お引っ越し (1分小説)
昨年末、主人の転職に伴い、私たち一家は東京から大阪へ越してきた。
築浅の賃貸タワーマンション。全室南向き、陽当たり良好。
目の前には、みどり豊かな万博記念公園。ガラス張り、抜群の景観。
2棟しかない階。そのうちの1棟、1802号室がたまたま空いていた。
同じ間取りの1801号室よりも、割安の家賃だった。事故物件を疑ったが、不動産屋は「違う」と完全に否定した。
「通学通勤、買い物にも便利ですよ」
内見の後、主人は即決。子供たちも気に入っている様子である。
【4ヶ月後】
今のところ、我が家に異変はない。快適である。
近所づきあいはなく、1801号室の原田さんとは挨拶程度のお付き合い。
その原田さんから、1802号室の前の住民は、一年足らずで越してしまった、という情報を聞き出した。
「『もう無理』と言って、出て行かれましたよ」
【さらに4ヶ月後】
「同じ校区内に引っ越すだけよ。転校まではしなくていいから」
私は、段ボールに食器を詰めこんだ。
子供たちも、教科書やゲーム機を段ボールに入れ、荷造りをしている。
「よかった。友達と離れなくてすむよ」
息子は、吹き出す汗をタオルでぬぐった。
「毎日、クーラーと扇風機をかけていても無理だったね」
タンクトップに短パン姿の娘が、うちわでバタバタあおいでいる。
私たちは、ガラス張りの、まぶしい窓に目をやった。
「芸術って、よく分からないわ」
視線の先には、我が家に光の焦点を当てた「太陽の搭」があった。
※Googleより画像引用
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