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兵力や武器ではなく、運用が勝敗を決める最も重要な要因である:『軍事力』の紹介

政治学の研究では、それぞれの政治的勢力が持つ軍事力を比較評価しなければならない場合があります。特に国際政治に関する研究では軍事力を理解することが非常に重要な意味を持っており、軍拡競争、戦争・内戦のリスクを判断するためにも、同盟の選択、抑止の成否、危機管理交渉の見通しなどを考察するためにも、軍事力に関する情報が必要になってきます。

しかし、軍事力を構成する要素は実に多種多様です。人員、武器、装備などの数量で比較できる有形の要素もあれば、指揮、編成、教義など数量で比較できない無形の要素もあります。これらの要素を整理し、作戦の結果に特に大きな影響を及ぼす要因を特定することが長年にわたって必要とされてきました。

これまでの研究で一般的に重視されていたのは人員、武器の数量で比較される部隊の規模でした。また最近の政策論争では軍事技術の影響が重視される傾向にあります。しかし、このような見方に疑問を投げかけ、軍隊の運用がより重要だと主張する説も根強く主張されてきました。米国の著名な研究者であるビドル(Stephen Biddle)の著作は、この分野の議論を発展させる上で重要な貢献を果たしており、戦争における軍隊の運用が及ぼす影響の大きさに改めて注目すべきだと主張しています。

Biddle, S. Military Power: Explaining Victory and Defeat in Modern Battle, Princeton: Princeton University Press, 2006.

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軍事力を規定する基礎的要因とは

著者は、過去の研究成果を調べた上で、軍事力を規定する要因の取り扱い方に理論的一貫性が欠けていたことを指摘しています。

ある研究者は軍隊の数的規模が大きくなるほど、軍事力の価値もそれに比例して大きくなると考えていますが、技術効率を重視する研究者は武器や装備の研究開発が進むほど、軍事力の価値を大きくなると考えます。しかし、部隊運用の影響を重視する研究者は、部隊の配置や移動の仕方によって、実質的な軍事力の価値は変化し、部隊の規模や装備の性能を上回る影響をもたらす場合もあると主張します。

この問題を解決するためには、それぞれの要因が軍事力に及ぼす影響を多角的に調べる必要がありました。著者は20世紀以降の近代戦、特に作戦レベルの陸上戦を念頭に置き、部隊規模、軍事技術、作戦運用の影響が戦闘の結果に与える影響を比較検討しています。

さらに、著者は厳密な方法で議論を進めるために、複数の方法論を組み合わせ、それぞれの方法論の欠点を相殺する方法論的三角法(Methodological triangulation)を用いています。具体的には事例分析、統計分析、シミュレーション分析を組み合わせています。

事例分析の方法で明らかにされているのは、作戦行動の成否が部隊運用によって一貫した影響を受けていることです。交戦した部隊の数的な戦闘力の優劣、使用した武器の性能、部隊運用の特徴などの条件が偏ることがないように選択した事例で著者は比較分析を行いました。その結果、部隊の規模の大きさや、武器の性能では作戦の成否を説明することが難しいものの、部隊運用に注目すると作戦の成否を説明しやすいことが判明しています。

作戦で成功を収める部隊は、攻勢をとる場合でも、防勢に回る場合でも、作戦地域において大きな縦深を確保する傾向がありました。また十分な規模の予備を後方に置き、複数の地点に対して同時に兵力を集中させる機動的な運用を採用していました。このような部隊の運用は第一次世界大戦以降の近代戦にしか見られない形態であり、これを著者は「近代システム(modern system)」と呼んでいます。近代システムの特徴が見られる部隊運用を採用する軍隊は、部隊の規模が敵より劣勢であっても、あるいは装備した武器の性能で敵より劣っていたとしても、戦闘効率で敵を圧倒し、勝利の公算を高めると考えられます。

このことを著者は統計的アプローチでも実証することができることを発見しました。過去の軍事作戦に関する複数のデータセットを使用することによって、作戦運用の効率が、部隊の規模、武器の性能の影響を上回ると可能性が高いことが裏付けられています。シミュレーションを使った分析では、米軍が開発したJanus Systemと呼ばれる旅団規模の戦術シミュレーション・ソフトを使用しており、湾岸戦争のシナリオで部隊運用の特徴が戦果に与える影響の違いを計測することに成功しています。

まとめ

以上の分析結果を踏まえれば、それまで多くの研究者が明快な結論を出せずにいた問題に対して、説得力のある答えを与えることができるでしょう。つまり、軍事力の比較評価においては、部隊の規模や武器の性能だけに注目すべきではなく、どのような部隊運用が行われているのかを調査しなければならないのです。これ軍隊のドクトリンを研究する意義を再確認する研究として読むこともできるでしょう。

もちろん、この研究成果は近代以降の戦争で、かつ作戦レベルの陸上戦に研究の範囲が限定されていますから、その議論をあらゆる分野に拡大して解釈するべきではないでしょう。例えば、戦術レベルの海上戦、航空戦であれば、技術が戦果に与える影響がより大きくなるということも十分にあり得ることです。また戦略レベルで長期にわたる通常兵力を使った戦争であれば、戦闘の消耗に耐えることができるだけの兵力を動員できるか、つまり軍隊の規模が戦果に重要な影響を及ぼすことも考えられます。

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