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2023年、僕が本から拾った言葉たち

SNSによる誹謗中傷、相手を配慮しない余計な一言、情報の先取り合戦、論破……

「ファスト映画」が話題になっているように、「コスパ」「効率化」が重要視されているような令和の世の中。そんな世の中で、言葉がどんどん鋭利になっているのを感じている。また、日々のニュースを通じて政治家による不適切な発言が嫌でも目に付く機会が増えているように感じている。鋭利であるとともに、言葉が軽くてぞんざいに扱われているような気もしている。

僕にとっての読書の楽しみの1つが、様々な言葉に出会えることだ。「嬉しい」という感情一つにとっても、無数の表現がある。心に抱えているモヤモヤとした感情が言語化されていることによって、心がスッキリすることがある。そして、心に響く素敵な言葉には、自分自身や相手の人生が変わる力があると信じている。だからこそ僕は、「言葉を大切に扱う」ということが無意識のうちに浸透していった。

WBCで14年ぶりに世界一になった日本代表のような明るい話題があれば、ジャニーズの性加害問題のような不穏な話題もあった2023年。
僕は、本を読んでいる中で数々の心に響く素敵な言葉に出会った。モヤモヤすることがあった中でも、そういった言葉たちに支えられていたように感じる。

当記事では、僕が今年、2023年に読んだ本の中から印象的だった言葉、その言葉について僕がどう感じたのかをまとめた。


1.『汝、星のごとく』(著:凪良ゆう)


永遠に辿り着けない場所を目指して疾走するものが恋ならば、ゆったりと知らないうちに決定的な場所へ流れ着くものが愛のような気もする。

『汝、星のごとく』

2023年の本屋大賞を受賞した『汝、星のごとく』
1ページ1ページがとにかく濃い作品。刺繍のように繊細で、星の煌めきのように儚い物語に感情が揺れ動き、そして表現力の高さに思わず声が出てしまうほど。恋と愛の違いについて、こんなにも響く表現があるのだろうかと読みながら思っていた。続編の『星を編む』を読む前に本作をもう一度読み返したいと考えている。

2.『成瀬は天下を取りにいく』(著:宮島未奈)


「わたしが思うに、これまで二百歳まで生きた人がいないのは、ほとんどの人が二百歳まで生きようと思っていないからだと思うんだ。二百歳まで生きようと思う人が増えれば、そのうち一人ぐらいは二百歳まで生きるかもしれない」

『成瀬は天下を取りにいく』

今年読んだ本の中でも強烈なインパクトがあった『成瀬は天下を取りにいく』の主人公・成瀬あかり。
テレビに毎日映る、M-1に出場するなど、「変わり者」に見える彼女だが、そのブレなさは疾走感と爽快感に溢れていて勇ましかった。上記の言葉も、彼女なら本当にやってのけるのではないかと思わずにはいられない。
こちらも続編が刊行されるようで、成瀬あかり史の続きが早くも見れるのは楽しみだ。

3.『スター』(著:朝井リョウ)


「待つ。ただそれだけのことが、俺たちは、どんどん下手になっている」

『スター』

有名映画監督に弟子入りした立原尚吾とYouTubeチャンネルの発信を始めた大土井絋。大学の同じ映画サークルだった二人が対照的な道を歩む中で、様々な葛藤がありながらも、映像に向き合っていく物語。
誰もが発信者になれる「スター」なき今の時代。発信者も受信者も人である限り、心が存在することを忘れないこと、自分なりの物差しを持って世の中と向き合っていくことが大事だと感じた。何よりも、登場人物たちがSNSやメディアに対して感じていることの一言一言に鳥肌が立ち、突き刺さった。
待つことが下手になっている。それは即効性が求められる今の世の中を表しており、自分にもあてはまる。「進みたい、進まなきゃいけない」と思うような時ほど「待てる」ような心の余裕を持ちたい。

4.『武道館』(著:朝井リョウ)


