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【小説】同じ空の保田(やすだ)さん~regret~ 42

 困った時、叶えたいことがある時、
自然と神様にすがってしまう。

 嫌なこと、思いどおりにならないことがある時、やっぱり神様なんていない、神様は意地悪だと否定してしまう。

 目に見えるはっきりとした存在は、本当はどこにもない。
 そのはずなのに、何か奇跡的なことがあると、やっぱり神様はいるに違いないと簡単に信じたりする。

 そんな都合のよい、あやふやな自分でいるのも、どこか赦せなくて。

 だから、私自身という、絶対に間違いなく存在するものしか信じようとしなかった、

……………… のかもしれない。






 プレッシャーだと思わず聞いてほしい、というぜんちゃんの前置き。
 それはつまり、気軽に耳にできて楽しい気持ちになるような話ではない、ってことなの……?

 頷きながら、心が固く身構える。

 善ちゃんは、そんなわたしを一瞬だけ見て、また自分の手元のコーヒーカップに目を落とした。それをテーブルに置くと、再び視線をわたしに戻す。
 言葉にするのを躊躇ってるの?何を言われるのだろう?と、心臓が余計に縮む。
 

「 ………喜んでるみたいだよ、瑞季みずきは。
毎日、……今の家にきてから、おばあちゃんとか、こずえさんが、何かしら食事を用意してくれて。
飯時めしどきに、ご飯だって声かけてもらって、食いもんが出てきて、誰かが一緒に、何気ないことを話しながら食べてくれて。
そういう、普通な感じの毎日がすごくうれしいんだ、ってさ。
………… 横浜で家族三人で暮らしてた時は、
………… 何を食ってたか、ってことよりも、飯時そのものが嫌だったんだって。
腹は減ってるから、子供だから、当然何か食わないと困る。
でも、傍にいる母親はいつもイラついて怒ってて。作ったものだろうが買ってきたものだろうが、早く食べろって乱暴に目の前に出されて。
父親の方は、だいたい夜はいない。土曜日や日曜日に母親が仕事でいないと、無口な父親と二人でコンビニ弁当だった、と。
それに、家族で一緒に飯食ったところで、お父さんとお母さんがすぐ喧嘩する。
とにかく、飯を食う時間がイヤな感じで、楽しい思い出も特にない。
…………調味料とかのCMの、パパもママも子供も笑顔で美味しいねって言いながら食卓囲んでる、みたいな、そういうベタな幸せが憧れだったんだと。

……… だから、梢さんが、内心はどうであれ、がんばって何か用意している分、ちゃんと瑞季は受け取ってるし、喜んで、ちゃんと感謝もしてる 」

 区切りをはっきりつけながら、ひとつひとつの言葉を大切に届けるかのように彼は伝えてくれた。
 
 ───── そんなの、初めて聞いた。
 姉が離婚する前の家庭がそんな感じだったなんて。
 うちに来てから、そんなにも安心感を抱いてたなんて。
 食欲旺盛すぎる子だとは思っていたけど、そんな生活の裏返しで、今は安心してたくさん食べたがる子になったってことなの?
 確かに、あの姉が共働きしながら、料理を楽しくこなして子供にも優しくする様子なんて、全然想像できない。
 
 言われてみれば、ご飯の時に瑞季はきちんといただきますって言うし、美味しかったって感想もちゃんと言葉にしている。
 それに、夜は毎日、あの子が学校の話をする。わたしは仕方なく聞いてるわけじゃなく、今時の女子高校生のことが知れて、結構面白い。
 そんな日々を、瑞季がうれしく思っていたなんて。

 でも、どうしてそんな詳しい話を善ちゃんが知ってるのだろう?

