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短編小説!!「こだわりスープ!」
牧と田中はカウンターでラーメンをすすっていた。
非常に美味しいと噂のラーメン屋で、土日は常に十人以上が店の外で行列を作っている人気ぶりだ。事実今まで体験したことのない深みのあるラーメンが二人に提供された。
牧はあっという間に麺をすすり終え、スープの最後の一滴まで綺麗に飲み干したが、田中はそうはしなかった。
「スープ飲まないの?」
田中は渋面を作って頷いた。
「はい……いやいや、飲みたいですよ。ここのスープは格別です! なんとなく懐かしい味わいで、どこかで食べたことがあるような、どこか知っているような、けれども新鮮なのどごし……でも、体に悪いじゃないですか。僕はこれ以上太りたくないんです。ですからここは自分に鞭打って、耐える。耐えなければならないんです!」
牧は「ふうん」と口を尖らせて呟くと、いたずらに目を光らせながら田中の方を向いた。
「な、何ですか」
「聞いた話で、とあるラーメン屋の話なんだけどね。そこの大将はスープに強いこだわりがあるらしくて、お客さんがスープを飲み干さないともの凄く怒るらしいの」
「へぇ」
「そのスープが美味しければまだいいんだけどね、大将の思いとは裏腹に、むっちゃ不味いらしいのよ、そのスープ」
「この店のことじゃないですね」
田中はこの店の大将をチラリと見た。秘伝のスープを混ぜている大将は優しく微笑んでいた。
牧は続けた。
「そんなわけだから、ある日お客さんと大将が大喧嘩をしてしまった。大将は当然スープを最後まで飲め、と怒鳴り、お客さんはこんな不味いスープなんか飲めない、と怒鳴り返すの。
どこが不味いか言ってみろ!
と大将が言うと、お客さんは
出汁が悪い
と言ってのけた。
もっと色々な部位を試せ、もっと質のいい骨を使え……ってね」
「ほうほう、それで?」
「次の日からそのラーメン屋は大繁盛。スープの味が百八十度変わって、とんでもなく美味しくなったんだってさ……そのお客さんが店に入ってくることはなかったけどね」
牧は水を飲んだ。氷とグラスが接触して冷たい高音が鳴り響く。
田中は眉をひそめて牧を見つめた。
「終わりですか?」
水を噴き出す牧。
「終わりですかって?」
「喧嘩は?」
「私の話ちゃんと聞いてた? そのお客さんは二度と店に入ってくることがなくて、スープの味は百八十度変わって美味しくなったのよ」
田中ははっとした。
自分の器に並々と残っているスープ。
田中の目の前で、手を後ろに組んで微笑む大将。いつから目の前に移動していたのだろうか。
「さっき言ってたよね。なんとなく懐かしい味わいで、どこかで食べたことがあるような、どこか知っているような、けれども新鮮なのどごしがなんたらって」
「……いやでもまさかそんな――」
「私は、飲んだけどね、スープ」
田中はまた器のスープを見て、微笑む大将を見た。大将の表情は読み取れない。
助けを求めるように牧の顔を見たが、牧は視線から避けるように水を飲む。
「でも――」
「飲んだよ、私はね」
田中の額からは緊張の汗が幾筋も流れ出し、膝が何故だか小刻みに震えだした。冗談だろ、からかわれているだけだ、という安易な気持ちと、目の前には恐怖の真実がそびえているのではないかという懐疑が心臓の周りをグルグルと旋回し、体に極度のストレスを与えているのだ。
何度見ても器のスープの量は変わらない!
大将の微笑みは変わらない!
「ああああああああああ!」
田中は両手でがっしと器を掴むと、一気にスープを喉に流し込んだ。
美味しい。
この期に及んでもまだスープに美味しさを感じる。懐かしさ、温かさ、コク、染みわたる、染みわたる!
「あーあ」
空になった器を机に置くと、牧が笑いながら言った。
「ダイエット失敗ね」
大将もついに声を上げて笑った。
「スープまで飲み干して頂き、ありがとうございます」
「もぉ、勘弁してくださいって!」
三人は笑った。
「冗談キツイですって!」
……さて、大将の後ろで組まれた手には、出汁用の骨を砕くヘラが握られていたとか、握られていなかったとか……。
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