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デジタル時代に求められるアナログ的態度:アートが提起するイノベーションへの新たな視点

デジタル化が急速に進む中、ビジネスの世界でもデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれています。しかし、真のイノベーションを生み出すには、デジタルだけでなく、アナログ的な思考も重要であることが指摘されています。本稿では、アナログとデジタルの本質的な違いを探り、アナログ的態度の重要性について考察します。


アナログとデジタル:態度の違い

一般的に、アナログは古く、デジタルは新しいというイメージがありますが、実際にはそれらは態度(attitude)の違いだと捉えることができます。ビデオアーティストの河合政之氏が、この点について興味深い見解を語ってくれました。

デジタルの本質は、全ての事象を数値化または数式で表現し、0と1に分類した上で、0を捨てることにあります。一方、アナログは0から1までの多様な状態を認識し、一旦全てを受け入れる態度と言えます。この視点から見ると、デジタルは論理的思考と親和性が高く、アナログはアート思考と相性が良いことがわかります。

ビジネスにおけるデジタルとアナログの適用

デジタル的アプローチ:経営計画の策定

経営計画の策定は、典型的なデジタル的アプローチの例です。過去の業績や市場動向を数値化し、それらのデータを基に何を実行し、何を見送るかを決定します。このプロセスは論理的で、明確な基準に基づいています。

アナログ的アプローチ:新規事業への挑戦

一方、新規事業にチャレンジする際は、アナログ的な思考が重要になります。初期段階では市場の反応や売上予測が不確実なため、担当者や経営者の直感、熱意、覚悟が推進力となります。このアプローチは、0と1の間の曖昧な中で進めていくアナログ的態度と言えます。

アナログ的態度とデジタル的態度の比較

アートに見るアナログとデジタルの表現

アナログとデジタルの違いを、アートで表現したものがあります。その一つが、現代美術作家の杉本博司氏が、太陽光を分光して撮影した作品「OPTICKS」です。

ニュートンの光学理論:デジタル的アプローチ

アイザック・ニュートンは1671年に、王立協会哲学会報に投稿した「光と色についての新理論」に、太陽光をプリズム(ガラスでできた三角柱)で分光して観察した結果を、「オリジナルな基本色は赤・黄・緑・青および菫であり、それに橙、藍があり、さらにその中間に無限の変化がある」と記載しました(吉野政治「なぜ虹は七色か」同志社女子大学総合文化研究所紀要)。それまで太陽光は白色と思われていたので、常識を覆す理論でした。ニュートンは、それまで色としての言葉がなかった、橙と藍を設定して7色にしました。これは、音楽の音階に対応させ7色にしたと、書簡に書いているそうです。当時、音楽は数学や天文学とならんで非常に権威があったことによります。

ニュートンは、中間に無限の変化があるとしているのに、音階に合わせたことが効いたのか、7色で落ち着いてしまいます。これは、無限の色彩を7つに限定するという点で、デジタル的な態度と言えます。7色に限定することは理解しやすく、工業的な再現も容易にしましたが、同時に色彩の豊かさを単純化してしまう側面もありました。

Image by David Clode from Unsplash

杉本博司の「OPTICKS」:アナログ的アプローチ

杉本氏は、1704年に発行されたニュートンの『OPTICKS』初版本をオークションで落札し、ニュートンが実験に使った分光器の改良版を自作し、分光させた太陽光を観察してきました。そして、太陽光が7色どころではなく、無数の色彩で構成されていることを再認識しました。杉本氏は、基本色と基本色の間に存在する名前のない色に注目し、それらをポラロイドカメラで撮影して《OPTICKS》という作品を制作しました。

2、3年前、杉本氏の分光器で太陽光を分光した様子を見せていただく機会がありました。太陽光が垂直に入射する必要があり、日の出直後の短時間ではありましたが、たしかに、そこには無限の色に分かれた光がありました。

杉本氏は、「科学は名前をつけることで微細な全体を切り落としてしまう。名前さえつけなければ、世界は豊穣で一体なのではないか」と述べています。さらに、科学に対するアートの役割について次のように語っています。

自然科学は世界を7色にしてしまう。しかし私は捨象されてしまった色の間でこそ世界を実感できるような気がするのだ。そこからこぼれ落ちる世界を掬い取るのがアートの役割ではないか。

京都市京セラ美術館開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」平凡社
杉本氏の分光計で分光された太陽光:筆者撮影

ビジネスイノベーションにおけるアナログ的態度の重要性

杉本氏のアプローチは、ビジネスイノベーションにも重要な示唆を与えています。効率性や合理性を追求することで、デジタル的な態度で捨て去っているものは数多くあります。あまりに情報が氾濫し、全てを考慮していては前に進めないのも事実です。一方で、捨てた中に、宝物が埋もれている可能性もあります。アナログ的態度は、そうした見過ごされがちな領域に光を当て、新たな価値を創造する可能性を秘めています

論理的でデジタルな態度は人々の納得を得やすい一方で、アナログ的態度は共感や感動を呼び起こします。イノベーションをつくっていくうえで、共感や感動は非常に重要です。デジタル一辺倒ではなく、アート思考やアナログ的な視点を取り入れることで、より豊かなイノベーションが生まれる可能性があります。

今後のビジネスリーダーには、デジタルの効率性とアナログの創造性を両立させ、新たな価値を生み出す能力が求められるでしょう。アナログ的態度を再評価し、ビジネスの中に取り入れていくことが、これからの時代に求められる重要な課題なのです。

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