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兄が脳幹出血で倒れてからの日記

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高血圧の人は今すぐ通院してほしい
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2023.05.14/360日後

2023.05.14/360日後

「定年退職して毎日家にいるわけでしょ。何してるの?時間経つの遅いんじゃない?」
「それがさ、自分でもびっくりするんだけど、特に何もしてないけど一日があっという間なんだよ」
「趣味とかないの?」
「これといってないんだよね〜」
「そんなもんかね〜」

母と伯父の会話に「それは老いのために時間の感覚が短くなっているからでは」と思ったが口には出さなかった。私たちだって、休みの日にぼーっとしているとあっと

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2022.06.23/四十九日餅

2022.06.23/四十九日餅

法事に向けた準備なんて気が重いことを律儀にできるわけもなく、当日の朝、性懲りも無くバタバタと喪服の用意をした。先に家を出る両親を横目に、一人で身支度を整える。出発の予定時間を勘違いしていたので10分遅れでお寺に到着する。

兄の死を受け入れている自分と、受け入れられない自分が交互にやってくる。前者は「子どもや配偶者を亡くした人に比べれば、この悲しみは軽いものだ。どれだけ悲しもうが死んだ人は蘇らない

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2022.06.22/リプレイ

2022.06.22/リプレイ

今年1月に赤ちゃんが生まれたばかりの友人と、その赤ちゃんの顔を見に小田原へ行った。この赤子は兄が息を引き取った病院で産まれた子である。まったく関係ないけれど、なんだか不思議な縁を思ってしまう。

幼馴染3人が集まる。もう20年以上の仲で友人というか親戚に近い。もちろんそれぞれの親、兄弟、祖父母の顔も知っている。集まれば頻繁に互いの家族の話になる。

約半年ぶりに会った赤子はすくすくと成長して元気そ

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2022.06.09/賽の河原

2022.06.09/賽の河原

知人の展示を観に湯河原へ向かった。物心ついてから湯河原へ初めて行ったのは、数年前に兄が仕事で作業中に、高いところから川へ落ちて湯河原の病院へ入院したときだった。お見舞いがてら遊びに行ったことも数回あるが、なぜかうまく遊べず楽しめなかった。それからずっと足が遠のいていた。

そのときの兄は幸い命に別状はなく、両足首の骨の複雑骨折で済んだ。相当痛かっただろうし、打ち所が悪ければ死んでいたし、しばらく歩

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2022.05.24/若葉、曙、産声、大地

2022.05.24/若葉、曙、産声、大地

葬儀が終わった。やはり母がいちばん泣いていた。父も弔辞を読む時に嗚咽していた。息子の葬式の喪主を務める瞬間とは、どういう絶望なのだろう。息子の冷たくなった顔に触れるときは。息子が乗った霊柩車に同乗するときは。息子の身体が焼かれるのを見送るときは。息子の骨を箸で骨壷に入れるときは。私にはわかることができない。ただ私が抱えるものより遥かに大きく、底が深い穴であることは想像できる。

お通夜の前に、兄の

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2022.05.22/お下がり

2022.05.22/お下がり

兄の荷物を片す前に大掃除をしている。ガラクタばかりだった和室をきれいにし、ずっと私の部屋にあった仏壇が和室へ移動した(今使っている部屋はもともと祖母の部屋だったので、祖母亡き後はずっと仏壇が置かれていた)。

和室には父方の先祖数代の仏壇と、母方の祖父母の仏壇がある。どうやら仏壇が同じ部屋に二つあるのは良くないらしい(ネット情報)。けど、しらん、そんなこと知らん。時代にも人情にも合理性にも合ってい

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2022.05.20/分かること、分からないこと

2022.05.20/分かること、分からないこと

兄のスマホからありとあらゆる定額サービスを脱退したり、アカウントの持ち主を自分に移行させたりした。スマホの暗証番号は兄の誕生日4ケタだった。分かりやすすぎる。でもたしかに、見られて困るものも何もないんだろうな。

