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書評

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#読書感想

「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

「ヴィンダウス・エンジン」(十三不塔)感想

止まっているもの全て見えなくなるという「ヴィンダウス症」。唯一の寛解者であった主人公キム・テフンは、成都の都市管理AIに組み込まれ、「ヴィンダウス・エンジン」の歯車となる——。中国を舞台に描かれる、清と濁の共存する近未来都市は、どこかエロティックな印象をもたらした。個人が超常的な力を得ることへの憧憬を刺激し、上質なエンタテインメントを提供する。

そんな本作に見受けられる構造として、ある種の対比、

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ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

★点数★

「おつきみ」 3点
「神様」   5点 →勝者
「空華の日」 2点
「叫び声」  4点
「聡子の帰国」2点

★総評★

六枚という短さで、人間の感情を表現するというのはなかなかに難しいことだと思う。作中に描く場面を大きく広げ、個々の人間が薄まっているような印象を受けた。私は物語を大きく分けるものの一つとして、「人間」と「それ以外」を考える(単純な二元論にはならないが、便宜上)。読後感

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

・「今すぐ食べられたい」中原佳

食べられたい牛と食べたくない人間の倒錯した悲劇。世界に平和をもたらすだろうその美味と、(観光客がおらず沐浴する人もなくただ死体を焼いている)戦争に近い状態だろう人間界とが、対比される。誰も牛に手を出さず、ガンジスに流してしまうという結末からは、ある種のメッセージを読み取ることができるだろう。寓話だろうか。

・「液体金属の背景 Chapter1」六〇五

組織に腐

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

・「青紙」竹花一乃

死へ赴くことを強要される「赤紙」とは対照的な、自ら生を選択する「青紙」の物語。非常に風刺的であると同時に、「自由」への批判が読み取れる。選択は幸福をもたらさず、そもそもハリボテに過ぎなかった。

・「浅田と下田」阿部2

男湯に入る女生徒浅田、家族の元から逃走する浅田の父親。「規範からの脱出」が描かれ、しかし彼らは、帰ることを強制される。脱出することを望まず、母親が嫌な顔をし

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吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

キラスタ教の支部長と、支部長の家に招かれた野球帽の男(浮浪者)を中心に、物語は進行していく。冒頭被害者であった野球帽が、結末加害者になるという、対照的な構造に包まれ、そこには、宗教という眼鏡を通した、多くの「逆転」が見出せた。

キラスタ教の教義の中に、「カカリュード」と「泥溜り」という概念がある。野球帽は他人に世話をしてもらう「カカリュード」そのものであり、他人の世話に依存して、罪の状態「泥溜り

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安部公房「燃えつきた地図」感想

安部公房「燃えつきた地図」感想

 都会——閉ざされた無限。けっして
迷うことのない迷路。すべての区画に、
そっくり同じ番地がふられた、君だけ
の地図。
 だから君は、道を見失っても、迷う
ことは出来ないのだ。
(安部公房「燃えつきた地図」)

   ※

 興信所の調査員が、失踪した男を追い始めるところから物語は始まる。依頼人であるアルコール中毒の女性、怪しげな組織に所属するその弟、失踪人の元同僚に、喫茶店「つばき」の関係者たち

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第一回かぐやSFコンテスト最終候補作感想

第一回かぐやSFコンテスト最終候補作感想

候補作品は以下のサイトで公開されている。

①「Eat Me」

現実に居場所を失って、図書館に魂を、社会に肉体を捧げる、主人公。成長する学校図書館に就職する者たちは、例外なく「マザー」の内部に吸収されて、今度は吸収する側に回るだろう。繰り返される永遠。図書館という名の永久機関。強制と支配の社会(物質世界)から、逃れるための図書館(精神世界)の姿が垣間見える一方で、社会に居場所をなくした人間は、社

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「竜のグリオールに絵を描いた男」感想——『始祖の石』の違和感と不可視の束縛

「竜のグリオールに絵を描いた男」感想——『始祖の石』の違和感と不可視の束縛

「竜のグリオールに絵を描いた男」
「鱗狩人の美しき娘」
「始祖の石」
「嘘つきの館」

 本書は以上の4編に、著者による「作品に関する覚え書き」と、おおしまゆたか によるあとがきから成っている。

 解説には、次のように書かれている。
「デビューからしばらくは、膨らんでくるものを抑えこみ、(大きすぎる執筆対象を)コントロールしようと努めていた。(中略) その努力が最も成功しているのは「始祖の石」だ

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「箱男」感想 ——反逆——

「箱男」感想 ——反逆——

「箱男」と呼ばれる存在がある。段ボール箱をすっぽり被って、街を徘徊。専ら覗き穴から外部を伺い、あらゆる人間に無視されて、のそのそがさごそ歩き続ける。浮浪者とは違う、もっと下位の存在。市民であることすらやめた、匿名の誰か。「見ること」に取り憑かれた一人のある箱男は、箱の中で、一冊のノートに箱男の記録を始めていた……。
奇怪な彼らの生態が、生々しい現実感を伴って、克明に描かれる。本物と偽物、能動と受動

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「族長の秋」感想

「族長の秋」感想

 カリブ海沿岸に位置する、旧植民地であったという架空の国家。欧米諸国が引き上げたのち、独裁者として権力を一手に握ったのは、肥大した金玉にヘルニアを患う男だった。残虐であったり、反対に良心的であったりする彼の行動を、さまざまな人の視点で描いていく。
 
 しかし、「さまざまな人の視点」と言っても、ただ単純に切り替わるだけではない。
 彼らは時に軍人であり、時に一人の平凡な市民、あるいは女学生であった

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「一九八四年」(ジョージ・オーウェル)感想

「一九八四年」(ジョージ・オーウェル)感想

 党は真実を、現実を支配する。また言語を支配する。敵への憎悪を掻き立てて、党への忠誠を約束させる。人々は誰かを見下すことでアイデンティティを獲得し、強大な力を持つはずのプロールは、愚かで無関心に生きている。それらは全て、我々の生きる現実と、同じ姿をしているように私は思う。
 多数派は常に正義であり、常識外れは断罪される。言語は文法によって人工的に支配され、煽動的な政治家は、次から次へと現れる。そし

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