「 ………なんで、そんなに瑞季のこと知ってるの? 」

「 後見人選任の申立てをする前に、実の父親じゃなくて梢さんにするってことで本当にいいのかって、瑞季に確認したことがある。その時、前はどんな家庭環境だったのかって聞いたんだよ 」

 わたしは、本当に小さく、あ、と小声をあげた。
 その申立ての時、手続が早くなるかもしれないから、と善ちゃんが書類を作ってくれた。それは、「 陳述書 」というタイトルで、わたしが瑞季の後見人になることについて、わたし、瑞季、そして瑞季の実の父親の意向がそれぞれまとめてあるものだった。
 善ちゃんから渡された三人のもののコピーを、一度全部読んでみた。その中に、瑞季の意向として、『 横浜で口論の多い父母と暮らしていた時よりも、今の家で祖母と叔母と穏やかに暮らしている方が安心できる 』というような一文があったのを思い出したのだ。
 ……… 裏側に、本人のそんな話があったとは。

 善ちゃんは、わたしが彼の話を飲み込んだのを見計らって、静かに話を続ける。
 
「 …………それにさ、毎日あいつは何かしらメッセージよこしてくるからさ。
だいたいは、昼の弁当の写真とか夕飯の話だけど 」

「 写真?!えっ!やだ!何それ! 」

 わたしは思わず大声をあげた。

「 なんで?普通にウマそうだけど? 」

「 お弁当なんて、残り物とか冷凍食品ばっかりだし! 」

「 そんなもんだろ?でも、トマトとかブロッコリーとか、見た目キレイじゃん。写真見る? 毎日じゃないけど夕飯の写真もあるよ 」
 
 そう言いながら、善ちゃんは自分のスマホをいじり始める。

「 別にいいから!わたしが作ったご飯とかお弁当なんでしょ!? 」

「 自分で作ったやつなのに、そんなに拒否ることねえじゃん 」

 スマホを擦る手を止めて、善ちゃんが笑う。

「 ………けど、だからこれからも毎日頑張って、ってことじゃなくて、楽しく飯が食えればそれで充分、てこと。
家まで何か持って来てくれるサービスだって使えばいいし、出来合いの弁当だってそれなりにウマいし、そういう日もあったって全然いいと思うけどね、俺は 」

 そう言われると、それもそうだ。
 作らなきゃ、買いに行かなきゃ、と雁字搦めだった気持ちが少しほぐれた。

「 ………そうね、そうだよね、うん 」

「 ………あと、さっき、適応障害だって話してたけど、病院は?
まだ、どこかにかかってるの?」

「 ………一番ひどかったのが、姉がうちに転がりこんで来て、しかも在宅在宅って時で。そこから少しマシになって、でも仕事が忙しくなってまた調子悪くなって。薬で誤魔化しながら仕事してた。
仕事辞めてからは、少しずつ薬を減らしてる 」

「 なら、とりあえず、仕事辞めて良かったんじゃない? 」

「 それは、そうね 」

「 ………また息苦しくなるようなら、先生に相談した方がいい。
だいたい、こんな………急に色々なことが起こったら、今まで特に何もなかった人だって不安定になるのも当然だし、まだ事故から一か月半もたってないし。
ましてや、梢さんの場合は、負担になることが増えたわけだし。
前も言ったけど、とにかく、一人で抱え込み過ぎないで 」

 メンタルの話をしている間、善ちゃんは穏やかで淡々としていた。変に同情や慰めのニュアンスを入れず、とにかく客観的に、それほど特別なことじゃないように。

「 さっきの、……あの、わたしの体調がおかしくなった時の、あの、対処方法?って、どこかで習ったりしたの? 」

「 ああ、……… 依頼人が感情を乱してうまく話せなくなることがあるからって、だいぶ前だけど事務所の先輩が教えてくれた。
けど、実際にやってみたのは初めて。効果があってよかったよ 」

 それも、彼はどうってことないようにさらっと話した。
 もしも目の前で人がパニックを起こして泣きじゃくったら、わたしだったらおろおろすることしかできない。

 本当に、あまりに出来過ぎていて、この人は何者なんだろう。
 

「 あとさ、その、行きたいイベント?長野の?それは、………俺が、梢さんがいない間に家に泊ってもよければ、番人くらいのことはできるから。
泊まるって言っても、どうせ徹夜で仕事するから、居場所さえ貸してくれれば、布団だの寝る部屋だの気にしなくていいからさ。
いつ?そのイベントって 」
 