と思って勝手に、SNSからメッセージまで全部のぞいた。死後、これをやられたくない人は今すぐ他人が解明できないパスワードに変えた方がいい。

兄の交友関係、というかそもそも人間関係がほとん

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2022.05.19/残り香

2022.05.19/残り香

昨晩の病室での母の言葉を思い出す。

「ほんとうは私たちが死ぬのが先なのよ」
「代われるものなら代わってやりたい」
「私たちのために意識がなくなってもがんばって生きてくれた」
「やさしい子だった」
「何が好きとか、具合が悪いとか、何にも言わないんだもんあの子」
「まだ魂だけでも、そこにいてくれてたりしないかなぁ」

息を引き取る直前の兄を見たとき、また一回り小さくなっていた。本当はこんな骨格をして

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2022.05.18/了

2022.05.18/了

21時半頃、兄が息を引き取りました。
ご心配していただいたみなさま、本当にありがとうございました。

2022.05.12/生きるって言い切る、尚も

2022.05.12/生きるって言い切る、尚も

深夜3時過ぎ。感覚としては11日の夜だ。突然母に起こされる。「病院から電話があったから、すぐ準備して行こう」。いよいよ来てしまったのか、と身構えながら淡々と着替える。もう何回目か分からないが、家族3人で車に乗り込みZ病院へと向かった。

病棟の警備のおじさんが「本当は、面会は1人か2人までなんだけど……」と言いながら3人で手続きを通してくれる。兄は緊急入院の数日後、ICU(集中治療室)からHCU(

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2022.05.08/忘れな草

2022.05.08/忘れな草

11時から法事のため、どこにしまったか忘れた礼服用のカバンとパンプスを慌てて探す。黒ストッキングを履くのは、時間かかるし丁寧に扱わないと破れるしシンプルにダルい。締め付ける下着や衣服のストレスを久々に思い出した。

「黒服だとお母さん細く見えるね」と父が言う。うるせーな、そんなことしか頭にないのか、どんな体型でも愛してると言う器を見せろ、とぼやこうとする口を閉じる。母親からは「細くていいなぁ、わた

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2022.05.07/疑えば目に鬼を見る

2022.05.07/疑えば目に鬼を見る

相変わらず身体が重いので、マッサージでも行った方がいいのかと、スマホで近隣のお店を調べ出す。どちらかというと鍼灸に興味がある。ぜひブスブスと刺してみてほしい気持ちはある。でも思い返せば今の時期は生理前だった。月に一度、ホルモンの前では何もかも諦めるしかない。

18時半に退勤する予定も、なぜかその時間に電話、電話、お客、電話、という感じでてんやわんや。上がる頃には体力を使い果たしていた。

家に帰

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2022.05.06/折に触れ

2022.05.06/折に触れ

職場復帰。身体がまだ適応しない。GWはみんな出かけてしまっているようで、思ったほど混まなかったそうだ。

いろんなひとに優しい言葉をかけてもらう。かつてこんな職場はなかった。本当に人に恵まれている。職場には、病を抱えている家族がいる人、病気で早くに家族を亡くした人、さまざまなバックグラウンドや悲しみを抱えている人たちがいる。実感を伴った言葉が染み入っていく。私たちは本当によくやっている。

いつも

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2022.05.05/年年歳歳花相似たり

2022.05.05/年年歳歳花相似たり

午前中から美容院。ボサボサの頭をきれいにしてもらえるのを、2週間前から楽しみにしていた。数ヶ月前の自分が話していた「目標の髪型」は、大抵時間が経つと変わっている。例に漏れず、伸ばしていた部分をバッサリ切った。ホワイトパールラベンダー?みたいな髪色をしたお姉さんの写真を見せてお願いしたが、担当の美容師さんは私が常々ピンク色にしたいことを汲み取っており、「ピンクを20%増量しといた!」と言われる。腕も

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