朝の電車の中、目の前の席でサラリーマンが寝ていた。いびきをかいている。無理もない。 今日の気温は暑すぎず、寒すぎず適温だ。窓から指す太陽の光も大変心地良い。 しかし、不安もある。彼は最寄りの駅までに起きられるのだろうか? 見たところ熟睡だ。日頃から疲れている証拠だろう。ご苦労な事だ。 次の駅に着いた瞬間、男性が突然、目を覚まして颯爽と電車を出た。出た瞬間、いきなりゆっくりと歩き始めた。背中からどことなく哀愁が漂っている。 頑張ってくれ。心の底で彼を応援し
「痛!」 夕日が照らしているでこぼこ道を歩いていると足裏に何かを踏んだような痛みを感じた。 確認すると靴の底に穴が空いており、石ころが入っていた。よく見れば紐もつま先もそこら中、擦り切れていた。 寿命だな。すぐさま理解した。思い返せばこの靴を履いてから、五年くらいが経っていた。お気に入りのスニーカーでこの靴で色々な所を歩いた。 よくここまで保ったものだ。僕は歩いた。 これが最後と言うことを心の底から理解して、一歩一歩を噛み締めた。 ありがとう。その日の夕
暖かな土の中、小鳥の鳴き声で目を覚ました。冬が明けたのだ。 長年の感覚で理解した。天井を覆う土を掻き分けて、地上へ向かった。 しばらく掘り続けると眩しい光が飛び込んできた。あと少しだ。 必死に掻き分けて、ついに地上に出た。僕は感動した。緑に覆われていたからだ。 冬の寒さで死に絶えた大地とは違い、生い茂っていたのだ。 そして、至る所から仲間達の鳴き声が聞こえる。 僕も鳴いた。僕はここにいる。ここにいるぞ。超えたぞ。今年も超えたぞ。 すると背後から何
会社に向かっていた。体が重い。当然だ。連日残業続き。 退勤してから十時間も経ってない。なんだこれは。 睡眠も睡眠といえない。仮眠だ。目を閉じて少し経ったらグッドモーニングだ。くそったれ。 愚痴を吐いているうちに会社が見えて来た。嫌だ。マジで嫌だ。 すると会社の出口から誰か出て来た。社員だ。夜勤担当だからか、一二回しか会った事がない。 彼は僕に気がついたのか、会釈をしてきた。 僕は頭を下げた。 彼の疲労具合は顔色や歩き方から想像出来た。 人間は基
カーテンの隙間から当たる木漏れ日で目が覚めた。 眼前に飛び込んできたのは推しアイドルのグッズ達。何と愛おしいことか。 コーヒーを飲みながら、早速テレビをつけた。ニュースが流れていた。どうやら著名人が亡くなったらしい。原因はSNSによる虐めだった。最近、このような事件が多い気がする。 急激な技術の発展により人との繋がりが容易なものになった。しかしその分、悪意のある存在との関わりやすくなった。 見えない殺し屋が跋扈し始めている。ああ、恐ろしい。 「続いてのニュ
眼前にひしめき合う魔物達。どいつもこいつも凶暴そうだ。 僕は剣を構えて、一体一体を討伐していく。 「グォー!」 「ギャァ!」 討伐された魔物達が次々と悲鳴を上げていく。 魔物達を討伐するとその奥からドラゴンが出て来た。 口から火を吹いて、僕を攻撃して来た。僕はひらりとかわして、ドラゴンの硬い鱗に剣を下ろした。 「オオオ!」 ドラゴンは断末魔を上げて倒れた。この世界で僕は間違いなく最強だ。 「おーい! 休憩終わりだぞー」 「あっ! はい!」 バイトリー
冷たい目をした女性が僕を見ている。鳥肌が立つほど美しいその姿。 ああ、なんて恐ろしい。そして何で美しいのだろう。思わず手を伸ばそうとした。 「お客様。もう閉館時間ですのでどうか」 美術館の職員が僕に声をかけた。僕は憑き物が取れたように肩を振るわせた。 「しっ、失礼しました」 僕は早足で出口へ向かった。 「ああ、またか」 美術館の職員がそう呟いていたが、構わず僕はその場を後にした。 数日後、美術館の中で職員が首を吊った。あの女性の絵を抱えながら。
休日の晩。学生時代からの友人と居酒屋に入った。店内の賑やかな雰囲気を感じていると頼んでいた中ジョッキが来た。 「それじゃあ、かんぱ、あっ」 友人が何かに気付いたのか、懐に手を入れた。するとウコンのサプリメントを取り出した。 「最近。呑む前はこれを含むようにしているんだよな」 そう言って、友人が五粒飲んだ。 「さて、改めて」 俺達はジョッキを合わせた。 「ほんじゃあなー」 友人と別れた後、俺は一人、酔いの心地よさを感じながら歩いていた。友人とのやりとりを思い
