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2022.05.20/分かること、分からないこと

兄のスマホからありとあらゆる定額サービスを脱退したり、アカウントの持ち主を自分に移行させたりした。スマホの暗証番号は兄の誕生日4ケタだった。分かりやすすぎる。でもたしかに、見られて困るものも何もないんだろうな。

と思って勝手に、SNSからメッセージまで全部のぞいた。死後、これをやられたくない人は今すぐ他人が解明できないパスワードに変えた方がいい。

兄の交友関係、というかそもそも人間関係がほとんどないことはかねてより知っていた。が、予想以上だった。使っていたスマートフォンは2年前くらいから使っていたと思われるが、メッセージのやりとりはほとんどなかった。Twitterのアカウントも見つけたが、ゲームの運営やプロデューサーを数人フォローしてるだけの情報収集用だった。InstagramやFacebookはもちろんやっていない。

写真フォルダも、ゲームやWi-Fiのパスワードを写真に撮ったりスクショしたりしてるくらいだ。あとはなぜか、2年前にビッグサイズのペヤングを写真に撮っていたくらいだった。現代社会でこんなにスマホに痕跡がない人間がいるのかと驚く。せめて好きなアニメやゲームの画像くらいあるのかと思っていた。さすがにここまで写真もデータもないと、日頃からいつ死んでもいいようにしていたのではないかと、勘繰ってしまう。

唯一、兄の職場の上司であろう女性から「今日お母さんが来たよ。体調大丈夫?来週から出れそう?」とメッセージが5月はじめに入っていたので、妹であることを明言して兄の訃報を伝えた。するとすぐに既読になり、さらに上の立場であろう人から家に電話がかかってきた。おそらく、兄を高校生の頃から知っている人だ。

兄の訃報に悲しんでくれる他人の存在にホッとしている自分がいる。兄は本当に仙人のようだった。出不精で旅行もまったくしないし、自分の部屋で一人になるために生きているような人だった。

もう一つ、中学の同級生のLINEグループがあったのを見つけた。人数は約20人。しかし未読のままにしてあったので、のぞいてみるとゾッとした。

世間的に見ればごく普通の同級生LINEグループのやりとりだ。誰かが結婚報告をして、それにみんなが「おめでとう!」と言う。年が明ければ「あけましておめでとう、今年もよろしく」とみんなが言う。メインメンバーの4〜5人がきゃっきゃしてる様子も見て伺える。知っている名前もちらほらいる。ああ、最悪。こういうのが一番嫌悪している人間関係だからだ。別に仲良くもないのに同じ中学で同級生だったってだけの括り。「別に仲良くもないのに」というのがミソだ。会話の流れを見ていれば、明らかにメインメンバー以外は大して仲良くなさそうなのが分かる。

一番直近の会話では「同級生だったBが、●●ってスーパーで働いてたぜ!」という噂話。一気に気分が悪くなる。しかもこのちょけてるヤツ、わたしの友達のいとこだ。人間関係の狭さが気持ち悪い。どこまで暇なんだ。どいつもこいつも30才超えてんだろ。兄が未読にしていたのも分かる。

ただ、兄がこういうLINEグループから脱退していないのが、彼のやさしさのように思う。わたしだったら脱退どころか全員ブロックしているかもしれない(そもそも誘われないけど)。そういう、波風をたてまいとする穏やかさは尊敬していたし、彼の処世術でもあったのだろう。ちょいちょい、ちゃんと「おめでとう」とか「あけましておめでとう」とか挨拶を入れてるのも、律儀でえらい人だと思った。

Netflixとニコニコ動画のアカウントを受け継いだ。ニコ動はもう10年以上使っているアカウントだと思う。兄がプレミアム会員に入っていたので、私もその恩恵を受けていた。ここ数年は忙しくて見れていないが、お互いなんとなく見てほしい動画があれば、共有フォルダにマイリスト登録して、会ったときに感想を言い合うなどということも、昔はしていた。今さらになって、もっとこういう、何にもならないコミュニケーションをやっておけばよかったと思う。兄がハマっている作品ももっと聞いておけばよかった。まあ、大人になって今さら仲良くするのも……という照れがなかったと言えば嘘になる。

ここ数年は仕事が忙しすぎて兄の記憶がない。母親から日常の断片を聞いてようやく解像度が上がっていく。それでも自分で何一つ語らない兄が、何を思って生きていたかは誰も知らない。もう少し兄と妹でいたかったと、遅すぎる後悔に苛まれている。

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