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なぜ多くの専門家が将来の予測に失敗するのか:『専門家の政治判断』(2005)の書評

読者の皆様がメディアで見かける政治専門家の多くは、大学や大学院で政治学を学んだ経歴を持っていますが、その精度に疑問を持っている方も少なくないと思います。事実、アメリカで実施された調査によって、専門家の政治予測は正確である場合よりも、不正確な場合の方が、統計的には多いことが判明しています。

このことは心理学者フィリップ・テトロック(Philip E. Tetlock)の著作専門家の政治判断(Expert Political Judgment)』(2005)で詳細に報告されています。これを読めば、どのような特徴を持った人々が政治予測に優れているのかを知ることもできるでしょう。

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この著作では、メディアに登場する有名な政治専門家が一般に将来の予測で失敗しやすいことが、緻密な調査と精密な分析によって立証されています。これは一般向けの著作ではなく、あくまでも研究書です。統計解析の手法とその結果に関する徹底的な記述が盛り込まれているため、かなり難解です。ここでは内容の要点を紹介しておきたいと思います。

著者が発見したことをまとめると、著名な専門家が立てた政治・経済の予測は、まったくランダムに立てられた予測よりも精度で劣っているということです。インドとパキスタンの間で戦争が勃発するかどうか、国民総生産の伸び率がどれほどになるのか、1993年までにソ連は崩壊するか、などの問題に対して専門家が選んだ予測の精度は、「チンパンジーが適当にダーツを投げて選んだ予測」よりも悪いものでした。これは専門家が一般人よりも詳細な知識を持っているのだから、より正確に将来を予測することが可能なはずだという常識に挑戦するものです。同時に、なぜ専門家がこれほどよく間違えるのかを調べることは、政治学の研究者にとって非常に有意義な試みです。

この研究で最も興味深い議論は、どのようなタイプの専門家が予測に失敗しやすいのかを体系的に調査している部分です。この研究では2年から10年の予測の能力が調査の対象とされており、1985年から2003年までの18年にわたって284名の専門家が追跡調査の対象になりました。いずれもアメリカで活躍する専門家であり、分野や地域はさまざまに異なりますが、政治的、経済的情勢に関して専門的な知見を提供することで生計を立てています。著者は将来的に発生する可能性がある事象を3通り提示し、それぞれに発生の確率を付与することを回答者に求める方法で、予測の精度を判定しました。

著者は82361件の予測結果を使って因子分析を実施し、専門家の属性ごとに予測の精度がどのように異なるのかを調べています。すると、専門家の予測能力はその人物の経歴や政治的な志向によって左右されるわけではないことが分かりました。より重要な要因は、専門家が予測に取り組む姿勢でした。著者は、この姿勢を大別し、その専門家が特定の一般的、包括的な理論に立脚して考える「ハリネズミ」タイプなのか、それとも数多くの細々とした知識を組み合わせて考える「キツネ」タイプなのかによって、予測の精度に大きな違いが生じると主張しています。基本的に予測の能力に長けているのは「キツネ」タイプでした。

著者は「ハリネズミ」タイプの専門家が、自分が依拠する理論と合致しない情報の価値を割り引いて評価する傾向があり、特定の時期、場所で発生した重大な事象を必然的あるいは不可能だと見なしやすいことから、予測を誤る傾向があると述べています。反対に「キツネ」タイプの専門家は、新しい情報が手に入ると、それに応じて自分の考え方を柔軟に変更するため、「ハリネズミ」タイプよりもさまざまな事象が起こる可能性があると予測します。

このキツネとハリネズミという区別は、イギリスの哲学者アイザイア・バーリン(1909~1996)の著作『ハリネズミと狐』に由来するものです。ハリネズミは一つの大事なことを知る一元主義を、キツネはあまり大事ではないことをたくさん知っている多元主義を象徴しています。バーリンによれば、哲学者のプラトンはハリネズミのタイプですが、アリストテレスはキツネのタイプです。この単純化された類型化を政治予測の能力と結びつけたことは、この著作で最も独創的な部分です。広い知識を持つ非専門家は、深い知識を持つ専門家を予測の精度で圧倒できるのです。

この類型には一般人も注目する価値があります。この類型を知っていれば、人々は予測を立てる際に、どのような考え方を採用すべきか、判断しやすくなるでしょう。現代の学界では分業化、専門化がますます進んでいるために、彼らの予測の多くが高い確率で外れることは驚くべきことではありません。

また、著者は一般にメディアに登場する頻度が高い専門家は、非常に劣悪な予測を立てる傾向にある、とも警告しています。これはメディアの好みによるものです。メディアは顧客の購買意欲を刺激する衝撃的な予測を好みますが、大胆な予測を立てる専門家は往々にして一元主義者であり、大きな理論を信用し、細かな事実を軽視します。予測の成功率が高い専門家はメディアが望むような仰々しい記事を書かないため、世間から注目されることが少なくなるとも考えられています。何らかの重要な意思決定を下さなければならない場合、メディアに頻繁に登場する専門家の予測を頼りにすることは避けるべきでしょう。

全体としての印象を述べれば、これは決して読みやすい本ではありません。しかし、そこで展開されている議論には学ぶべきものがあります。私たちは思考の負担を最小限にするため、自分の視点を一定に固定しがちです。専門家は自分が学んだ学問の価値を過大評価するため、この罠に陥りやすいのでしょう。しかし、それは不確かな世界で将来を正確に予測することを妨げます。

正確に将来を予測したいなら、視野を広く保ち、新たな情報を積極的に受け入れ、考え方を丸ごと変えることを恐れてはいけません。

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