見出し画像

専門家の予測を当てにせず、自分で予測を立てた方がよいのはなぜか

世界の未来がどうなるのかを知りたい人が知っておくべきことが一つあるとすれば、それは専門家の予測を決して当てにすべきではないということだと思います。特にメディアに頻繁に登場する専門家が立てる予測の精度は、「チンパンジーがダーツを投げて選んだ予測」と大差がないこと、つまり実用的な信頼性がないことが研究によって裏付けられています(なぜ多くの専門家が将来の予測に失敗するのか:『専門家の政治判断』(2005)の書評を参照)。

専門家の予測がしばしば役に立たない理由は先に挙げた記事で説明していますが、簡単にまとめてしまうと、専門家の大部分が一般人より強いバイアスを持つ傾向にあるためです。特に注意を要する専門家のタイプも分かっており、それは特定の理論的な視点からデータや出来事を解釈しようとする「ハリネズミ」のタイプであり、彼らは理論的な一貫性を重視するあまり、経験的に得られたデータや出来事に踏まえて理論的な視点を自在に切り替える「キツネ」タイプの専門家より低い精度の予測を立てる傾向があります。

専門家も人間であるため、多大な時間、労力、学費などの学習費用を費やして身に着けた理論やモデルには価値があるはずだと期待します。自分の学識に対する自信の期待がバイアスとなり、情報処理のプロセスを系統的に歪めているのだと考えられています。興味深いのは、「ハリネズミ」の専門家は自分の専門とする領域になればなるほど予測の精度が低下する傾向にあるということです。予測の実務的な利用を考える上で、これは非常に大きな注意を払うべき知見であると私は考えています。つまり、専門外の素人の方が予測において優位性を発揮できることを示しているためです。

研究者のフィリップ・テトロックは、政治、経済の問題の素人を200名ほどを集め、彼らに地政学的な事件の予測を依頼しました。その内容に関してはダン・ガードナーとの共著『超予測力(Super-Forecasting)』で紹介されています。

テトロックが計画した実験「優れた判断稜プロジェクト」では、「セルビアは2011年12月31日までに正式にEU加盟候補国となるか」、「ロンドンの金決め価格は2011年9月30日までに1オンスあたり1850ドルを超えるか」といった問題が実験参加者に与えらており、予測は25%や80%など確率的に表現することが求められます。実験参加者は期間内に回答を修正することができますが、予測を更新する頻度や、最終的な予測の精度を定量的に判定し、特に予測の精度が高い40名ほどのトップグループとそれ以外の一般的なグループを区別します。

テトロックは、実験参加者の予測の平均を計算した上で、トップグループの予測による若干の修正を加え、最後に得られた予測値を極端化する操作を行いました。つまり、もし予測値が70%なら85%に、30%なら15%にすることで、予測値を100%か0%に近づけるのです。この単純な手法を使えば、職業的専門家が立てた予測よりもより正確な予測が可能とされています。

この実験が有望な成果を収めた理由はいくつもありますが、その一つは確率を使った予測を立てさせたことです。私たちには生来的に曖昧な予測を嫌い、極端な予測を好む傾向があります。そのような傾向があるので、確率のような定量的な表現を使わないと、確実性を好むバイアスが働き、予測の精度が犠牲になるだけでなく、後知恵によって事象が確実だったと自分を思い込ませようとするとテトロックは危険性を指摘しています。ちなみに、実験では一般のグループが50%、60%と10刻みで予測値を回答することが多いのに対して、トップグループは73%、29%といった細かな予測値を好んで回答することが多いことが発見されています。予測値の詳細さと正確さには密接な関係があります。

確率を使うとしても、何か特定の数式を使えばよいということではありません。答えるべき問いによって考えるべきことはさまざまに変化します。その推論の過程を可能な限り数理的な思考に近づけることが最も大事なことだとされています。例えば、フェルミ推計の思考法を身に着けることは、テトロックが考える予測能力の向上に寄与します。

また、著作では「外側の視点」を持つことも重要だとされています。今後、2か月以内にウクライナとロシアとの間で武力衝突が発生するかどうかを予測したいならば、現在の両国の関係がどうなっているか、今の兵力の態勢がどうなっているかという「内側の視点」で見るのではなく、過去にウクライナとロシアとの間でどの程度の頻度で武力衝突が発生しているのかを調査し、そこから確率を導き出すことが有効です。

また、いったん立てた予測に縛られてはならないことも重要な原則であり、自分の考えと違う意見を持った人物の話を聞く方が、同じ意見を持った人物の話を聞くよりも有益であること、直観こそが意思決定における最大の障害であり、意見を変更しないこと、自説を曲げないことは避けるべきとされています。私たちは確実性を好むために、意見をころころ変える専門家は信用できないと評価しがちですが、自説の間違いを認め、素直に意見を変更できる人物は予測を立てる上でバランス感覚に優れた人物であると言えるでしょう。

関連記事



調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。