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メモ 軍隊で用いられる軍事意思決定過程(MDMP)とはどのようなものか

社会科学の研究者は、さまざまな研究領域で合理的な行為主体を想定することで、モデルを構築してきました。合理的な行為主体は、ある問題を解決するときに複数の選択肢が与えられた場合、最小の費用で最大の利益を得ることが期待できる選択肢をとる人物であることを意味します。

もう少し具体的に述べると、合理的な行為主体は、あらゆる意思決定の場面で、自分の選択肢をすべて列挙できるだけでなく、それぞれの選択肢から期待できる利得や損失を一貫した基準で評価できる認知能力を持ち、またそれらの情報を総合することで自分の利益を最大化できる選択肢を特定できる計算能力を発揮できる人物が想定されています。

これは人間の認知能力の限界を考慮すれば、あまり現実的ではないのですが、軍隊のように意思決定の最適化を図りたい組織は、合理的な意思決定をモデルとして位置づけており、その実行を推奨しています。

アメリカ軍が採用している軍事意思決定過程(Military Decision Making Process, MDMP)は、合理的な行為主体を作り出すために採用されているモデルであり、これに従うことで任務の遂行で最適な行動方針を選択することを部隊指揮官に要求しています。

軍事意思決定過程の第一段階は任務の受領から始まります。この段階で、指揮官は意思決定に利用できる時間を見積り、以降の意思決定に必要な指導を行います。第二段階は任務の分析であり、この段階で指揮官は上官の意図を明確に理解するため、各方面から現状を理解する上で必要な情報を集めます。その成果に基づいて敵の可能行動を見積り、解決すべき問題を文章で理解できるように定式化し、指揮官として何を意図しているのかをはっきりさせます。この段階で関係者が共有すべき判断基準を認識させ、これ以降の意思決定の基礎とすることも重要です。

第三段階では、行動方針(course of action, COA)を導き出します。この段階では、指揮官の意図に基づいて問題を解決するため、指揮下部隊が選択できる行動方針を具体的に案出していきます。この際、それぞれの行動方針の違いを示すために、状況図を用いた作戦構想の提示など、視覚的な表現をとることが一般的です。

第四段階で、行動方針の分析を実施しますが、この段階ではそれぞれの行動方針から期待される利益や費用を評価します。具体的には、指揮官を補佐する幕僚が中心となって、それぞれの行動方針について敵の可能行動を想定した兵棋演習(wargame)を行い、結果的に生じ得る状況、特に戦果や損失を予測します。

第五段階では、行動方針の比較を行います。前段階で実施した兵棋の分析結果を踏まえた上で、それぞれの行動方針の利点と欠点をまとめていきます。当初設定した判断基準に従うと、どのような行動に合理性があるのかが判明してきます。第六段階では、行動方針の承認を行います。これは指揮官がどのような行動方針を選択するのかを明確にすることを意味しており、これが最終的な命令下達の根拠となります。

もし行動方針の比較の段階で最適な行動方針を一つに特定できないのであれば、行動方針の変更を行わなければなりませんが、それもこの段階で行います。最後の第七段階で命令の作成と下達に移り、ここで行動方針が最終的に確定され、それを実行に移すための作戦計画、作戦命令も承認されます。この命令に基づいて部下はさらに自分の指揮下部隊に与えるべき命令の作成に移り、別の意思決定の過程へと進みます。

以上が軍事意思決定過程の流れですが、意思決定の合理化のために膨大な作業があることが分かると思います。これを一人の指揮官に実行させることには限界があり、それぞれの指揮官の意思決定を支援する幕僚の存在が欠かせないことが分かるでしょう。

特に第三段階以降の検討においては、時間的制約の中で一人が多岐にわたるシナリオの展開をすべて把握することは現実的とはいえません。組織の意思決定を合理化するためには、それに応じた費用がかかるのです。

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