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リデル・ハートが語る機動戦の8原則

軍事学では部隊の戦い方を消耗戦と機動戦に区別して議論することがあります。消耗戦では戦闘力の発揮で火力の機能を、機動戦では機動の機能を重視しており、敵の戦闘力を低下させるために依拠するメカニズムが大きく異なっています。

一般的に消耗戦に比べて機動戦の方が兵力に比して大きな戦果を上げることができるとされていますが、それだけ大きなリスクを伴うことも知られています(消耗戦と機動戦では、戦闘力の運用にどのような違いが生じるのか?を参照)。

イギリスの研究者リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970)は間接アプローチ(indirect approach)に基づいて、機動戦のための運用原則を考察した研究者として知られており、著作『戦略論(Strategy)』では8つの原則をまとめています。この記事ではその原則について解説してみたいと思います。

戦略と戦術の要諦

『戦略論』の第20章「戦略と戦術の要諦(concentrated essence of strategy and tactics)」では、部隊の運用に関する原則がまとめられています。ここではその要点を抜き出しておきました。1から6までが積極的な原則であり、7から8は消極的な原則とされています。

1 自らの目的(end)を自らの手段と調整せよ。
2 いつでも目標(object)を明確に設定せよ。
3 最も予期しがたい作戦線(あるいは経路)を選択せよ。
4 最も抵抗が小さな前線を打撃せよ。
5 代替的な目標がある作戦線をとれ。
6 状況に適応できるように、計画と配備の両方を柔軟にせよ。
7 敵が守りを固めており、我の攻撃を退け、あるいは逃れることができる態勢にあるなら、我の兵力を投じて、敵を叩いてはならない。
8 ひとたび敗北を喫したならば、同じ経路(あるいは同じ方法)で攻撃を繰り返してはならない(Liddell Hart 1967: pp. 335-6)。

リデル・ハートの戦略思想の特徴として指摘すべきは、戦闘の結果として発生する人的な損害を可能な限り小さくしようとする意図があることです。彼は第一次世界大戦では西部戦線に送られており、そこで塹壕戦を経験しました。このような経験があったために、リデル・ハートは本国に戻されてからも機動戦の戦い方で歩兵を運用する方法を模索するようになりました。

陸軍を退き、軍事史の著述に専念するようになってからも、リデル・ハートは戦略や作戦における機動の意義を強調しました。リデル・ハートが熱心な機動戦論者であったことを踏まえれば、リデル・ハートが敵が予期していない方向から進撃し(第3原則)、敵の兵力が手薄な前線から打撃を加えるべき(第4原則)と主張した意図は明らかです。リデル・ハートが目指していることは、単に敵に損害を与えることではなく、戦いで主動的地位に立つことに他なりません。

第6原則で述べているように、リデル・ハートは部隊運用で高度な柔軟性があることを求めていました。もし特定の前進目標に到達することができなかったとしても、直ちに前進目標を変更することができることが重要です。消耗戦論者であれば、この原則に従うと敵の陣地を攻撃する際に所望の時期、場所に戦闘力を集中できない恐れがあると批判するかもしれませんが、リデル・ハートは敵が守りを固めて攻撃に備えているのであれば、それを攻撃すること自体がそもそも適切ではないと反論するでしょう(第7原則)。

ただし、リデル・ハートの原則が絶対的に正しいと言い切れるわけではありません。機動戦は消耗戦に比べて少ない兵力、わずかな犠牲で敵を打倒することができるかもしれませんが、その遂行においては大きなリスクもあり、予測可能性が低い戦い方であると言えます。

リデル・ハート自身もその難しさは認識しており、機動戦では状況の変化に応じて指揮官が創造性を発揮しながら問題を解決することが欠かせないと述べた上で、当時の軍隊の教育訓練ではそのような資質を養うことができていないと嘆いてます。機動戦を立派に遂行するためには、優れた資質を持つ人材を確保するだけでなく、教育訓練で創造力を高めるような工夫が必要となるでしょう。

参考文献

Liddell Hart, B. H. 1967(1954). Strategy. Second Edition. London: Faber & Faber.(邦訳、森沢亀鶴訳『戦略論 間接的アプローチ』原書房、1986年)

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