「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択、しか、ないんだよ。」

『武道館』

「武道館ライブ」を合言葉に活動している女性アイドルグループ「NEXT YOU」が舞台となっている物語。
単に歌って踊るだけじゃない。進路、アイドルとしての方向性や目標、ファンとの接し方、グループ卒業後の進路、そして恋愛。表側は華やかで輝いて見えるアイドルは、裏側では選択の連続。その中で「NEXT YOU」に所属している主人公・愛子の心の葛藤に、アイドルの見方が変わったと感じている。
上記は「NEXT YOU」のセンターポジションを務める碧の言葉。何かを選択する機会は日常生活においてもたくさんある。どんな選択をしたとしても「正しかった」と胸を張れるだろうかと、読了してしばらく経った今でも自問自答している。

5.『今日拾った言葉たち』(著:武田砂鉄)


■わかってもらえないことや、わかってあげられないことが、ちゃんと心地よいままでいたい。わかんない部分があるからあなたと私は他人なんです。

共感は確かに人の気持ちを豊かにするが、どんな場面でもそれをゴールにしてしまっていいのだろうか。コミュニケーションの中でも「わかる!」という頷き合いばかりが行われていく。共感の度合い・回数があたかも人付き合いの密度のように変換されてしまう。
(中略)
詩人・最果タヒによる言葉は、私はここにいる、あなたはそこにいる、という距離を静かに守る。だから、あなたがわからない、と言える。そのほうが人を信頼しているのではないか。

『今日拾った言葉たち』

気鋭のライター武田砂鉄さんが、テレビ、ラジオ、書籍、SNSなどから、拾った言葉に関して、感じたことやその本質について迫った1冊。
相手とのコミュニケーションにおいて「共感」が何よりも求められているように感じる中でハッとさせられた最果タヒさんの言葉。人間、必ずしも共感できることばかりではないし、むしろ共感できないことのほうが多いのかもしれない。たとえ「わからない」ことがあっても、相手のことを尊重しながら適度な距離感で接したいと思った。

6.『今日拾った言葉たち』(著:武田砂鉄)


■みんな自分の「好き」を否定されるのを恐れすぎですよね。

自分の感覚よりも、みんなが評価しているかどうかを重視して本を選ぶなんて、きっと面白くない。

『今日拾った言葉たち』

本を選ぶ時だけでなく何事においても、自分の感覚を大事にすることは常に忘れないようにしたいと強く感じさせてくれた言葉。自分の「好き」は何事にも代えがたいもの。その唯一無二の感情を大切にしたい。
ちなみに今では武田砂鉄さんのラジオを毎週聴くようになり、12月にはトークイベントにも行ったが、それは本作を読んだことがきっかけだった。1冊の本から、ここまで大きな影響を受けるとは。

7.『この夏の星を見る』(著:辻村深月)


ただ、同じ時間帯に空を見る。そのための約束をした、というただそれだけのことが、どうしてこんなに特別に思えるのか。

「これくらいの特別は――お願い、私たちにください」

『この夏の星を見る』

今年読んだ本の中で一番印象的な作品。
コロナ禍で様々なことが制限されるなか、天文活動で出会った生徒たちが星をつかまえる速さを競うスターキャッチコンテストの開催に向けて動き始める物語。
辻村深月さんの良さが凝縮された1冊。『かがみの孤城』のような怒涛の伏線回収があるわけではないが、コロナ禍での心理描写がすごく繊細に描かれていて、生徒たちが青春を掴みに行く様子に色んな感情がわいた。物語に感情移入していく中で触れた上記の言葉に、涙を我慢することができなかった。
ちなみに『家族シアター』に出ていた人物が時を超えて登場している本作。その繋がりにも興奮した。

8.『Another side of 辻村深月』(著:辻村深月)


