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科学と芸術の融合が未来を予見する

未来を予見することは、ビジネスにおいて重要なスキルです。しかし、単にデータに基づいた予測だけではなく、広い視野での洞察が必要です。この記事では、広い視野をもつために科学的探究と芸術的創造性を融合することが重要であることを、具体的な事例とともに考察します。


バーゼルの街中に出現した麦畑

アート作品には、時折、未来を予見したかのようなものがあります。そのため、アーティストは社会における炭鉱のカナリアと呼ばれることがあります。スイスのバーゼルで開催された世界最大級のアートフェアArt Basel(2024年6月13日〜6月16日)において、93歳になるアーティスト、アグネス・デネスの作品《Honoring Wheatfield - A Confrontation(麦畑への敬意 – 対決)》が展示されました。メッセプラッツの会場の前に小麦畑が出現、青々とした穂が茂っている様子は、アートフェアにとっては、異質な印象を与えます。この作品は、1982年にマンハッタンで行われた《Wheatfield – A Confrontation(麦畑 – 対決)》の再現です。


《Honoring Wheatfield - A Confrontation》:筆者撮影

アグネス・デネスの環境問題への先駆的な視点

アグネス・デネスは1931年、ハンガリーに生まれました。戦争を生き延び、最終的にアメリカに渡ります。デネスは、芸術、社会科学、数学、哲学、言語学など、さまざまな分野の研究に没頭しました。この学際的な研究の姿勢は、現代のダビンチと評されるほどです。
彼女の作品《Wheatfield – A Confrontation》は、1982年にニューヨークのマンハッタンで発表され、環境問題をテーマにした先駆的なアート作品として評価されています。

デネスは、ウォールストリートや当時のワールドトレードセンターから非常に近いロウアー・マンハッタンの埋立地に2エーカー(8000平方メートル)の麦畑を作りました。これは、当時45億ドルの価値があると言われた土地に、わずか158ドル程度の小麦を植えるというものでした。彼女は、この作品を通じて、お金、政治、世界貿易、あるいは生態系への無関心といった勢力との対決を、また一方でシャングリラ、小さな楽園、子供時代、田舎の暑い夏の午後、平和、忘れられた価値観、シンプルな喜びを表現しました。

《Wheatfield – A Confrontation》は40年前に、環境問題を取り上げた先駆的な作品でした。1982年のマンハッタンの麦畑の意味を人々が深く考えていたら、地球環境はいまとは大きく異なっていたかもしれません。しかし、この時点で理解してくれた人は少数で、孤独だったとデネスは言います。ところが、このようなアートをつくるアーティストでも、未来が見えるわけではありません。競争、貪欲、近視眼的な考え方など、現代の気候危機に至った、人間の本質的な思考を洞察することで導いたのです。

《Wheatfield – A Confrontation》(1982)、森美術館『私たちのエコロジー』展より:筆者撮影

科学と芸術の融合による未来の予見

デネスの思考から、科学的探究と芸術的創造性の両方が未来を予見する上で重要であることがわかります。地球環境に対する科学的探求と、人間の本質に迫る芸術的創造性の両方を持ち合わせていたことで挑戦的な作品を創り上げることができました。産業界の専門家たちは、自分の分野の科学技術には詳しいものの、それだけでは人間の本質を察知するのは難しいのです。

科学的探究と芸術的創造性を融合させることで、社会の現状に問いを立て、新たな視点を提供することができます。デネスは、アートが単なる美的表現ではなく、批判的思考や問題解決、グローバルな懸念を表明するためのプラットフォームになり得ることを示しました。また、植物をアートに用い、日々変化し収穫すると消えてしまう柔らかな作品を制作したのも新たな試みでした。このような先駆的な表現も、科学と芸術の両方を融合させることで発想できたのです。

40年前の種子が人々に影響を与える

《Wheatfield – A Confrontation》は、1982年にマンハッタンで行われたあと、いくつかの場所で招聘されています。2009年にロンドン、2015年にミラノ。そして、今回のバーゼルに続いて、米国モンタナ州のボーズマンで開催されます。モンタナ州はもともと農業地帯でしたが、最近テック産業が進出し、カリフォルニアから人が流入し住宅の価格が急騰しています。このような状況に問いを立てようという試みです。40年前に蒔いた種に、ようやく人々が気づいてきました。

アーティストのアグネス・デネスのように、さまざまな分野を横断し、新たな視点を獲得することで、私たちはより良い未来を創造する力を得ることができます。私たちビジネスパーソンが新たな視点を獲得する一つの手段として、デネスのような先駆的な思考をしているアーティストの作品に触れ、その作品のコンセプトを考えてみることが挙げられます。

現代アートには、人間の本質に迫る作品、未来を予見した作品にあふれています。是非、皆さんも現代アートに触れることに関心をもってほしいと思います。


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