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メモ 多くのアメリカ人が国際情勢を知らないことに注目した調査研究の紹介

アメリカの政治学者ガブリエル・アーモンドは『アメリカ国民と対外政策(The American people and foreign policy)』(1950)の中で、アメリカ人の大部分が政治に無関心であり、さほど知識を持っていないことを述べています。このことは、社会における私的な競争に多くの時間が費やされていることを示しているとアーモンドは考えています。

もし国の外部から何らかの脅威が出現すれば、アメリカ人は私的な狭い関心から抜け出し、公共の課題に注意を向けますが、それは長続きしません。危険が去ったと判断すれば、関心は再び低下していきます。この傾向は低所得層に顕著であることが調査で明らかにされており、アーモンドの推計では少なくとも国民の半数近くは国際情勢に何の関心も持っていません。したがって、メディアが国際報道に力を入れたとしても、その情報が届くことはないとされています。

Almond, G.A. (1950). The American people and foreign policy. Harcourt, Brace.

アーモンドの研究成果は、政治学と社会学の両方の分野で参照されており、さまざまな後続の研究を生み出しました。例えば、国際情勢に関するアメリカ人の知識の乏しさについては国際比較でも確認することができます。イギリス、フランス、ドイツ、カナダ、アメリカの5か国で国民が国際情勢についてどの程度の知識を持っているのかを調べた「国際事情に関する市民の知識(Citizens' Knowledge of Foreign Affairs)」(1996)と題する論文があります。ロシアの大統領は誰かといった簡単な問題から、イスラエルとアラブ諸国の外交関係に関する合意が何かを問う難問を組み合わせて質問票を作成し、性別、言語、年齢、教育、所得、国際情勢に対する態度、メディアの使用傾向などを考慮に入れ、分析を行いました。その結果、比較対象の国民で最も知識水準が高かったのはドイツ国民であり、イギリス、カナダ、フランスの国民はその次に知識水準が高いグループに位置づけられました。つまり、アメリカ国民は比較対象の中では最も低い成績となり、個人的要因だけでなく、環境的要因の影響によるところが大きいことも示唆されました。

Bennett, S. E.; Flickinger, R. S.; Baker, J. R.; Rhine, S. L.; Bennett, L. L. M. (1996). Citizens' Knowledge of Foreign Affairs. The Harvard International Journal of Press/Politics, 1(2), 10–29.

アメリカとスイスの2か国で比較を行った研究もあるのですが、こちらの方が環境的要因の影響をより詳細に検討しています(Iyengar, Hahn, Bonfadelli & Marr 2009)。こちらの論文の著者らはアメリカとスイスのメディア環境、特に新聞報道の違いに注目しました。どちらの国でも新聞は民間の企業が運営していますが、事業環境にはかなり大きな違いがあります。というのも、スイスに比べるとアメリカでは新聞の発行部数の減少が著しく、国際ニュースよりも地方ニュースが優先される傾向にあるとされています。また、政治や経済といったハード・ニュースよりもスポーツや文化といったソフト・ニュースの需要が大きいため、このことも国際ニュースの扱いが相対的に小さくなる要因となっています。スイスでは公共サービスとして新聞が捉えられており、国際ニュースの供給量がアメリカより多く、そのために国民が接触する情報の量には大きな違いがあります。調査の結果、アメリカで大学を卒業しているグループの国際情勢に関する知識は、高学歴ではないスイス人のグループの国際情勢の知識より少ないことが確認されました

Iyengar, S., Hahn, K. S., Bonfadelli, H., & Marr, M. (2009). “Dark areas of ignorance” revisited: Comparing international affairs knowledge in Switzerland and the United States. Communication Research, 36(3), 341-358.

こうした研究は、民主主義が本来の機能を果たす上でメディアがどのような働きを担っているのかを示しています。国際ニュースの理解度を高めることは、個人的な努力だけでは解決が困難な問題であると考えられるため、どのような制度設計が最適であるかを検討することは重要なことです。

民主主義では、有権者が政治家に一定の統制を効かせることによって、公権力を私的財の追求のために利用させない効果が期待されていますが、それは有権者が政治家の能力や業績について適切に評価することができることが前提となっているので、政治知識の乏しさは民主主義の本来の機能を妨げることになります。しかし、有権者の政治的関心は限定的であり、また政治情報の処理に使える時間も限られています。そのような問題を解決する上で、政治知識の健全性、正確性を保全し、必要に応じて国民がそれを利用できるメディア環境を整備することは公共政策の課題として位置付ける必要があると思われます。

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