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(7)既存体制への襲撃プランは粛々と進む(2024.1改)

「ファストファッションの弊害ですか・・」
妹の阿東紗季が、自分が購入した衣服の入った紙袋を眺めながら言う。
富山県庁を出た5人は、引率の樹里がデザインとモデルをしている衣料店で買い物を終えて、カフェでくつろいでいる際、日本では29億着の衣料品が年間で流通し、15億着が破棄され処分されている実態を、高校生4人に樹里が伝えていた。

「それで先輩方は粗製乱造に反対して、しっかりした衣服の提供をコンセプトにされたんですね」

「うん。家電品と一緒だよ。物を捨てずに大事に扱う誰かさんの考えに、衣料も則したんだ。
敵である企業群は強大だから、直ぐには効果が出ないだろうけど、それでも連中の売上が少しでも下がれば、店舗と従業員を大勢抱えている企業はあっと言う間に傾いていくと思うんだよね」

「石巻市にも出店するそうですね」

「よく知ってるね・・」

「母が東松島市の出身で、母の妹が実家を継いでいるのですが、ひょんな繋がりで玲子先輩の伯母様と懇意にしていまして、その方がおっしゃっていたと母から聞きました。母からは、横浜でお店を出す計画がないか、聞いてきてとも言われました」

「うわ、驚いた。ルーツは宮城なんだねぇ・・。今年はね、横浜と神戸の2つの元町と、倉敷にもアンテナショップを出すよ。都内と富山だけだとちょっと足りないみたいなんだ」

「私、根岸在住です!元町なら近いです。バイトします!」

「ともちん、学校が横浜なんだから全校生徒が殺到するって。会社も大学生を採るだろうし・・、ですよね?樹里先輩?」

「うーん、大学生より主婦になっちゃうかな。みんなのお母さんが聞いたら、考えちゃうよね?毎月、1万円分の社員服の衣料援助が付いて来るんだよ?」

この日二度目の絶望した様な顔を池内知代がするので、一同は大笑いした。

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市内の全国区の有名店で昼食を頂いた後、橋を渡って島へ上陸した。源家は大島という島の家で震災の影響を受けない高台にあった。
源家の家の前のスペースには複数の車が停められている。由紀子は免許証を持って居ない、誰か家に居るのだろうか?

荷物をトランクから取り出していると家から3人が出てきた。一人暮らしと聞いておりましたが?と思いながら由紀子の顔を見ると微笑んでいる。

「いらっしゃいませ、旦那様のお世話は私ども南三陸寡婦会が担当させていただきます」
”やもめ会”ってなんです?と、再び由紀子の顔を見ると、また嬉しそうに笑う。

「はじめまして、私、阿東喜代美と申します。姉の娘 姉妹が学校で大変お世話になりました。私もこんな形でお会い出来るとは思いませんでした、嬉しいです」
と言って、両手で手を握られる。
働いてる方の皮の硬い手だった。出で立ちから全く想像出来なかったので驚く。

「え? 実花さん、紗季さんの姉妹ですか?」

「はい、今頃富山にお邪魔してるそうで、本当にありがとうございます」
富山って、誰が呼んだんだ?と目を閉じて思い悩んでいたら、間を壊してしまったのか阿東さんが、その先を繕い始める。

「最初にご挨拶したのが寡婦会の代表で、この大島の温泉旅館の元女将で、貝原 凪です。今は収穫を終えたばかりの柚子で加工品を作っています。
こちらが石巻で笹かま会社経営の塩屋由衣です。3人とも由紀子さんよりホンのちょっと年下で、40前です。どうです?4人でつるんでいても、違和感を感じないでしょう?」
流石にアラフォーと一緒にするのは無理があるだろう?と思っていたら、由紀子に思いっ切り、尻を叩かれた。
「そ、そうかもしれませんね・・」と言うと、今度は尻を抓られる「疑問形にするんですか?」と微笑みながら耳元で囁かれて、ゾッとした。3人はそんな2人の遣り取りを見て笑っている。

自分のホームに着いたのと、仲間と合流して隠していた本性を露わにしたのかもしれない。大森や横浜の家ではアウェイだもんなぁと思いつつ、秘書様の知られざる一面に困惑している内に、バッグを奪われ、旧家らしい佇まいの家の中に入っていった。