 善ちゃんに尋ねられ、わたしはスマホの案内メールを見て、日付を伝える。   
 彼は彼で、自分のスマホの画面を確認すると、

「 夜遅くなるような用事とか出張とか入ってないから大丈夫。
行ってきなよ。たまには一人で羽を伸ばすのも必要だろ?
ああ、瑞季が、俺が家にいるんじゃ嫌だって言うなら、その辺の24時間のファミレスで時間潰すし。それなら、何かあった時にすぐ助けてやれるから 」

と喋りながら画面をいじり、予定を入力する素振りを見せる。

 ─────── 彼が弁護士だから、法律の手続のことは頼りにしようと素直に思えた。
 でも、そんなことまでしてもらっていいのだろうか。
 彼の方から、遠い親戚みたいな付き合いができれば、親しくしてもらえれば、とは言ってくれたけど、実際には血の繋がりも何もない。
 それなのに、いくら同じ事故で親を亡くした者同士だからって、彼の真意がわからない………

「 ………… 言っておくけど、別に下心なんて何にもないよ。高校生相手に、俺はそういう興味はない 」

 返事をしないわたしに、善ちゃんがスマホをテーブルに置いて言葉をかける。

「 あ、そういうことは心配してなくて、………ただ、どうしてそこまでしてくれるのかな、って…… 」

「 だって、苦しんでるから、梢さんが。俺だって、出来ないことは出来ないけど、出来ることはするし。
誰かを助けることに、何か他に理由が必要? 」

 不思議そうな顔つきの彼を見て、前に話していたことを思い出した。
 目の前で誰か困っていたら助けるのがお父様から教わった信条なのだ、と。

「 ……… 人にすぐ頼るっていうお姉さんと違って、誰にも頼らないように生きてきたっていうのは、何となくわかるな。
だから今も、無意識に、自分一人でどうにかするしかないって思ってて、俺の助けを借りていいのかわからずに何となく遠慮してる。……… 違う? 」

 核心をついてくるような彼の言葉と真っ直ぐな視線。
 わたしは思わず目を逸らした。
 
「 ま、性格なんて急には直らないから。
ただ、知り合った経緯は複雑かもしれないけど、………目の前にいる人間が、勝手に手助けを申し出てるんだから、それに従ってもそれほど損はないと思うけど?
泣くほど行きたいイベントなわけだし。
いいことじゃん、そこまで熱心なものがあるってのは、むしろ羨ましい 」

 泣くほど、と持ち出されると、確かに、あんなにメンタルバランスを崩しておきながら、ここで彼の言うことを断って、でも、行けないからとうじうじするのもどうなのかと思えてきた。

「 …………わかった。ありがと。瑞季に相談する 」

「 相談するのは、俺が一晩中家にいてもいいかってことだけにしといて。
で、そのイベントのチケットとか、長野で泊まる所、ちゃんと手配して。
いい?わかった?」

 ちょっとだけ語気が強めの善ちゃんの口ぶりは、わたしがまた遠慮したり考え直したりしないように、そのための優しさなのだ。
 そう感じられたから、素直に

「 ………はい 」

と、しおらしく返事をした。
 わたしがようやく提案に従ったのを見て、善ちゃんは満足そうな顔をする。
 が、ふと何かを思い出したように、お店の天井を見上げる。
 

「 ………あー、今日、持ってきたかな、………四十九日とか面接とか色々終わってから声かけようと思ってたんだけど……もし興味があれば、映画行かない? 」

「 映画?何の? 」

「 確か、人気ドラマの映画版。俺はそのドラマは見てないけど……、出演した役者の挨拶もあるらしいよ。8月上旬なんだけど、…… 」

 善ちゃんはそう話しながら自分のリュックの中を少し探り、あ、あったあった、と呟きながらチケットを取り出す。 

 差し出されたそれを手にしたわたしは、

「 ……えっっ!!!」

と、自分の料理写真の件よりも10倍大声で叫んだ。
 さすがに善ちゃんも驚いて、目を丸くして瞬きを何度も繰り返す。

 
 ────── それは、『 wanwan弁護士タケル  』という、とにかく犬を溺愛しめちゃくちゃ甘やかすのに、仕事と女に厳しいアラフォー独身イケメン弁護士・タケルが、正義の味方として東西南北あらゆる所に出動し難問や大事件を次々に解決するという、人気ドラマの映画版のチケット。
 試写会の日時、場所とあわせて、『 完成披露舞試写会・舞台挨拶付き 』と記載され、登壇者予定の役者さん達の名前が並んでいる。
 その中に混じっていたのは、わたしが生涯大好きでいると決めているとぴ君、つまり『 戸久克比古とひかつひこ 』という俳優の名前。
 テレビドラマシリーズには出ていないけど、この映画ではタケルの敵の組織のラスボス役でとぴ君が出演する、ということは知っていた。
 だから、9月上旬に公開されたら絶対に観に行くつもりでいる作品だ。

