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2022.05.05/年年歳歳花相似たり

午前中から美容院。ボサボサの頭をきれいにしてもらえるのを、2週間前から楽しみにしていた。数ヶ月前の自分が話していた「目標の髪型」は、大抵時間が経つと変わっている。例に漏れず、伸ばしていた部分をバッサリ切った。ホワイトパールラベンダー?みたいな髪色をしたお姉さんの写真を見せてお願いしたが、担当の美容師さんは私が常々ピンク色にしたいことを汲み取っており、「ピンクを20%増量しといた!」と言われる。腕もよければ察する力もすごい。恐れ入る。

根元をブリーチしたあと、シャンプー時にブリーチ剤を混ぜるという荒技で、毛先の黄色みを抜いていく。頭皮の痛みを必死に耐える自分に笑けてくる。いつも「毛量が…多いね…」「毛が…固いね…」とそばでグチってくる美容師さんが「毛が強くて固いからこそできるよね」と言ってくれる。見事にきれいな薄いピンク色の頭になる。髪の毛くらい派手にやっておかないと、という気持ちがいつになく強かった。自分の想像以上に、髪の毛の手入れで気が晴れる。でもブリーチしてる間、やっぱりちょっと泣いた。まだお酒を飲む気にもなれない。

帰りにドン・キ◯ーテへ寄る。ブリーチ民御用達のカラーシャンプーを、近場で手に入れるにはここしかない。ここへ来ると、ふだん見ることのない人たちがひしめいていて、自分の世界はなんて狭くて恵まれているんだと実感できるから、定期的に訪れたくなる。多様性を感じるといえば聞こえはいいが、そんな殊勝な心持ちではない。この街にもまだこんなに尖った人たちがいるんだと、いつもワクワクする。店員さんは絶対に大変だと思うので尊敬しかない。

お目当てのカラーシャンプーの他に、麻雀牌のデザインが施されたアイシャドウを買う。髪の毛を整えたついでに、少し自分の見た目に時間とお金を使いたくなった。いい方向に向き始めた。よかった、と勝手に安心する。他人事のように。

あと「冷やして食べる鶏皮」という謎すぎる代物に興味が湧いてしまい、買ってしまった。時折食べ物で賭け事をしたくなる癖がある。味が想像つかないものにお金を払って、おいしいかおいしくないかを楽しむだけのシンプルな遊び。だいたいは輸入食品店でチャレンジするが、今回は完全に血迷っていた。賭けには負けた。そういう日もある。母親に見せたら開口一番「まずそー」と言われる。今思えばおいしいものセンサーがバグっちゃってた。


夕方、母親とコーヒーを飲みながら、録画していた「有吉の壁」を見る。こうなる前からだけど、もうずっとお笑いに助けられている。くだらないことで笑わせてくれる時間には感謝しかない。

テレビを横目で見ながら、「兄はまだ幸運だった」という話になった。仮の話。倒れたのが深夜だったら、朝まで見つけられなかっただろう。本人が車の運転中だったら、誰かを巻き込んでいたかもしれない。両親が旅行中だったら、そもそも私一人では気づくことができなかったかもしれない。しかも兄は倒れる直前、シチューの二杯目を食べようとしていた。完食した後だったら気づけなかったかもしれない。

実は兄の部屋を訪ねるのは、生存確認でもあったのだと母が言う。扉を開けると、もしかしたら死んでいるのではないかと、ビクビクしながらドアノブを握っていたと。

そして、いくつかネットで得た情報を母に伝えた。高血圧と腎臓は悪循環の相互関係にあること。気温差の激しい春は、脳出血が起こりやすい季節であること。思えば祖父母3人はみな春に亡くなっている。うち2人は5月だった。我が家にとって5月は鬼門かもしれない。

そのあと母がぽつりと、当日の様子を語り出した。

キッチンにいた母は、兄の叫び声のようなものを聞いた。しかし兄はゲームで激昂して声を上げることがあるので「またいつものか?」と思った。そのあと、ガサガサッ、ガサガサッ、という音を聞く。不審に思った母が部屋を訪ねると、すでに意識を失った兄が、ベッドのそばで痙攣し嘔吐していた。あと数秒で晩酌に取り掛かろうとしていた父を急いで呼び、救急車を手配したとのことだった。想像を絶する辛さだ。その場にいる全員が。

母は加えて「働き過ぎていたのもあるんじゃないかな」とつぶやく。フリーターの兄は、今年になってから休みなく働いていたらしい。早朝のみの勤務のときもあったが、それでも5時間は働いていたと思う。丸一日の休みがないのはどう考えても心身にダメージだ。しかもフリーターだから長期休みもなかった気がする。なにしてんだ、マジで。ちゃんと休んでくれよ。相談してよ上司に。逆に長いこと勤めてるフリーターだからこそ融通利きそうなのに。「シフト入ってって言われたら断れなさそうだもん」。たしかに。だからって。だからって、自分の命まで張ることあるかよ。

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