人は皆、"物語を自分でまとう"ということをしなければやっていけないと思うんです。
自分はどういう人間で、何が好きで何がイヤだと思うのか。そういった物語が何も獲得できていないと、例えば人からパワハラみたいなことをされても、モヤッとするだけで怒ることすらできなかったりする。
自分を守っていくには自分の中に言葉を育てておくことが必要で、そのためには日頃からいろんな言葉に触れていなければ、言葉自体が入ってこないし、言葉という素材がなければ物語も作れない。

『Another side of 辻村深月』

数々の作品を生み出す作家・辻村深月。本作は、執筆で考えていること、好きなものなどの辻村さんの裏側に迫った1冊だ。
朝井リョウさんとの対談の中で辻村さんがおっしゃった上記の言葉。物語に触れる中で、様々な言葉にも触れること。それは、自分自身を理解することにつながり、お守りのような存在となってくれる。僕自身、ただモヤモヤするだけでその正体が一体何なのか分からないことがこれまでの人生の中で何度もあったので、強く響いた。モヤモヤの正体をできる限り言語化しようと改めて意識させてくれたきっかけとなった言葉だった。

9.『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』(著:三宅香帆)


冷静に自分の好みを言語化することで、自分についての理解も深まる。それでいて、他者について語っているのだから、自分じゃない他者にもベクトルが向いている。すると、他者の魅力や美点に気づく力も身につきます。

『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 自分の言葉でつくるオタク文章術』

書評家の三宅香帆さんによる、推しの魅力を書く時のコツが書かれている。
推しはいるけど、「ヤバい」「すごい」のようにありきたりな言葉しか出てこなくて悩んでいる方にうってつけの1冊だ。
僕にとってそれ以上に響いたのが、言語化することの大切さを説いた上記の言葉。「好き」を言語化することは、自己理解が深まり、相手のためにもなる。そして、自分の言葉をつくることは、自分を守ることに繋がる。「推し」についてだけでなく、自分が日常生活などで感じたことを言語化することの大切さは共通していると思った。
また、本作がきっかけで自分の感想を書き終えるまで、他人の感想をなるべく見ないように意識するようになった。

10.『本日は、お日柄もよく』(著:原田マハ)


困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。

『本日は、お日柄もよく』

伝説のスピーチライター久遠久美の衝撃的なスピーチとの出会いがきっかけで弟子入りした主人公・二ノ宮こと葉。そのスピーチライターの仕事を通じて、言葉の持つ力を強く感じた作品。
こと葉が困難に直面した際にかけられた言葉に、一瞬にして心を掴まれた。自分自身が、そして誰かが困難に直面したとき、この言葉をかけてあげられたらきっとまた歩き出せる。何度見返しても素敵だなと感じる言葉。この先もずっと胸に刻んでおきたい。

11.『犬のかたちをしているもの』(著:高瀬隼子)


「子どもがほしいのと、子どもがいる人生がほしいのは、同じことだって思う?」

『犬のかたちをしているもの』

2022年に『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子さん。高瀬さんの作品は何作か読んでいるが、人の内面にあるモヤモヤとした感情が的確に突かれているように感じた。
本作も分量以上に内容が濃く、突き刺さる言葉が多かった。その中で印象的な上記の言葉は同じ意味のように見えるが、何回も読み返すと実は意味が全然違う。視点が自分にあてられているか、それとも周囲の目にあてられているか。これは結婚に言葉を置き換えてもしっくりくると思った。
ただ内容はかなり重めなので、心の状態がしんどくない時に読むことをおすすめしたい。

12.『レーエンデ国物語 月と太陽』(著:多崎礼)


「時代が僕らの生き方を否定するなら、この時代を変えればいい。世界が僕らの自由を妨げるなら、この世界を変えればいい。その第一歩として僕は僕自身を変える。身体も心もうんと鍛えて、アレーテやテッサを支えられるようになる。誰にも負けない立派な男になって、テッサの心を掴んでみせる」

