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論文紹介 脅威に直面しても米国が政治的に団結できるとは限らない

現在、アメリカ政治の研究では分極化(polarization)という現象が注目されています。分極化とは国内の政治、社会が異なる党派によって分断され、妥協が困難になっている状態であり、政治の不安定化を引き起こす効果があります。

経済的な不平等など国内の社会的、経済的な要因が影響していることが指摘されていますが、国外に軍事的な脅威が存在しないことも分極化の重要な一因であるという見解も有力視されてきました。その見方によれば、ソ連崩壊後のアメリカは外部から脅威に晒されなくなったため、政策、法案、予算をめぐって超党派的な対話が難しくなったと説明されています。

以下に紹介する論文は、この見方に反論した最新の研究成果です。そこでは外部に脅威が存在するかどうかにかかわらず、アメリカの分極化は進んできたのであって、仮に脅威が新たに出現したとしても、アメリカの分極化が解消されるとは限らないと主張されています。

Myrick, R. (2021). Do External Threats Unite or Divide? Security Crises, Rivalries, and Polarization in American Foreign Policy. International Organization, 75(4), 921-958.

アメリカの分極化が国際情勢の変化によるものであるという見方を提示した代表的な研究者の一人としてスティーヴン・ウォルトがいます。彼は国際政治学でリアリズムの立場をとる研究者であり、その説によれば国外の脅威がなくなったことで、アメリカは国家として一致団結して事に当たることが困難になったとされています。これを外部脅威仮説といいます。

外部脅威仮説が正しければ、アメリカが安全保障上の脅威に直面するようになれば、政治家や有権者は一致団結して国難に立ち向かうようになるはずです。しかし、著者は、この外部脅威仮説の妥当性に疑問を投げかけています。

分極化を測定する方法は一通りではありません。ある種の争点に対する政治家の立場の違いがどれほど大きくなっているかを測定する方法もあれば、有権者が意識するアイデンティティの違いがどれほど大きいかを測定する方法もあります。また、脅威の測定に関しても、安全保障環境に突如として出現した危機的な出来事で測定できる場合もあれば、より中長期的観点から敵対的な外国の出現として測定できる場合もあります。

著者は、以上の枠組みを踏まえ、複数の分析を組み合わせることで外部脅威仮説の妥当性を詳細に調べることにしました。

まず、外部に脅威が出現したとき、アメリカ連邦議会の議員が対外政策でどれほど党派性が強い議論を行っているかを機械学習で判定する分析を行っています。共和党と民主党の分極化が進んでいるとき、両党の議員が議会で使用する単語の種類、文章の構成には党派的な違いが明確になると考えられます。つまり、国際的な危機に際して、党派的な言動の違いがどれほど小さくなっているかを定量的に解明できれば、それは外部脅威仮説を裏付ける証拠となります。

この分析の結果は外部脅威仮説の妥当性を裏付けるものではありませんでした。著者は国際的な危機が深刻になったとしても、国内における議院の党派性に一貫した効果をもたらすわけではないことを明らかにしており、例えば冷戦期の1979年にソ連軍がアフガニスタンに侵攻した大事件でさえも、議会における議院の言動で党派性が減少する効果は確認できませんでした。

興味深いのは、1940年以降における言動の党派性は1970年代まで全般的に低いままでしたが、1970年代以降になって議員全体の言動が次第に党派色を強めたことです。これは国際情勢の変化とは関係なく、1970年代以降にアメリカで分極化の影響が次第に強くなったことを裏付けています。

著者はもう一つ別の分析も行っています。それはアイデンティティを基準に分極化を測定した分析です。アメリカで行われた世論調査のデータを使用し、有権者の党派性を示す指標を作り、それがどのように変化しているのかを分析しました。著者が分析したところ、有権者は支持政党にかかわらず、危機的な事態で大統領に対する支持を強化する傾向にあったことが分かります。

しかし、その影響は短期的なものであり、1週間から2週間で統計的に有意な水準で有効であるとは言えなくなってしまうとも指摘されています。この分析からも外部脅威仮説の妥当性について否定的な見方が裏付けることができます。

著者は外部脅威と分極化の関係を心理実験でも調べています。この実験の目的は、中長期的な観点から見た外国の脅威について記した分析レポートをアメリカ人の被験者2500人に読ませ、彼らの党派性がどのように変化するのかを明らかにすることです。ランダムに選ばれた20%の被験者には脅威が存在しないという論旨のレポートを与え、残りの被験者にはアメリカの情報機関が作成した中国の脅威に関する内容のレポートが与えられています。

両者の結果を比較することで、分極化への影響を推定できます。著者は、情報源が党派的な専門家であるか、超党派的な専門家であるかによって党派性の変化の方向が異なる可能性も考慮しながら実験を計画しました。実験の結果によれば、超党派的な立場にある専門家によって脅威が伝えられている場合、共和党と民主党のどちらを支持していたとしても、中国に対する実験参加者の脅威認識は収束しやすいことが分かりました。

しかし、情報源に党派性がある場合は、民主党と共和党のどちらの支持者であるかによって立場に違いが生じるばかりか、かえって分極化が進むことが指摘されています。これは脅威に関する情報が経由するメディアの政治的党派によって分極化に及ぼす効果が変化しやすいことを示しています。例えばもし情報源がトランプ大統領と関連付けられた場合、共和党の支持者だけが脅威の認識を更新し、民主党の支持者との見方が乖離するため、国内の分極化がさらに進むのです。

以上の分析結果を総合すると、外部脅威仮説には根拠が乏しく、そのまま受け入れるべきではないと考えられます。外部から脅威が差し迫ったものとなっているとしても、党派の分断された政治家や有権者が共通の目標を向かって一致した行動をとることが容易なことではありません。これは国際的な危機に際してアメリカがどのような対外行動をとるかを予測する際に、国内情勢を考慮に入れることがいかに重要なことであるかを示す重要な研究成果であると思います。

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