右手に温かい感覚がして目覚めた。アイマスクを取るとカーテンの隙間から刺す光が僕の右手を温かく照らしていた。 窓を開けると優しい陽の光が僕を明るく照らした。眩しい。今日もなんて眩しいのだろう。自然と活力が湧いてくる。今日は休日だ。有意義な時間を過ごそう。そう思って外に飛び出した。 外に出ると皆、相変わらず暑そうな表情を浮かべている。日傘。ペットボトル。水が数年前よりも目に入るのが多くなった。携帯の画面を開けば、日焼け止めやアイマスクの広告が管理の頻度で見かける。まあこ
窓の外で雨が降っていた。止まりそうにない勢いと雨音。豪雨のせいか一寸先も曇って何も見えない。気温の変化のせいか、頭が痛い。 憂鬱だ。雨の日は何もする気が起こらなくなるからだ。視線を逸らすと一冊の本が映った。読みかけの小説だった。何もしないのもそれはそれで嫌だったので読むことにした。 ページを捲ると文字が脳に流れ込んできた。文章が読みやすいおかげだろうか。一ページ。また一ページと手をつける。そして、あっという間に読み終えた。 本を閉じると視界の端に眩しさを感じた。
仕事で疲れた体を引きずって家に向かっていた。今日は特に忙しかった。オフィスは祭りのようだった。 くたびれた体で家の扉を開けた。 「おかえりー」 小さな娘が出迎えてくれた。 「おかえりあなた。お風呂沸いているから入っちゃって」 「了解」 湯船の中、仕事の疲れをとっていく。このまま沈んでしまいたい。ある時は会社員。ある時は父親。常に何者かになり続ける日々。まあそんな事を言えば学生時代もそうか。ある時は生徒。ある時は野球部員。ある時はコンビニアルバイトの店員。
女性差別を無くせ。家父長制度反対! 様々なプラカードを掲げた女性達が行進している。 その目は血走っており口からは時折、憎悪を孕んだ罵倒も飛んでいる。この国を取り巻く男尊女卑を嘆いているのだ。 過去に囚われている人。現状を嘆く人。それらの声から騒音公害に肩を並べるほどの勢いで発せられている。 きっと世の中で起こっているテロもこのような事が始まりなのだろう。 その時、向かい側から何かが来た。男達の集団だ。女性優遇制度の廃止。痴漢冤罪の厳罰化。こちら側もプラカード
夕陽が照らす帰り道。仕事の疲れで今にも土へ還りそうな体を引きずっていた。 前も向く気力もなく、ただ俯いていた。すると道の脇に何か生えているのが見えた。 たんぽぽだ。そう言えば子どもの頃、故郷でよく吹いたものだ。 あの頃はそんな事でも楽しめたものだ。僕はしゃがみ込んで、たんぽぽを一つ取った。 そして吹いた瞬間、幼い頃の記憶が脳裏をよぎった。 友人と野山を掛けた記憶。川で遊んだ記憶。 たんぽぽを吹いた記憶。それらが次々と出て来た。 夕陽に消えていく綿毛
目が狂いそうな光を浴びて、多くの人が踊り狂っていた。酒とともに踊り狂っている人。写真を取り合う人々。騒音まみれの空間でも様々な人達がいた。 やかましさ全開の環境で一人の女性に目が行った。 物憂げに隅っこの方で一人、酒を呑んでいる女性だ。 寂しげで他の有象無象とは一線引いていた。 彼女に心を惹かれた僕は勇気を振り絞って、駆け寄った。 「お姉さん。今、一人」 すると彼女がこちらを向いて僕の横を指差した。 首を向けると僕より遥かに大きな男が眉間に皺を寄せてい
朝、目が覚めた。窓の外には青く美しい空が広がっている。上空の方をよく見ると黒い点が見える。ここから見える大きさから実物はもっと大きいんだろうな。 テレビをつけて、ニュースを見た。 「本日。エデンが起動して一年になります。国際連合が総力を上げて、作り上げた巨大要塞エデンが起動して以降、世界では犯罪や戦争やテロ事件の件数はゼロです。皆さん、この平和に感謝をしましょう」 女性アナウンサーがにこやかでどこか気味の悪い笑みを浮かべる。 すると危機感を焚きつける効果音
休日の夜。満点の星空を眺めながら、千鳥足で歩いていた。空には満点の星空と心地よい夜風。全てが完璧だ。 もうどこまでも飛んでいきたい。視界が朧げになり、方向感覚や平衡感覚も狂っていく。 心地よい。天国に行くときっとこういう感じなんだろうな。 その時、凄まじいクラクションで目が覚めた。 車が目の前で止まっていたのだ。 「おい! あぶねーだろ! 急に飛び出してきやがって!」 運転手の男が窓から顔を出して、僕を睨んでいた。僕はすぐに離れて、深々と頭を下げた。