オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その89
89. 靴箱は宝箱
ついにやって来た3月5日。
決戦の日だ。
満額もらえる最後のお給料日。
このお給料と今までの幾ばくかの雀の涙貯金で
足りなくなる学費の支払い【12万6400円】を払う時が
ついに来たのだ!
憎っくき【12万6400円】との戦いの最終決戦の今日。
たっぷりと札束が入ってるはずのカバンを覗きながら
独り言のようにぶつぶつとつぶやいている私がお店に居た。
「あれ13万円はあったはずなのにな。おかしいな。」
私は何回も札束を数えた。
もう何回数えたか忘れたが、
もう一回数えよう。
指がすっかりすり減って
なくなってしまっていた。
シラーっとした細い目で
私のそんな指先を黙って見つめている優さん。
私は声を荒げる。
「9万.10万.11万・・・あれ〜おかしいなー。1万円札が11枚しか無いなー。」
「ウイスキーでも飲んできたんじゃないのか。」
「あー!その代わりに千円札が多めにあります!助かりました!おしっ!」
「誰も助けてないぞ!」
今度は千円札を数えた。
あと1万円と6400円だから千円札が17枚はあるはずだ。
「12.13.14。ん?14?もう一度・・・いーち!にー!」
「なんでここで数えるんだ。数えてから持って来いよ!」
「えっ?あっ、ほんとですねー。」
「まぁいい。好きなだけ数えろよ。」
「13.14!やっぱり14枚か!くそぅ!こうなったら玉の出番だ!」
「だまぁ?」
きっともうすぐ最後だからと
多めに見てくれている優さん。
なんて優しい人なんだ。
私の間抜けさに心から純粋に付き合ってくれている。
「えーっと、一旦確認しますね。1万円札で11万円!千円札で1万4千円!だからあと、えーっと・・・」
「2400円だ」
私は指でジャラジャラと小銭たちをかき混ぜながら言った。
「よしっいける!」
「おいおい。ギリギリだな。」
「500円玉を3枚発見!よっしゃー!勝ったー!あとは100円玉ですー!いーち!にー!」
「おいおい、そんなとこに置いたらまた数えるんじゃないか?落語じゃないんだから2回同じ100円玉数えんなよ!」
興奮して何も聞こえていない私。
「さーん!よーん!ごー!ろくぅー!ななー!はちぃー!あれ?なくなった。」
「なんなんだ、おい。」
あと100円というところで顔を上に上げた。
優さんと目があった。
「いやいや!1円足りともまけられまへんでぇ〜!」
優さんが完全に向こう側の体制に入った!
食事会だったら死ぬほど食わせてもらえるのに。
缶コーヒー1本分すらまけられないと言う。
こうなれば一家総動員だ!
「えーい!出でよ!10円玉ぁ!」
10円玉を数える最終形態の私。
「はい!いーち!にー!さーん!」
「おい。せめて2枚ずつ数えてくれよ。」
「・・・はーち!きゅう!」
「きゅう?」
「じゅっ❤️」
「じゅう!」
「やったー!!」
「おっしゃー!!」
私たち二人は息ぴったりに
両手を上げて喜んだ。
二人で顔を見合わせた。
満面の笑みで私を見た後
すぐに小銭を両手でかき集める優さん。
「よしっ!よく頑張ったな!確かに【12万6400円】預かったぞ!ごくろうさん!」
「あ、ありがとうございます!」
「あれっ、おい!今の、お前の金だよな?集金の釣り銭じゃないよな?」
「えっ、いや、釣り銭はこっちのカバン・・・うんこ色のほう・・」
「お、そっか、いや、すまん。良かった良かった!ホントに良かった!なんとか間に合ったな真田!」
「はい!おかげさまで!今まで待ってもらってホントありがとうございました!ギリギリでした!」
「ホントだよ。こんなにギリギリなのは店始まって以来だ。しかしこんなギリギリで大丈夫か?辞めた後、飯食えるのか?」
「大丈夫です!さらなる臨時収入を期待してます!」
「なんだそれは。まあいいか。俺も期待だけはしといてやろう!じゃあ、気を付けてな。外国に行くんだろ?身ぐるみ剥がされないようにな!あっ!裸同然だったな!もうなんも剥がすもんねぇな!はっはっは!」
全然面白くなかった。
まさに裸一貫とはこのことだろうが、
私はずっと裸一貫のままだ。
この決戦の余韻で
目の玉がお金のマークになってしまった私。
道に落ちている全ての物を睨みつけて歩く。
キラッと光れば振り返る。
新聞配達中もずっと下を向いて歩いた。
「おうっ!100円玉かぁ!」
銀色に光る丸いものが落ちていたら
全てがお金に見えてしまう。
「なんだプルタブか。」
「おや!あ、あれは!奇跡の500円玉か!デカイぞ!」
何でこんな所にこのタイミングで私の目の前に
こんな500円玉に似た丸い銀の金属が
落ちてるんだろう。
これは一体なんて言う名前なんだ。
どこの何の部品なんだ。
気になったから拾い上げてよく見てみた。
見てもさっぱりよくわからない。
ドブ川に投げ捨てた。
しばらく川が流れるのを眺めていた。
海に辿り着く頃には立派な500円玉になるのかもしれない。
今の私にはへんてこりんな金属にしか見えず、
他の誰かには立派な500円玉に見えるのかもしれない。
どうやらお金を数えすぎたようだ。
脳を休める必要がありそうだ。
ちょっと1本だけビールを飲むとしようか。
もちろん支払いは全て10円玉で。
私のお金事情を全て知っている私の靴箱よ。
色々あったな。
今回の戦いは勝利した。
大阪に帰ってもよろしくな。
この日を境に
私のこの靴箱は宝箱という名に変わった。
〜つづく〜
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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。
いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!