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短編小説『極寒の茶番』

 二年A組、C組、F組合同の体育授業。この冬、男子でサッカーを選択したのは全部で三十人だった。
 先生が一同を集める。寒風が吹く度に悲鳴。
「お前ら、うるせぇぞ」
「一人だけ厚着してるやつが偉そうに!」
「いいから早く授業始めてくれ!」
「じゃ、ゆっくり点呼しまーす」
「殺すぞ!」
「はいはい、じゃ、A組。全員いる?」
「高橋と嵯峨月がインフルです」
「ほい。C組」
「水崎と富田、向井とドルバーがインフルです」
「多いな、インフル」
「よし、ドルバーがいないならB組のディフェンスはざるだ」
「何だと、A組!」
「はい次。なんか今日F組静かね……」
 F組の野崎くんがガタガタ震えながら言った。
「あの、F組は……唐澤くんが休みです」
「な!」
 F組が世界一やかましいクラスだと評されるのは、この唐澤という男の存在に他ならない。
凄まじい号令の挨拶、爆発的なヤジ、溢れんばかりの情熱。隣の隣の隣の隣の、いや、別の校舎のクラスにまで彼の声が常時届く。そんな男だ。当然体育でも彼がいるだけで寒気は和らいだ。
騒音の象徴、太陽の化身、ブブゼラ男児、救世主、悪魔、病殺し。
「何いいい!」
 A組、C組、それから先生までもが大混乱に陥った。
「世界が終わる!」
「そんなぁ!」
「唐澤を床に沈めるインフルに俺らが勝てるわけがない!」
「うっ、急に気分が……」
「先生ぇ!」
「野崎、唐澤の死因はなんだ?」
「死んではない……」
「何だと聞いている!」
「昨日、交通事故に巻き込まれて……」

「なんだー、インフルかと思ったし」
「先生、サッカーしましょう」
 男子学生たちは寒さに負けず、サッカーを楽しみ始めた。

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