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核兵器使用の恐れが差し迫ったとき、アメリカ国民はどう反応するのか?

核兵器の使用の恐れがある国際的危機に際して、普通の人々がどのような反応を示すのかを詳しく調べた研究があります。核兵器はその威力の大きさから多数の民間人に被害をもたらすことが広く知られており、アメリカの政治学者ニーナ・タネンウォルド(Nina Tannenwald)氏は広島と長崎に対する原子爆弾が投下されて以来、核兵器不使用の規範が「核のタブー」として形成され、普及し、また強化されてきたと論じています(核の使用を自制させる規範の形成を分析したNuclear Taboo(2007)の紹介を参照)。

しかし、ダリル・プレス(Daryl G. Press)、スコット・サガン(Scott D. Sagan)、ベンジャミン・ヴァレンティーノ(Benjamin A. Valentino)は、共著論文「核兵器への嫌悪(Atomic aversion)」(2013)で異なる視点を打ち出し、核兵器の規範にこれまで注目されてこなかった側面があることを示しました。対外政策に関与するエリートに限定せず、アメリカ国民全体の核兵器使用に対する態度を調査すると、一般的なアメリカ人が核兵器の使用をタブーのように見なしているわけではありませんでした。

それだけでなく、核兵器を使用すれば通常兵器だけを使用した場合よりも軍事的状況が有利になることが期待できるのであれば、人々は核兵器の使用を支持しやすくなる傾向があることも確認できました。少なくともアメリカ国民の間で核のタブーが共有されているわけではないことが浮き彫りになっただけでなく、軍事的理由に基づいて核兵器使用に対する態度を形成しているという知見は興味深いものであると思います。

Press, D. G., Sagan, S. D., & Valentino, B. A. (2013). Atomic aversion: Experimental evidence on taboos, traditions, and the non-use of nuclear weapons. American Political Science Review, 107(1), 188-206.

著者らの一部はアメリカ人の核兵器使用に対する態度をさらに詳細に調べるため、中東のイランに対する核兵器使用のシナリオを使った調査を行いました。この調査結果も、先ほど示した論文の結論の妥当性を裏付けています。2015年の調査では、広島に対する原子爆弾の投下が行われた歴史を踏まえ、アメリカがイランとの戦争で核兵器の使用を検討する架空のシナリオを構築しました。アメリカ軍は陸上部隊でテヘランを攻撃することで、戦争を終結へ導くことができますが、イランの第二の都市であり、またイスラームのシーア派の聖地でもあるマシュハドに住む市民を殺傷する核攻撃を実施するという選択肢もあると想定します。著者らは、アメリカ軍がテヘラン進撃で被る人的損耗の大きさや、マシュハドに対する核攻撃でイラン側の民間人が被る損害の大きさを、さまざまに変化させることで、通常兵器だけを使用する戦略と、敵国の民間人を犠牲にする戦略のどちらを支持するのかを調べました。

調査結果から分かったのは、ほとんどの場合において、多くのアメリカ国民がアメリカ軍の損耗が拡大することを許容せず、敵国の非戦闘員を犠牲にする核兵器の使用を支持するということです。著者らはマシュハドに居住する300万人の市民のうち200万人を殺害することになる場合でのみ、回答者の52.3%が陸上部隊でもってテヘランに進撃する戦略を支持したことを報告しています。戦争において非戦闘員保護という国際法上の規範が必ずしも多くのアメリカ人に内面化されておらず、軍事的にやむを得ない状況に置かれると、多くの人々は戦争を終結させるために民間人を殺害するという決定を受け入れるようになります。

Sagan, S. D., & Valentino, B. A. (2017). Revisiting Hiroshima in Iran: What Americans really think about using nuclear weapons and killing noncombatants. International security, 42(1), 41-79.

こうした研究成果の意義については、別の機会にも詳しく取り上げてみたいと思っています。ただ、これは対外政策に関して直接的に決定権を行使することがないような階層の態度を調査したものであることを考えれば、国際社会における核のタブーを内面化していないことは理解できることであるともいえます。しかし、このことが直ちに核のタブーの重要性を否定するものと見なすべきではありません。核のタブーは対外政策に直接的に関与するエリートの間でより強く内面化されている可能性があるためです。

政治学では、アメリカ国民の多くが政治に対して限定的な関心しか持っておらず、政治知識が不足しがちであることが知られています(メモ 多くのアメリカ人が国際情勢を知らないことに注目した調査研究の紹介)。このような場合、党派を手掛かりとして状況認識を形成することもあり、それによって判断がかなり大きく左右されることがあります(論文紹介 脅威に直面しても米国が政治的に団結できるとは限らない)。

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