見出し画像

どのような情報が必要とされているのかを知ることが情報活動の出発点となる

軍隊の行動は、状況を解明し、指揮官の状況判断を助ける情報(インテリジェンス intelligence)に基づいて選択されています。不確実で不透明な状況の中で、部隊を適切に運用することができるかどうかは、情報活動の成否によるところが大きいといえます。情報は、国家の戦略を決定する立場にある者が使用する戦略情報と、部隊の作戦を指揮する者が使用する作戦情報に分かれますが、いずれも情報活動の結果として取得される情報です。この記事で述べたいのは、戦略情報の取得には固有の難しさがあるということです。

シャーマン・ケント(Sherman Kent, 1903-86)はアメリカの中央情報局(CIA)に勤務し、情報活動の発展に貢献した人物であり、彼の著作『米国の世界政策のための戦略情報(Strategic intelligence for American world policy)』(原著1949;邦訳2015)はこの分野で古典的な業績と見なされています。ここでケントが述べていることは、個々の情報資料を分析する方法ではありません。情報業務を運営する立場に立たされたとき、それぞれの情報資料の収集を適切に指導し、指揮官が状況判断に活用できるようにするために、どのような運用を心がけるべきかを述べています。これも軍事学の重要な研究領域の一つであるといえます。

ケントは、ただ目の前で起きていることを丹念に調べ上げ、それらを詳細にまとめ、正確に知らせるだけでは不十分であると述べています。なぜなら、情報は内容が正確であるだけでなく、使用者にとって時宜を得たものでなければならないためです。使用者は先を見通して決断を下さなければならないので、現状だけでなく、将来にどのようなことが起きるのかを見通せるような情報が求められます。著作でケントは次のように述べています。

「本書の主要命題の一つは次のように要約できるだろう。すなわち、ここで議論される類の知識が完全、正確かつ時宜を得たものでないとしたら、また、顕在化した問題や顕在化するであろう問題に適用し得るものでないとしたら、そのような知識は役に立たない、ということである。この命題において認識されるのが、インテリジェンスとは知識のための知識ではなく、行動を起こすための実務的な知識であるという事実である」(邦訳『戦略インテリジェンス論』235頁)

つまり、あらゆる情報運用の基本は、情報の使用者が定める情報要求だとケントは論じています。情報要求とは、指揮官が知りたいことは何かを明確化し、情報業務の大まかな方向性を確定することをいいます。この情報要求を確立することによって、はじめて優先度が高い情報とそうでないものを区別することが可能となり、有限な情報能力を効率よく業務に配分できるようになります。

この情報要求を確立するとき、情報の使用者から指導、指南を継続的に受けることが重要であり、そのために情報要員が意思決定の場に参加していなければなりません。「指南の必要性は明白である。なぜなら、行動が計画実行される場からインテリジェンス要員が隔絶されるようなことがあれば、その職員が生産する知識は相手のニーズを満たすことがないからである」とケントは述べています(同上)。もし使用者から適切な指導、指南を受けることができなくなれば、情報要員はどれほど大規模な能力をもってしても、継続的に良好な成果を上げることが難しくなり、また無責任に陥って任務の達成に参加する意欲を失います(同上、238頁)

一般に情報要求の重要性は、あらゆる情報活動にとって共通のものだといえます。しかし、総理大臣や大統領のように、作戦情報ではなく、戦略情報を使用する意志決定者に情報を提供する場合、ケントは特に厳重な注意を払うべきだと主張しています。というのも、作戦情報であれば、意思決定の場と情報要員が活動する前線との距離が小さいため、指導、指南を適切に受けることが可能です。しかし、大統領や総理大臣のように前線から遠く離れた場所にいる場合、彼らから適切な指導、指南を受けることは難しくなります。平時には、この困難は一層増大するとケントは指摘しています。

「戦時には前線に近ければ近いほど、部隊などの行動単位が小規模であればあるほど、生産者と消費者の関係は良好となり、指南も鋭敏になる。他方、前線から遠ければ遠いほど、行動単位が大規模であればあるほど、指南は劣化してしまう。平時には前線に匹敵するような状況はほとんどない。あったとしても、こちら側の人間をすべて味方や仲間にしてしまうような共通の物理的危険要素がないのである」(同上、251頁)

このような問題は組織の階層構造を減らすことで緩和できる場合もありますが、政治家が情報要求のプロセスで情報要員に適切な指導、指南を与えること自体に難しさがあり、情報業務に過度に干渉しようとすれば、使用者にとって都合がよい戦略情報しか出てこなくなることも考えられます。情報活動の成果が情報要求の適否にかかっているとすれば、政治家が情報活動の独立性を尊重しつつ、緊密な意思疎通を図ることが重要だといえるでしょう。

参考文献

Kent, Sherman. 1949. Strategic Intelligence for American World Policy. Princeton: Princeton University Press.(シャーマン・ケント『戦略インテリジェンス論』並木均、熊谷直樹訳、原書房、2015年)

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。