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国家が戦争に関与する事実を隠すことには戦略的な理由がある 『秘密戦争(Secret Wars)』の文献紹介

私たちがメディアを通じて知り得る世界の動きは全体の一部にすぎませんが、このことは最近の戦争に特によく当てはまります。現代の国際社会では、武力の行使や戦争への関与を隠そうとする国が少なくないためです。匿名の軍事行動で遂行される秘密戦争は20世紀以降に戦争の一形態として普及しました。

最近まで秘密戦争の実態は明らかではなかったのですが、非正規戦争、特殊工作などに関する調査研究が進展したことで、国家が秘密戦争を遂行する理由に対する研究者の理解は深まっています。現在では、国家が軍事行動を匿名化する狙いは、単に不利な事実を隠蔽することだけではないことが知られています。

研究者のカーソン(Austin Carson)が2018年に出版した著作『秘密戦争(Secret Wars: Covert Conflict in International Politics)』もこうした成果をもたらした業績の一つです。

Austin Carson, Secret Wars: Covert Conflict in International Politics, Princeton University Press, 2018.

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目次
はじめに
秘密性に関する限定戦争の理論
秘密戦争の出現
スペイン内戦(1936-9)
朝鮮戦争(1950-3)
ベトナム戦争(1964-8)
アフガニスタン戦争(1979-86)
結論

秘密戦争の狙いはエスカレーションの管理

この著作では、国家が秘密戦争を選択する理由を、軍事的なエスカレーションを管理しながら軍事行動を続ける必要があるためと説明しています(第2章)。

もし、自国が他国に武力攻撃を開始したとしても、公式な見解として自国が相手国に武力攻撃を加えている報道は事実無根であると主張しておけば、相手国は自国が本当に戦おうとしているのかを確かめるために、情報活動を行わなければなりません。

自国が軍事作戦で使用する兵力を大きくすれば、その実態を相手国に隠し通すことは難しくなりますが、それでも使用する兵力の規模をあえて小さくしておけば、情報の保全、秘密の保持は不可能ではありません

秘密戦争が政治的、戦略的に興味深いのは、武力攻撃を受けていることを相手国の首脳部が知ったとしても、直ちに軍事行動の内容が暴露されるとは限らないということです。このような情報は曖昧な内容になることが多いので、外交上の非難や法的な措置をとる際にはリスクが伴うためです。

もし両国の間で非難の応酬が始まったならば、相手国が意図して軍事的緊張を高めていると誤った主張を展開することで、責任を相手国に転嫁するなどの手段をとることも考えられるでしょう。そのため、相手国は自国が行っていることを公然と非難することに躊躇する可能性もあります。

秘密戦争は、対外的なエスカレーションの管理だけでなく、好戦的、攻撃的な政策を好む国内の強硬派に流す情報を統制する際にも効果的です。国内政治だけでなく、国内政治においても秘密戦争には大きな利点があると言えるでしょう。

戦間期におけるスペイン内戦(1936-9)の事例

1914年に勃発した第一次世界大戦では、短期間で次々と参戦国が増加し、結果として大規模な武力紛争に拡大するという事態が生じました。これはエスカレーションの危険性を広く知らせる事例となり、武力によって国家が政策目標を達成するためには、戦争に関与する国の数を限定する戦略が重要だと考えられるようになりました。著者によれば第一次世界大戦は「決定的な分岐点」だったのです(第3章)。

第一次世界大戦の末期に米国のウッドロー・ウィルソン大統領は、1917年にロシア革命で政権を掌握した政党のボリシェヴィキを打倒しようと、ボリシェヴィキに敵対する政治勢力に財政援助を行い、破壊工作を仕掛けることを指示しました(ロシア内戦1917~1922)。この政策は米国政府にとって満足すべき成果を出したとは言い難いのですが、ある大国が他の大国に対して仕掛けた秘密戦争の事例として画期的な意味がありました。

戦間期に勃発したスペイン内戦(1936~1939)は、スペイン国内で行われた内戦に対してドイツ、イタリア、ソ連が関与しましたが、これも秘密戦争の歴史的事例であると言えます(第4章)。著者が注目しているのは、この内戦で非公然な形式での軍事行動が採用されたことであり、例えばドイツは、現地における作戦部隊の行動に関する情報を保全しようとしていたことが著者によって指摘されています。

「ドイツの指導者たちは、部隊が派遣されたかどうかと、その部隊を派遣したのは誰かという問いの間には、大きな違いがあると認識していた。このことは、介入の方法がどの敷居(threshold)なのかによって、限定戦争が可能かどうかが決まることを当事者が理解し始めていたことを示している」

ドイツ軍は現地の武装勢力を支援するため、航空戦力を中心とするコンドル軍団を派遣しました。コンドル軍団は義勇兵で編成されているというのがドイツ政府の公式見解であり、国家としての関与はないと外交的には主張し続けていました。著者の分析によれば、当時のドイツ政府はスペイン内戦の干渉が公然に実施されたならば、イギリスやフランスもスペイン内戦に干渉する危険があると判断していたので、このような立場を主張したようです。

秘密戦争を遂行するために、ドイツはコンドル軍団の作戦行動にさまざまな制約を設けていました。フランス国境に50km以上近づいてはならないこと、イギリスと関係がある船舶に対して損害を与えないことなどが交戦規則とされていました。このような措置があったことはスペイン内戦におけるドイツの軍事行動が秘密戦争として遂行されていたことを裏付けています。

まとめ

特殊作戦の発達、無人航空機の性能向上、サイバー戦の普及、民間軍事警備会社の活用、テロリズムの拡大などの事態によって、21世紀の武力行使はさらに匿名化の動きを強めるのではないかと思います。情報が錯綜し、誰と誰が争っているのかも判然としない中で状況が進行することを想定しておくことが、これからの戦争に備えることに寄与するでしょう。

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