ーーーー

岐阜の飛騨市と高山市を表敬訪問している金森富山県知事と秘書の蛍の母娘の最初の目的は、両市に完成した魚市場の視察だった。
富山湾の魚とオホーツク海の幸をドローンで毎朝空輸し、量市の市民に新鮮な海産物を提供する。それだけの話なのだが、魚市場は活況で賑わっていた。
海なし県・岐阜の山中の古い街並みの飛騨市、高山市は観光地なので、ホテルや旅館からも個別に海の幸の提供を要請されていた。
両市内の地元のスーパーとは既にPB Martと提携して商品を空輸配送しているが、どうしても小さなスーパーでは海産物を販売するスペースには制約があるので、全ての海産物を並べるには限界があった。そこで市の観光課・流通促進課が相談しあって、魚市場の設置が実現した。
実際は来月末の岐阜知事選絡みのプランの一貫でもあるのだが、飛騨高山が導入に踏み切ったので岐阜北部のそれ以外の観光地、白川郷・郡上八幡
・下呂温泉・中津川市等からも、魚市場を横展開して欲しいと要請が出ている。

魚市場の取材に来ていたテレビ局の一社は岐阜の放送局で、社長がわざわざ出向いて挨拶してきたので、金森知事は驚いた。
サミア社長へ依頼している協業の後押しをして欲しいのだという。
プルシアンブルー社のAsia Visionに岡山と栃木の地方局が加わり、東京圏で言う、「4・5・6・8」のTVチャンネル枠が既に埋まっている。唯一空いている「7ch」系の東京専門局の番組を扱っている岐阜の局を加えるのに、サミアを説得して欲しいと言うことだろう。

その一方で、プルシアンブルー社は日本の地方局に対して、Asia Visonで放映されたドラマやアニメ、バラエティ番組の無償提供を始めようとしている。CMが全てプルシアンブルーグループのCMで統一される番組となる。
ローカル局の昨今の懸念は「テレビ離れ」だと岐阜のテレビ局の社長が言う。
人々が在京・在阪のテレビ番組を見なくなり、視聴率低下を受けて今までのスポンサーが離れる状況が続いている。低予算での番組作りを強いられている状況で、芸能人へのギャラも下がり、ギャラの高い売れっ子の芸能人ではなく、新人タレントやマイナーな芸人を多用する傾向となっている・・らしい。

ローカル局が在京在阪局からの番組の供給を検討し直している最中にAsiaVisonが放映を初めて世間から注目が集まり、在京在阪局の視聴率が更に下がった。
AsiaVisonが2ヶ月前のコンテンツでよければ無償提供する、という方針を打ち出したので試験的に放映する様になり、試しに放送すると視聴率が上がったらしい。
理由としてプルシアンブルー製のテレビやPCを持っている家庭は、まだまだ少ないからとも言える。見たくとも見れない家庭が多いのだ。
低予算でも質の高いコンテンツを持つAsiaVisonが無償で提供する方針を打ち出したのは、ローカル局には渡りに船となる。

一方、都内の大学に勤めていた金森知事には「7ch」は元々低予算で番組作りを強いられた局なので、低予算を感じさせないノウハウの蓄積を活かした番組作りで、非常に検討していると見ていた。よって「7ch」系列のローカル局は「生き残るのではないか」とも考えていた。

「確かに見たい番組が無くなった。どのチャンネルもバラエティ番組が乱立しているし。公共放送もニュースの後はバラエティだもんね、いやになっちゃう」
社長からの直訴を終えて、知事の公用車プルシアンブルー製ワンボックスカーに乗り込んで娘の蛍が言う。

「私も誰かさんの影響でテレビを見なくなっちゃったから最近の動向が分からないんだけどね」

「母さんも以前は動物者や登山アドベンチャー系のドキュメンタリーを見てたけど、最近は見てないよね?」

「アドベンチャー系だけかな?あれも撮影はプロの登山家なのよ、最近は。公共放送の職員のレベルも落ちたよ。外注外注で後進が育っていない。非正規雇用の影響もあるのかな?学校と役所と一緒だね・・」

「そうか・・そういや、BBCcのドキュメンタリー番組ばっかりみてるかも・・」

「皆様のNH〇って、海洋物でも評判が悪くてね。札束チラつかせて「世界初の産卵・出産シーン」「世界初の最深海生物の撮影」とか、最初から話題先行型の番組作りをするのよ。要は売名行為とディレクターの出世欲ね。受信料っていう原資を持ってるから「世界初」を盾にして番組制作の予算を集めるのよ。で、民間のテレビ局が困るわけ、「NH〇はもっと金を出したぞ」って漁師や海洋学者が脅すの」