『レーエンデ国物語 月と太陽』

壮大な世界観のファンタジー作品で話題になっている『レーエンデ国物語』の第2巻。前編以上の内容の濃さと余韻に浸り、しばらく放心状態に。情熱、ときめき、恐怖、儚さ、そしてあまりにも切ないラストに、ひたすら感情が揺れ動いた。
上記は、本作の主人公・ルチアーノの一言。 レーエンデに自由を取り戻すため、自らの信念に従い戦う。決して他力本願にならず、自分にできることは何かを考えているからこそ出てきた言葉が印象に残っている。どんな人にも適材適所の役割があることを学んだ本作を読んでから、仕事への向き合い方も変わったと感じている。

13.『正欲』(著:朝井リョウ)


「あってはならない感情なんて、この世にないんだから」
それはつまり、いてはいけない人なんて、この世にいないということだ。

『正欲』

2022年の本屋大賞ノミネート作で、今年の11月には映画化もされた本作。
テーマはすばり「多様性」について。ただメディア等で定義されている「多様性」は、言葉の意味が正確に伝わっていないのではと本作を読んで感じた。同時に、自分が見ている世界の狭さをこれ以上なく痛感させられた。
世の中は、無数の欲が存在している。具体的な名称では表しにくい欲もある。その中で「正しさ」と「正しくなさ」は表裏一体であるはず。あってはならない感情はない。完全に理解はできなくても、他者への想像は忘れないようにしたい。本作を読んだからこそ、多様性についてわかった気になってはいけない、単なる消費として扱ってはいけないと思った。

14.『彼女が言わなかったすべてのこと』(著:桜庭一樹)


わたし、さいきん、こんなことを思うんです。パラレルワールドってじつはどこにでもあるんじゃないか、って。だって、こんなちっぽけなわたし一人にも、"向こうの世界に住んでいる健康なわたし"と、"友達の目から見た、こっちの世界にいる健康なはずのわたし"と、"こっちの世界にいる、じつは病人のわたし"と、"兄から見たわがままなわたし"と、"仕事関係の人から見た働くわたし"と……もうごっちゃごちゃに、無数のパラレルなわたしが同時に存在していて。しかもどれも幻じゃなく、このパラレルなわたしというものはじつは隣りあって一緒にリアルに生きている。

『彼女が言わなかったすべてのこと』

病気の治療中だがコロナがない世界にいる波間さんとコロナ禍の世界にいる元同級生の中川君。別の東京を生きている2人がやり取りし始めて物語が進んでいく。
実は今生きている世界の中は、人の数の分だけパラレルワールドが存在していて、一人一人がそれぞれ違うパラレルワールドを生きている。そのパラレルワールドの中でみんな色んな想いを抱えていて、でも相手や社会のことを考えるあまり言わないでいることがたくさんある。当たり前のように日常を過ごせているって奇跡だなと感じた。
主人公の名前でもある波間を漂っているような感じの物語で、感動や切なさとは違う不思議な感情になるが、大切にしたい、推したい作品の1つになった。

15.『マチネの終わりに』(著:平野啓一郎)


「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」

『マチネの終わりに』

四十代に差しかかっていた天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子による大人の恋愛小説。
切ない2人のすれ違い、幾多の苦悩、容赦なく付きまとう現実に胸が締め付けられ、夢のような美しさのあるラストに目頭が熱くなった本作。
何よりも序盤の蒔野の一言で物語に一気に引き込まれた。過去は変えられないとはよく目にする。確かに過去に起こった事実は変わらないが、その事実の感じ方は未来次第でいかようにも変わる。今日というこの一日を大切にしていく想いが、この言葉に表れているような気がした。

16.『保健室のアン・ウニョン先生』(著:チョン・セラン 訳:斎藤 真理子)


