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短編小説集

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短編小説大集結 すぐ読めるものばかりなのでぜひ
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記事一覧

短編小説 宝石に見えた罪

短編小説 宝石に見えた罪

「落ち着いて 堅実に」
 剣木高校のスローガンが、今日も一日の始まりを伝えてくる。
 というのも、僕が登校のために活用するバスは、高校までの直行便。つまり、剣木高校の学生しか乗らないバスなのだ。外装でどれだけ自校の宣伝をしても構わない。
 僕はバスに乗り込んだ。
 運転手に挨拶をするのもいつからかやめてしまった。
 下を見つめたまま数段の段差を上り、いつも通り空いている席に腰を下ろす。
 高校直通

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ショートショート① ジャンパー

ショートショート① ジャンパー

 僕の隣の席の子は瞬間移動が可能だ。
 静かな教室。先生の板書の音と、自分たちの作業音だけがはっきりと聞こえる。
 時計の針が十二時を指した。
 突然破裂音が炸裂し、僕の隣に人間が出現した。机の上に溜まったプリント類が一斉に飛び散り、近所に座っている僕たちも衝撃波で椅子から転げ落ちた。もちろん、あらかじめクッションが置いてある。僕たちはもはや真顔で倒れる境地に達していた。
「すみません、遅刻しまし

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ショートショート② どっちみち

ショートショート② どっちみち

 陽光が届かない。数多の浮遊物で遮断されているからだ。
 私は倒れて目を閉じた。あまりの飢えのせいである。
 どれだけの時間そうしていたかはわからないが、誰かの声がしたから目を開けた。
「お腹が空いて死にそうです」
 青い魚がいた。私の二倍以上の大きさである。
 私が黙っていると、魚は口を開けた。
 歯が欠けている。
「困った世の中になりましたね」
 私がそう言うと、魚は申し訳なさそうに頷いた。

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短編小説!!「こだわりスープ!」

短編小説!!「こだわりスープ!」

 牧と田中はカウンターでラーメンをすすっていた。
 非常に美味しいと噂のラーメン屋で、土日は常に十人以上が店の外で行列を作っている人気ぶりだ。事実今まで体験したことのない深みのあるラーメンが二人に提供された。
 牧はあっという間に麺をすすり終え、スープの最後の一滴まで綺麗に飲み干したが、田中はそうはしなかった。
「スープ飲まないの?」
 田中は渋面を作って頷いた。
「はい……いやいや、飲みたいです

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短編小説「鍋の季節」

短編小説「鍋の季節」

 ルミは台所に飛び込んだ。
「今日のご飯なに?」
 母が振り返って答える。
「鍋よ」
「やったー!」
 いや、まだ喜んではならない。ルミは身構えた。
「なに鍋?」
「ヒト」
 歓喜は絶望へ。
「うわぁぁ……」

 ルミは鍋からアクを取っていた。
「アクが多すぎるから嫌なのよ、ヒトって。アク取りの時間がかかる割には美味しくないし」
「それはアクを完全に取れていないからよ」
「完全に取るって、何百年

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短編小説「待機中!」

短編小説「待機中!」

 前田は山のように書類を抱えていた。前が見えていない。
 走り出す前田。
 誰もいない真っ白な廊下を駆けていく。廊下の角に近づいたが、彼は速度を落とさない。そして、事前の準備通りに足をしっかりと滑らせ、大転倒。角の向こう側に書類の山を綺麗にぶちまけた。
 うつ伏せでじっとする前田。紙がひらひらと床に落ちる。
 うつ伏せでじっとする前田。
 二分ほど我慢していたが、こらえきれずに立ち上がって書類を回

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短編小説『散歩』

短編小説『散歩』

た うあらいはのざあれらきまささたさよれかっなんらたたきあにのもがしょとのみでばっんばるちゃすんすぐろいをだみたわしごはしゅうつけなんくるさんぎゃどまつでにすうしじゃしょごよんういおこ
 高いビル群のわきをすり抜け、行き場のない風だまりに体を投げ込む。

