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欺騙の行い方を分析した軍事学の研究『計略(Strategem)』(1969)の紹介

古代中国で成立した軍事学の古典である『孫子』では「兵は詭道なり」と記されています。これは敵に不利な行動をとらせるために、味方の態勢、能力、行動、意図などを誤認させる欺騙(deception)に関する最も古い記述であり、その軍事的な重要性は今でも変わってはいません。この記事では、現代の軍事学で欺騙に関する研究成果として知られている『計略(Strategem)』(1969)を紹介しましょう。

Whaley, Baron. 2007(1969). Strategem: Deception and Surprise in War, Boston: Artech House.

古くから欺騙は「戦争の戦略的手法を変形したものの一つ」でしたが(Whaley 2007: 2)、その概念の定義や分類の方法は必ずしも統一されていません。リデル・ハートは戦略の研究を通じて欺騙の重要性を再認識し、間接アプローチという考え方を提唱することで、それを実行するための方法を提案していますが、それは具体的な指針を打ち出すまでに至っていません。

Whaleyは、間接アプローチの分析を踏まえた上で、あらゆる欺騙の目的は奇襲を成功させることであると想定し、その実行は(1)敵を紛らわしい状況に直面させる段階と、(2)味方にとって望ましい行動方針を採用させる段階の2段階から成り立っているものだと考えました(Ibid.: 73)。

「計略の目的は対象者が間違った、あるいは望ましくない選択肢を本当に選び取るようにすることによって、奇襲を確実なものにすることである。それを実行するために、計略の技法は2段階の行動をとる。第一に、対象者が曖昧な状況に直面することを確実なものとする。(中略)その次に、対象者に対して、自身の困難を解消するための選択肢を与えるのである」(Ibid.)

つまり、欺騙は単に敵に選択肢を押し付けるようなものではありません。その前の段階で、何らかの解釈ができるように操作された情報を、相手に信じ込ませるように渡すことが重要です。Whaleyの見解によれば、この情報の操作が欺騙の基盤であり、そのテクニックは相手に見せることを目的としている場合と、相手から隠すことを目的としている場合で2種類に大別が可能です。また、それぞれのテクニックは、より細かく3種類に分かれるので、合計6種類の類型が得られます。

見せる欺騙で最も効果的な方法は、あるものを別のものに見せかけるミミッキング(mimicking)であり、ある将官がまったく別の司令部を訪問しているように見せかける手法がこれに該当します。やや効果が劣るものですが、二つ目の方法は新しい状況を創り出すインベンティング(inventing)であり、例えば飛行場が実在するかのように無線通信を繰り返すことや、何もない場所にあえて敵から見えるような照明を配置することが、これにあたります。効果が相対的に乏しいものの、三つ目の方法が注意を逸らすためのデコイング(decoying)であり、戦地で野戦軍が敵に行き先を悟らせないように行う陽動が一例として挙げられます。

隠す欺騙の方法も3種類に細分化されています。一つ目が真実を見せないようにするマスキング(masking)であり、これが最も効果的であるとされています。例えば開戦を決意しているにもかかわらず、その敵に作戦の準備を進めていることを悟らせないために外交交渉を続ける方法が、これに該当します。次に効果的なのが、二つ目のリパッケージング(repackaging)であり、これは相手に隠したいものと、よく似たものを利用し、偽装することをいいます。例えば軍艦の存在を隠すために商船に偽装させるのも、リパッケージングの一種です。最も効果が乏しいのは、三つ目のダズリング(dazzling)であり、これは相手を混乱させることで、情報を隠すことをいいます。味方にしか分からない暗号を使うことが、これに該当します。

これらの手法のどれを使用すべきかは状況次第ですが、大前提として敵の情報収集を事前に調べ上げ、それを計画的に利用する必要があります。成功の鍵を握るのは、敵が最も信頼に足ると考えている情報源を特定することです。そのような情報源から敵に情報資料を渡すことができれば、欺騙を成功させる上で大きな一歩となるでしょう。ただし、敵は複数の情報源を使うので、それらから得られた情報資料が常に一貫していなければ、欺騙行動が成果を収めることは期待できなくなります。

Whaleyは、戦史に記録された欺騙の事例を集めていますが、欺騙が失敗した事例も少なくないことが指摘されています。興味深いのは、欺騙を仕掛けた後で、それを逆用される対欺騙の有効性を指摘している点で、そちらの方がより効果的に敵を欺くことができることが示されています。このような研究を踏まえれば、欺騙を仕掛けてきた相手に対して、どのように行動すべきかを考える際に参考になるでしょう。

参考文献

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