研究メモ 軍事学では決勝点をどのように分析するのか？

決勝点（decisive point）とは、敵に対して大きな優位を得ることができる地理上の位置のことをいいます。軍事学の文献によっては、空間ではなく、時間の流れの中で決勝点がいつかを考える場合もあるのですが、一般的には地理上の位置のことを議論することの方が多いので、ここでは地理上の決勝点のことに限定して解説します。

まず、軍事学では決勝点を分析する方法が2つに分かれます。一つ目は戦略的影響がどの程度であるかによって決勝点を特定しようとしたカール・フォン・クラウゼヴィッツの方法であり、二つ目は決勝点それ自体の性質や形態ごとの分類を重視するアントワーヌ・アンリ・ジョミニの方法です。

クラウゼヴィッツの方法によれば、決勝点を見極めるためには、敵の重心を特定し、その重心に与える影響が大きい地域を特定しなければなりません（重心については、軍事学の世界で重心は何を意味する用語なのか？；論文紹介 戦略の研究でワーデンはどのように重心分析の考え方を変えたのかを参照）。通常、決勝点は我の重心を保護する上で、あるいは敵の重心を打撃する上で利点を有する地点であると考えられています。もし敵の重心が首都にあるならば、その首都を打撃するためには、その周辺の隘路や高地を占領しなければならないので、それらが決勝点と判断できるでしょう。

しかし、ジョミニの方法によれば、決勝点は地理上の決勝点と機動上の決勝点に分けて考えます。地理上の決勝点は、戦域の地理的な特徴によって規定されているために、恒久的に存在している決勝点であり、機動上の決勝点は彼我の部隊の態勢によって一時的に出現する決勝点です。例えば、地理上の決勝点としては幹線道路の分岐点が、機動上の決勝点としては、敵の後方に位置する策源地が例として挙げられるでしょう。ジョミニの議論では、機動上の決勝点の意義が強調されており、戦域において敵軍を一挙に捕捉撃滅することを可能な方向へ兵力を運用すべきだと考えられています。クラウゼヴィッツのように、政治的、経済的、社会的な影響があまり考慮されていないと言えるかもしれません。

このような違いがある二人ですが、決勝点に関する分析で彼らの見解が一致している部分もたくさんあります。それは、決勝点が作戦行動の目標であると同時に、戦術行動の目標になりやすいという部分です。軍隊の命令が下達され、戦略から作戦へ、作戦から戦術へと運用の段階が移行していく過程で、全部隊が決勝点に向けて焦点を絞って行動することにより、それぞれの部隊の行動に一貫性が生まれます。

また、クラウゼヴィッツとジョミニはいずれも波及効果が大きくなければ決勝点と呼ぶに値しないと見なして議論を進めており、その判断に慎重を期する必要があることについても意見が一致しています。これは実際の作戦で決勝点を誤認し、間違った運用を行うケースが少なくなかったためです。クラウゼヴィッツは何の価値もない高地を決勝点と見なしてしまい、そこを占領することに全力を傾けてしまうことの危険性を強調していました。

誤認を避けるために、決勝点をより明確に判断するための包括的な評価基準のようなものがあれば理想的ですが、そのような基準は作ってみたところで実務の役に立たないという見方が有力視されています。戦域の特性が千差万別であり、専門家の間でも決勝点と呼べる地点に関して判断が分かれることは少なくありません。

例えば、ヨーロッパのように温暖な気候で、内陸部に水路や道路が張り巡らされた地域では、交通網の結節点を長期にわたって確保することに大きな戦略的意義があると言えます。しかし、サハラ砂漠のような乾燥地帯では、兵站支援が非常に困難であるため、交通路の結節点を長期間にわたって部隊に占領させることは非効率です。むしろ、戦略的に無価値な陣地に固守することで、兵力が分散されてしまい、有効な運用が妨げられる恐れがあります。このように、戦域の特性を無視して決勝点に兵力を集中すると、戦略の効率が大幅に低下してしまう恐れがあるのです。

決勝点を判断したければ、地理を深く理解する必要があります。ジョミニは地図を詳細に読まなければ、戦略家として戦局眼を養うことはできないと考えており、特に交通地理の知識の重要性を指摘していました。実際に交通地理は軍事地理と密接な関係があることが知られており、アルフレッド・セイヤー・マハンは海上交通を活用できるか否かによって、戦略行動における国家の優劣が大きく変化したと分析しました。

地理学者ハルフォード・マッキンダーは鉄道の発達によってユーラシア大陸の内陸部にあたるハートランドの重要性が飛躍的に高まったという分析を展開しています（ハートランドに関しては論文紹介 マッキンダーのハートランド理論は遊牧民の歴史から導き出された；研究メモ ユーラシア大陸の外には、もう一つのハートランドがあるを参照）。

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