 まず、頼まれた書類を作るでしょ。
 あぁ、さっきのミス、身竹さんにすごい怒られたなぁ。
 うざ、坂田と茶田。

 小川がそよそよと流れている。

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短編小説『人生堆積、堆積人生』

短編小説『人生堆積、堆積人生』

 板上、須藤、竹串の三人は家でダラダラとしていた。が、板上が突如発狂した。
「火を消すためには水じゃなくて砂を被せた方がいいんだよ!」
「え?」
 と須藤。
「死んで悲しかったペットだって、穴に入れて土を被せているうちに段々と悲しみは和らいださ!」
「は?」
 と竹串。
「さっさと俺に土を被せてくれ! ええい、こんなものいるかぁ!」
 板上はスマホを床に叩きつけ、そのまま走って部屋から出ていってし

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短編小説『団結列車』

短編小説『団結列車』

 私は電車の中で漫画を読んでいた。いよいよ最終巻。連載開始から約二十年。ついにこの瞬間が……!
「確か、主人公首つって死ぬんだよ」
 そのとき、頭上から降ってきた会話。
「きえええ!」
 気づいたら私は飛び掛かっていた。
 たちまち車内は動揺にまみれ、人間たちが私を掴んで暴力を抑え込んだ。
「許さん、ネタバレぇ!」
 吠え狂う私だったが、スーツの男性の一言で動きが止まった。
「それ、嘘だよ」
「え

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短編小説『怒りの旅』

短編小説『怒りの旅』

 母に怒られた。
 僕は家を飛び出した。
はたしてそれが、怒ってなのか悲しんでなのかは不明だが、少なくとも尻尾か背中に火がついたことで引き起こされたことであるのは確かだった。

 家を飛び出た瞬間に、隣の家が大噴火した。爆炎と共に屋根が吹き飛び、マグマが無様に飛び散った。高々と噴き上がる黒煙は僕の頭上を卑しく覆ったが、僕はまだ足りないと思った。流れ出たマグマが足を焦がして白骨化させても、僕はまだ足

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短編小説『三割の世界を破壊しよう』

短編小説『三割の世界を破壊しよう』

 晩ご飯。娘の美樹はマグロの刺身を美味しそうに頬張りながら言った。
「ヒトは目とか口があるのに、魚にはないの面白いね。こんな体で海を泳いでるんでしょ」
 爆弾発言だ。
夫は喉にマグロを詰まらせ、私は食器を床に盛大にぶちまけた。
「美樹……!」
 私と夫の心はシンクロした。

「え? え? これ、魚?」
 大きな水槽の前で、美樹は歓喜の舞を披露していた。
「いつも食べてる……ア。アジは?」
「これ」

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短編小説『頂点はあるのか』

短編小説『頂点はあるのか』

 俺たちは急斜面を駆け登っていた、後ろは見ない。ひたすら、ひたすら、目指すのは頂点だけ。震える足を叩きつけ、逃げ出そうとする心臓を仲間たちと一緒に捕まえる。
 だが、どれだけ走っても頂点にはたどり着かない。それどころか、見ることすらできないのだ。深い霧の間から見えるのは肌色の地面だけ。自分たちが立っている地面と寸分の違いもない。

 意味、あんのかな。

「おい!」
 仲間たちの制止を無視して、俺

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短編小説『極寒の茶番』

短編小説『極寒の茶番』

 二年A組、C組、F組合同の体育授業。この冬、男子でサッカーを選択したのは全部で三十人だった。
 先生が一同を集める。寒風が吹く度に悲鳴。
「お前ら、うるせぇぞ」
「一人だけ厚着してるやつが偉そうに!」
「いいから早く授業始めてくれ!」
「じゃ、ゆっくり点呼しまーす」
「殺すぞ!」
「はいはい、じゃ、A組。全員いる?」
「高橋と嵯峨月がインフルです」
「ほい。C組」
「水崎と富田、向井とドルバーが

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短編小説『赤青』

短編小説『赤青』

女性が言った。
「例えば、熱湯をぶっかけられたあとに氷水をぶっかけられたら、熱いし冷たいじゃん。でも熱湯と氷水を混ぜたものをぶっかけられたら、ちょうどいい温度」
「うん」
「例えば、ご飯を食べたあとに卵を食べるよりも、ご飯に卵をかけてまぜまぜした方が美味しくない?」
「そうだね」
「例えば……私の唇と、あなたの唇が触れ合ったとしたら、単体でいるよりも心地が良かったりしないかな」

「……確かに」