「ダッチコーヒーみたいに鈍くて冷たくてカフェインレス」

『保健室のアン・ウニョン先生』

養護教諭のアン・ウニョンがBB弾の銃とレインボーカラーの剣を手に、漢文教師のホン・インピョとM高校で起こる怪奇現象に立ち向かう物語。
不思議な世界観や登場人物の微笑ましい掛け合いに惹き込まれ、思わずツッコミたくなる場面や独特の表現も印象的。
上記は歴史教師のパク・デフンが別れた彼女から浴びせられた罵声で、今年読んだ本の中でも屈指の迷フレーズの1つ。温厚な性格をこのように表現できるのかという新鮮さに、これを言われたらしばらく立ち上がれないだろうなという思いで強く印象に残った。
ちなみに本作は読書会がきっかけで知った。もし参加していなければ目に留まることもなかったと考えると良い出会いだったと思うし、読書会の良さを感じた瞬間だった。チョン・セランさんの他の作品も読みたいと思っている。

17.『横道世之介』(著:吉田修一)


「……明日、東京に帰ろうかな」気がつくと、世之介はそう呟いていた。そして東京に「行く」ではなく、初めて「帰ろう」と言ったことに自分で驚く。

『横道世之介』

おっちょこちょいで、押しに弱く何かと出会いを引き寄せる。そんな長崎から大学進学により上京してきた横道世之介による物語。
時代は違うが、僕も進学で地方から上京した身なのもあり、世之介が都会の色に染まっていく描写に、当時の自分の感情を思い出させてくれた気がした。結末が予想外のものだったことも強く印象に残っている。
ちなみに、僕自身は県外から新潟に来て8年半が経つ。帰省時に新潟に「帰ろう」と無意識のうちに言っている自分がいることを本作を読みながら思っていた。

18.『川のほとりに立つ者は』(著:寺地はるな)


明日がよい日でありますように

『川のほとりに立つ者は』

2023年の本屋大賞にもノミネートされた本作。
相手との向き合い方について、ページ数以上に考えさせられることが多く、ある性格や特性だけで相手を決めつけたりしていないだろうかと考えさせられた。
上記は主人公の原田清瀬の恋人である松木圭太のノートに書いてあった言葉。明日がどうなるか誰にも分からない中で、その見えない明日を生きなければいけない。だからこそ、人は願うのかもしれない。そして、その願いは大切な人であればより強くなる。特別な言葉は使っていないシンプルな言葉でありながら、すごく愛情が伝わってくると思った。

19.『な~る な~る な~る なんとかなる なるようになる なんとでもなる』(著:遠藤麻理)


つまり私の場合は、思い通りにいかなかったことに育てられて今があるのです。人生最初の経験は、高校受験失敗でした。15歳にして、人生が終わったと、当時は絶望したものです。

毎年この時期に書いていますが、もしもあの頃の私と同じような気持ちの誰かがこれを読んでいるなら伝えたいです。「大丈夫、大事なことは思うようにならなかった結果じゃない。今ここから、自分の心次第で、未来はどんなふうにでも作っていけるよ」と。

『な~る な~る な~る なんとかなる なるようになる なんとでもなる』

新潟で長年ラジオパーソナリティーとして活動している遠藤麻理さんの最新エッセイ。
FM PORTの閉局を経験するなど、どうにもならなかったことを数多く経験されているからこそ、「なんとかなる」という言葉が強く響く1冊。
高校受験を失敗していなければ、ラジオパーソナリティーとして皆さんに元気を与えてくださっている今の遠藤麻理さんはいなかった。失敗は新たな一歩の始まり。そして、「なんとかなる」は魔法の言葉。それを麻理さんから教わった。思い通りにいかない時こそチャンスと心の中で唱えていきたい。

20.『風に舞いあがるビニールシート』(著:森絵都)


「レストランでランチをするお金があったら、ビビの二日分の缶詰を買える。エステに払うお金をまわせば二十日分も買える。そんなふうに考えるようになったとたん、それまでぐらぐらしていた毎日が、なんだか急に、なんていうか、信頼に足るものに思えてきたんです。世界を……っていうか、自分を、少しだけ信じられるようになったっていうか」

