見出し画像

2022.05.19/残り香

昨晩の病室での母の言葉を思い出す。

「ほんとうは私たちが死ぬのが先なのよ」
「代われるものなら代わってやりたい」
「私たちのために意識がなくなってもがんばって生きてくれた」
「やさしい子だった」
「何が好きとか、具合が悪いとか、何にも言わないんだもんあの子」
「まだ魂だけでも、そこにいてくれてたりしないかなぁ」

息を引き取る直前の兄を見たとき、また一回り小さくなっていた。本当はこんな骨格をしていたのか。わたしはこいつのいいところも悪いところも優しいところも全部知っている。でも、思ったより眉毛が濃いことや、腕っ節が太いことは、冷たくなった兄の身体をまじまじと見て初めて知った。

わたしが生きている限り兄は死なない。こいつの魂は今後私が背負っていく。肉体が滅びても魂は終わらない。そしてわたしは絶対に両親の後に死ぬ。そう決めた。

朝9時に葬儀会社との打ち合わせのため、両親が出かけて行った。私は家に一人残り、録画して溜めてしまっていたコント番組「新しいカギ」をひたすらに見た。昨日も病院に行き来する間は、ラジオの「ぺこぱのオールナイトニッポン0」、「アルコ&ピースのD.C.garage」を聞いてひたすら気を紛らわせた。くだらないことがいつでも摂取できるありがたさに、心の中で祈る。

ちゃんと食欲はある。身体は思いのほか元気だ。なぜ兄に何かあった次の日はこうも晴天なのだろう。散歩したい気持ちはあったが、外出することはなかった。

兄の部屋に入ると、いまだ兄の残り香がする。

兄が息を引き取ったことで少しホッとした部分がある。意識もなく身体だけ生かされているというのが、どれだけ大変なことなのかわからない。不自由な肉体から解放されて楽になったんじゃないか。そう思うことにした。もう全部そうだ。いい方向に考えることにした。事実が事実でしかないとしても、残った私たちが勝手に意味付けして解釈することは自由だ。

昼頃、両親が帰宅する。なんでもマックで昼ごはんを食べていたらしい。我が家の人間は本当に食欲を失くすということを知らない。

お通夜と告別式の日程が決まった。それから、母が自身の兄弟に送るLINEのゴーストライターをしたり、携帯やクレジットカード、サブスクリプションの解約方法、お寺へのお布施代、戒名のことを話していたらあっという間に夕方になった。私自身もいろんな人からメッセージや電話をもらって、救いの手に感謝して泣いた。来週会う予定だった、兄を知っている幼馴染には自分から伝えた。兄の名前と姿形を覚えている人に、知っていてもらいたかった。何の因果か、その幼馴染は兄が息を引き取ったZ病院で今年出産している。

今、この日記を読んでくれているあなたにも、心の底から感謝しています。本当にいつもありがとうございます。本日、お酒を解禁しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?