「海洋ものだけじゃなくて、ドキュメンタリー全般でやってそう・・」

「受信料を貰うためなら何だってやるのよ。バラエティもそうでしょ?ギャラの高いタレントを集めて、民放に質で勝とうだなんて・・、N〇k、要らないでしょ?」

「そうね・・広告代理店自体が存在意義を問われている中で、公共放送も民放も視聴率の重みだけが従来通りで、その視聴率の呪縛に業界自体が陥ってる・・。ぶっ壊すなら、今が頃合いかもね。特に与党寄りの1,4,8チャンネルは」

「あら、この子ったら、サミアさんみたいな事 言ってる。今頃、旦那が三陸の海の幸と一緒に、震災未亡人仲間も纏めて味わってるかもしれない状況なのに」
娘を誂うように知事が言う。

「立派にお役目を果たしてるんじゃない?海の男と どちらがたくましいのか、私には分かりませんけど・・」
昨夜、翔子と里子から連絡があり、宮城の三陸側にモリを連れてゆく計画を母親達が段どっていて、女川原発撤去を睨んだ周辺市の市長との面談の他に、震災で寡婦となったメンバーがモリを各地の有力者の元へ連れ回すのだと言う。
寡婦と言っても翔子・里子の後輩に当たる世代なので、後継・相続等の問題が生じないように徹底する、と同行する由紀子が言っているらしい。
「避妊するから旦那様を貸してください」と言っているようなものだと、蛍は少々穏やかでは無かった。
とは言え、「原発を止めて、代わりとなる産業を起こす」と考えると複数の手段を選択肢として持つモリが適任なのは、間違いない。ここ最近のモリの活躍を側で見ていた翔子・里子の母達からすれば、震災後の地元のあるべき姿をモリに託してみたいと考えたのだろう。 代わりの対価を出せないので、せめて色仕掛けで饗そうと考えているのかもしれない。

「翔子さんと里子さんの溺愛ぶりから見たら、海の男より良いんじゃないかな?」
・・「モリ以外の男を知らずに、翔子が玲子を生んだ」と言ったら、母はどうおもうんだろう?と、誘惑に駆られながらも口にせずに頷いていた。

「ところでさ、あゆみちゃんが連れ来た姉妹だけど、あなた、あの姉妹の母親と縁を切ったんだって?」

「縁を切るだなんて、心外だなぁ・・えっとね、仕方がなかったの。
私には未亡人と、夫と離縁した人で分けるしかなかったの。阿東さんを加えようものなら、離縁組との境界線が崩れちゃうでしょ?だから、春の時点で阿東さんには説明して、機を見て声を掛けるって言ってたの。
学校と縁が切れた今なら、丁度いいかなって思ったのよ」

「そうだったんだ。でも、世間は狭いねえ・・。
源家に集まった未亡人3人の一人が、その姉妹の叔母なんだってさ。翔子さんも里子さんも宮城の出身だって知らずにいたら、里子さんのお母様が姉は横浜にいるっておっしゃって、驚いたみたい」

「だって都内出身って聞いてたもの・・なんか隠さなきゃいけない理由でもあるのかな・・」

「出身はともかくとして、阿東家はネトラレプランの想定内だったわけだ。妹さんや親族が増えるのも織り込み済みって話ね」

「寝盗られプランって何よ・・ま、盗られないけどね」

「私に盗られて泣いてたくせに・・」鮎が娘の頬を指で押す。

「盗られてません!」

「私、2人も産んじゃったけど?」

「それは家族計画。みんなが幸せになる為の大事なプロセス。でもプロセス全体を管理しているのは私。彼は私の指示を受けて動いてくれている」​

「そっかなー、彼の大奥が拡大してるようにしか見えないんですけどー・・」
また、娘の頬を指して笑っている。

蛍は母親と少し離れてそっぽを向くと、会話を中断し、外を見ていた。

ーーー

12月中旬の時点で、プルシアンブルー製のテレビ、PC、モバイルの3製品が、それぞれのカテゴリーで最も売れている商品として、各方面で紹介されていた。
クリスマス商戦に合わせてプルシアンブルー社が生産体制を整備した結果だった。それでも多くの注残を抱えており、更なる生産体制を構築する必要があった。

モリから東北・北関東での新たな製造拠点の設立案が出されると、プルシアンブルー社はまた一歩、進化に向けて動き出してゆく事になる。

(つづく)


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