「ビール対戦」

蝉が喚き散らかす夏の昼間。僕は近所のスーパーに向かって走った。

 今朝のニュースで一年振りにビールが販売開始されたのだ。一年前、ビールの素となる麦やホップを食う害虫により、それらの商品が大打撃を受けて市場に流れなくなった。

 一部地域では暴動。店仕舞い。最悪、自殺する人もいた。しかし、その一年の悪夢も今宵終わるのだ。近所のスーパーに向かうとすでに多くの人だかりが出来ていた。

 店のシャッターが開いた。その瞬間、凄まじい勢いで人が流れ込んできた。戦争だ。直感でそう思った。現に店の中からは怒号が聞こえる。おそらくこの店以外もそうなのだろう。

 しかし、ここでビールを手に入れなければ、僕も悪夢に取り残される。缶チューハイでもハイボールでも日本酒でもダメだ。僕はビールが飲みたいのだ。

 もうこの地獄はうんざりだ。勇気ある一歩を踏み出そうとした時、店の中から一本の缶が転がってきた。

 僕は拾い上げて、すぐさまレジで会計を済ました。プルタブに指をかけて、喉に招待した。

美味い。

 意識が飛びそうになった。凄まじい酩酊感を覚えて、思わず店の近くに座り込んだ。店では未だに多くの人の叫び声が聞こえる。地獄に取り残され続けている連中だ。

 まあ人を傷つけるような奴は一生、地獄に居続ければいい。僕は二口目を流し込んだ。

 美味い。

 

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