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短編小説「鍋の季節」

 ルミは台所に飛び込んだ。
「今日のご飯なに?」
 母が振り返って答える。
「鍋よ」
「やったー!」
 いや、まだ喜んではならない。ルミは身構えた。
「なに鍋?」
「ヒト」
 歓喜は絶望へ。
「うわぁぁ……」

 ルミは鍋からアクを取っていた。
「アクが多すぎるから嫌なのよ、ヒトって。アク取りの時間がかかる割には美味しくないし」
「それはアクを完全に取れていないからよ」
「完全に取るって、何百年かかると思ってるのよ」
「母さんね、一度だけ食べたことがあるの。アクを取る必要のない……素のヒトを」
 母があまりにうっとりとした表情するので、ルミは無意識のうちに生唾を飲み込んでいた。
「ど、どうだったの。味」
 母は微笑を浮かべた。
「やわらかくて…………純粋」

 意味がわからなかった。わからなかったから、ルミはひたすらにアクを取った。

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