を知ろうとしている読者には手ごろな教材になると思います。ただし、専門家であれば、その記述が必ずしも正確ではないことや、論理の飛躍があることを指摘するでしょう。私が特に注意を促したい点としては、この著作が全体として小部隊戦術に注意を払わないことです。師団・旅団のような大部隊の運用に注目した事例を取り上げる傾向があるため、小部隊戦術からしっかり学びたい方にはおすすめしません。前近代の戦史や、海軍や空軍の戦術に関しても取り上げていますが、その解説はあまり正確ではないので参考にしない方がよいと思います。

日本語でこれに最も近い内容の書籍を探されているなら、家村和幸氏の『図解雑学 名将に学ぶ世界の戦術』(ナツメ社、2009年)が候補に入ると思います。これも学術書籍ではなく、一般向けに書かれた戦術の入門書です。さまざまな事例を使って戦術の具体例を列挙しています。その解説の内容に関しては異論があると思いますが、戦術の図解はとても分かりやすいので、入門におすすめします。

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