『風に舞いあがるビニールシート』

お金よりも大切な何かのために生きる人々を描いた直木賞受賞作。
自分にとって何があろうとブレないものがあることは、世界への自分への信頼につながる。「お金」をはじめとした現実的な問題、周囲の声を振り払う力がある。何かとブレやすい僕にとって、揺るぎない大切なものや価値観がある人は魅力的に見えるが、それが伝わってくる言葉だった。
今年読んだ短編小説の中で特に印象的だった作品で、自らの生き方に迷いが生じた時に読み返したい。

21.『777 トリプルセブン』(著:伊坂幸太郎)


「梅の木が、隣のリンゴの木を気にしてどうするんだよ」
「梅は梅になればいい。リンゴはリンゴになればいい。バラの花と比べてどうする」

『777 トリプルセブン』

スリリングな攻防や読み返したくなる数々の伏線にすっかりハマった「殺し屋シリーズ」の最新作。
何かと不運な事態に見舞われる殺し屋の七尾が主人公の本作。誰かと比較しないとはよく言われるが、彼を通じて本作で示される形が僕にとっては何よりも響いた。バラはバラ、リンゴはリンゴ。誰かと比較したところから不幸は始まる。そして、不運なことばかりに焦点を当てていて、その影にある幸運に目を背けている。実は自分のことって、相手のこと以上に知らないのかもしれない。

22.『麦本三歩の好きなもの 第二集』(著:住野よる)


明日は今日よりもちょっと頑張れたらいい、もし出来なかったら明後日でいいや。明々後日も恐らくまだ生きてるから大丈夫。

『麦本三歩の好きなもの 第二集』

大学図書館の司書で働く麦本三歩の日常を描いた短編集の第二弾。
何気ない日常が愛おしくなり、大切にしようと思わせてくれる1冊。
上記の言葉は、天真爛漫でマイペースな麦本三歩そのものを表している言葉だと思う。でも、実は繊細な面がある三歩が時折見せる鋭い感性が発揮される瞬間が僕は好きだ。
ちなみに、麦本三歩シリーズはAudibleの聴き放題対象作品だが、声優の悠木碧さんのナレーションによって物語の良さがさらに引き出せているのでぜひ注目してほしい。

23.『ドミノin上海』(著:恩田陸)


振り返ってみるに、たまたまこの日、厳厳にとって幾つかの幸運が奇跡的に重なった。言い換えると、動物園側、特に魏英徳にとってはとんでもない不運が重なったわけであるが、えてして不幸な事故というのは、まさかというような偶然がドミノ倒しのように連鎖していった結果、起きてしまうものなのだ。

『ドミノin上海』

25人と3匹もの登場人物がピースの一片となり、タイトルの通りドミノ倒しのような展開を繰り広げる予測不可能なパニックコメディ。
偶然の重なりで生まれるカオスかつシュールな展開に、笑いをこらえるのが精一杯だった。本作の主役ともいえるパンダの厳厳の脱出計画。かわいらしいものに見えたその計画が後々とんでもないことになるとは。
現実で起こるワイドショーを賑わせるような事故や事件も、まさに偶然の積み重なりによるのかもしれない。

24.『ロールキャベツ』(著:森沢明夫)


「だって、ほら、いまのわたしは、過去から見たらいちばん人生経験豊富で、未来から見たらいちばん若々しいでしょ?何でもできちゃう気がしない?」

『ロールキャベツ』

主人公・マックこと夏川誠をはじめとした地方の大学3年生5人が、ただ椅子に座るだけの「チェアリング」の活動によって様々な人や仲間たち、そして自らの内面に向き合っていく物語。
特にやりたいことがなく悩んでいる、新たな一歩が踏み出せない、人生に疲れた方の心を、本作はロールキャベツのように温かく包んでくれる。
上記の言葉は、誠のシェアハウスの大家さんである千鶴バアの一言。僕は何かをする前に「今から始めても遅いんじゃないか」と思うことが一度や二度ではないが、体がふっと軽くなったような感覚があった。いちばん人生経験豊富で、いちばん若々しい「今」をもっと楽しみたい。

