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論文紹介 核兵器を持つことによって、どれほどの優位性が得られるのだろうか?

1945年8月に日本の広島と長崎に投下された米軍の原子爆弾は、わずか2発で数十万人の市民を殺害する威力を発揮し、その後の国際政治の潮流を大きく変えました。

1945年以降の冷戦では、米軍とソ連軍が競い合うように核兵器の開発と製造に取り組むようになりました。イギリス、フランス、中国、インド、パキスタンも続々と核兵器の開発に成功して部隊に配備するようになり、世界的な拡散も起こりました。この拡散の流れは今なお続いており、最近では北朝鮮が核兵器を開発したことが日本の安全保障の大きな問題になっています。

核兵器の問題を理解するためには、核兵器を保有することで、国家がどのような優位を得ることができるのかを正しく理解しなければなりません。この問題を考えるため、この記事では2本の論文を紹介したいと思います。いずれも核兵器の効果に関する実証的研究です。

核兵器で優越すれば核危機で優位に立てるのか?

一般的に考えれば、核兵器を使用する能力と、核兵器を使用する意志を兼ね備えた国家は、そうではない国家との交渉において優位に立つことができるはずです。なぜなら、他国から核攻撃を受けることは、甚大な人的、物的な損害を被る事態であるため、それを外交交渉で避けることができるのであれば、相当の損失、費用を支払ったとしても、譲歩や妥協した方が合理的だと考えられるためです。

仮に核攻撃に対して自国も核兵器で相手に報復する能力があったとしても、相手より少数しか核兵器を保有しておらず、不利な軍事態勢にあるならば、やはり外交的な妥協を選択した方が合理的な選択だと考えられるでしょう。このことを過去に発生した国際的危機のデータを分析して実証しているのがKroening(2013)の研究です。

Kroenig, M. (2013). Nuclear superiority and the balance of resolve: Explaining nuclear crisis outcomes. International Organization, 67(1), 141-171. doi:10.1017/S0020818312000367

この研究成果は、何らかの原因により国家間で紛争が起こり、核兵器の使用も視野に入れた軍事的緊張が高まってきた局面で、どれほどの核兵器を保有しているかが外交交渉における自国の立場の強さに影響することを裏付けています。まず、著者は国際危機行動(International Crisis Behavior)プロジェクトから1945年から2001年までに起きた核戦争の恐れがあった52件の危機に関するデータを入手しました。52件の危機の中には1950年に勃発した朝鮮戦争、1962年に米ソ間で発生したキューバ危機、1969年の中ソ国境紛争、1999年の印パ間で起きたカールギル紛争が含まれており、当時の関係国の核戦力の規模も比較することが可能です。

著者は、すべての事例において関係国間の核戦力の保有状況を比較し、それが危機の結果に与えた影響を調査しました。すると、「核兵器の優越性が核危機における国家の勝率を大幅に向上させること」が示されたと著者は主張しています(p. 158)。ここでの勝利とは、戦闘において敵に与えた損害の大きさではなく、危機の結果として各国が得た成果を基準にしています。各国が保有する通常兵器のバランスを統制した後であっても、核兵器の政策手段としての有効性は高く、特定の核保有国、あるいは特定の核危機を除外して再分析しても結果は変わりませんでした。

別の分析結果では核兵器の有効性に疑問が生じた

先ほどの論文が出版された2013年にはSechserとFuhrmannの研究でも核兵器の有効性が議論されているのですが、そこでは核兵器の有効性に関してより慎重な見方が示されており、一定の限界があることが実証されています。

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