 その完成披露試写会で、舞台に立つとぴ君。
 彼を、観に行ける。

 ───── そんなプラチナチケットが突然降って来て、わたしは叫んだきり何も言葉が出なくなった。
 変わりに、何だかもう胸がっぱいで、涙が再び零れそうになる。それを必死に堪えながら目の端を拭い続ける。
 パニックを起こして震えたり泣いたり、叫んだり、また泣いたりと、今のわたしはこのうえなく情緒不安定だと自分であらためて認識した。

「 …………梢さん?………それが、…何? 」

 チケットを持ったまま固まって目を潤ませている45の女を目の前にして、普段はあまり物事に動じない善ちゃんもさすがに動揺を隠せず、恐る恐る話しかけてきた。

「 ………これ、どうしたの? 」

「 え?ああ、仕事の関係で。
多分タイトルからするに、どこかの事務所が撮影に協力して、そのお礼も兼ねて試写会に招待されたんだろな。
そういうのって、空席を作るわけにいかないから、誰か確実に行ける人がいないかってたまに回ってくるんだよ。
梢さんの気晴らしに一緒にどうかなって思っ… 」

「 ありがとう!行く、行く、絶対行く。
ありがとう、ほんとにありがとう…… !」

 彼の話が終わるのを待ちきれず、チケットの端と端を両手でしっかりと持ちながら、返事とお礼の言葉を何度も述べた。

「 ……… チケット、もう一枚あるけど、どうする?無理に俺じゃなくても、推し友?とか、瑞季でも 」

「 あの子は行かなくていいの。あの子、二次元しか興味ないから。
………善ちゃんは、この日は大丈夫なの? 」

「 俺が一緒に行ってもいいなら、喜んで。映画観るのは好きだから 」

「 ………あのね、この人なの。さっき話した、長野のイベントって 」

 わたしは善ちゃんにチケットを見せ、とぴ君の名前を指さした。

「 え? 」

「 ………この人の、朗読会のイベントなの 」

「 …………あー、なるほど。……そっか、そうだったんだ……へぇ~、じゃあ、ほんとにちょうどよかった、月に一度、続けて二回も会えるってことじゃん 」

「 ………うん。ほんとにほんとに、ありがと。このご恩は、ほんとに一生忘れないから 」

 わたしはようやく、見つめ続けていたチケットから善ちゃんの顔へと視線を移した。

「 いや、別に、タダでもらったやつだし。
それにしても、ものすごい偶然だよな。
神様って、本当にいるのかもな 」

と彼は軽く笑う。

 彼に話したら、色々な事が解決したうえに、さらに幸運が降って来た。
 本当に、何者なんだろう?この人は。

 ──── 何者もなにも、この人も、アラフォー独身のイケメン弁護士だ。しかも、この映画、つまり作り話の弁護士タケルと違ってリアルに。
 さっきから、わたしの身の上話を散々聞いてくれて、体調が悪くなったら治してくれて、助言をくれたり解決してくれたり、さらにこのうえないギフトまでくれる人。
 そして、頼っていいから、と手を差し伸べてくれる人。
 
 神様が出逢わせてくれた、…………というより、この人そのものが、神様みたいで。





つづく。

(約6500文字)


*『 regret 』とは、『 心残り 』を意味するの英語です。1~34話までがnote創作大賞2023の応募作品で、その続き部分の話に『~regret~』とつけてあります。


おそろしいほど長々と連載してます。
マガジンにまとめてあるので、よろしければ ↓

同じ空の保田(やすだ)さん|🟪紫葉梢🌿<Siba-Kozue>|note



このお話の前話です。よろしければ ↓



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