25.『書く習慣 〜自分と人生が変わるいちばん大切な文章力〜』(著:いしかわゆき)


どの作家さんにも「あのときだからこそ書けた」という名作があり、「もう一度あのときの気持ちを思い出して再現する」ということはできません。
文章も同じで、

その瞬間のことは、その瞬間の自分しか書けない。

だからこそ、写真を撮るように今の自分を残しておいてほしいのです。

『書く習慣 〜自分と人生が変わるいちばん大切な文章力〜』

最後は、2023年最初に読んだ本で、文章に関する本の中で1番響いた本作を挙げたい。
書くことのハードルが下がったとともに、書くことが与えるものについても心にスッと入ってくる感覚があった。
当記事をまとめる際に過去の記事を読み返したが、懐かしい気持ちとともにあの時こんなことを感じていたのかと驚き、今の自分が同じように書くことはできないと思った。そして、それは文章術ではどうにもならないことでもあると。当時響いた言葉が、1年経った今になってさらに強く響いている。
何かしらの感想を書くこと、日々感じたことを言語化して書くこと。それは大切な宝物を保存するようなものかもしれない。

あとがき:言葉は生き物

記事を執筆している中で、過去の記事や該当する本を読み返したが、その時に気づいたことがある。それは、言葉は生き物であるということ。言葉に対する感じ方はその時によって違うし、前後にどのような言葉があるか、そして発信者によっても違ってくるのだ。

僕は、小さい頃から名言集を見るのが好きだった。
数々の名言を見ながら、言葉そのものの意味や言葉を発した人の背景について想像を巡らせていた。決して読書習慣があったわけではないが、小さいころから無意識的に言葉を拾っていたのだと思う。
スポーツを見るのが好きなのもあり、各競技の選手たちが発した名言をいくつも見てきた。そして今年、そのスポーツにおいて日本国民の誰もが目に留まったであろう名言が生まれた。

僕から一個だけ。憧れるのをやめましょう。

ファーストにゴールドシュミットがいたりとか、センター見たらマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたり、野球をやってれば誰しもが聞いたことがあるような選手たちがいると思う。

今日一日だけは、やっぱり憧れてしまっては超えられないんで、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので、今日一日だけは、彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。

さあ、行こう!

大谷翔平 2023年3月22日 WBC決勝アメリカ戦の試合前ミーティング

野球の国・地域別対抗戦のワールド・ベースボール・クラシック。通称「WBC」の決勝、アメリカ戦の試合前のミーティングで大谷翔平選手が発した言葉、「憧れるのをやめましょう」は新語・流行語大賞の候補にもノミネートされた。
実はその名言が発せられた当時、僕にとってはあまり響くものではなかった。憧れの気持ちがあるからこそ、人生に彩りを与えてくれるものがあるのでは?生意気ながらもそんな思いがあった。
しかし、こうして全文を見ると、これはあくまで「今日一日」という期間限定であって、憧れること自体を否定しているわけではない。そして、「今日一日」の集中力を限りなく高めてくれる言葉でもあると感じた。今や世界を代表する野球選手による言葉の力。それは決勝という大舞台での選手たちの躍動に繋がったのかもしれない。

当記事での言葉たちも時を経て感じ方は変わるかもしれないし、今年読んだ本で当記事では割愛させていただいた言葉の印象も今後ガラッと変わるかもしれない。
また、生き物である以上、粗末に扱ってはいけない。傷つける可能性もある繊細なものだからこそ、大切に扱っていきたい思いは年々強くなっている。

これからも、素敵な言葉たちに出会えるのが楽しみだ。

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