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アンティークコインの世界 | 好きなものを集めよう

好きなものを好きなように集めよう。誰かに雑多と言われようとも、好きなのだから仕方ない。自分に正直に、心のままに。なんぴとたりとも、収集に対するその人の神聖な思いやセンスを否定することはできない。誰かのコイン収集を否定することは許されないし、誰かから否定される筋合いもない。それくらいコイン収集は熱い趣味なのである。

コインと自分のぶつかり合い。そして、一期一会の出会いと別れ。コインとは本来、人の手から手に渡っていくものである。だからいつかは、手放す日がやって来る。それでも、最期のその日までは、喜びも、悲しみも、全て分かち合いたい。コインは、そんなパートナーと一緒である。自分の人生をより豊かに、充実としたものにしてくれる、そんな存在である。

鑑定ケース入りコイン、すなわちスラブ信仰の時代も終わりつつある。本来のコイン収集は、ケース入りの鑑定コインによる投資ではなく、裸コインを楽しむことにある。最古のコインコレクターであるローマ皇帝アウグストゥスもそうだった。彼は、世界最大の古代ギリシアコインコレクターだった。収集したコインは表裏だけでなく、エッジまでも覗いてみる。自分のコインなら、コインのフィールドに指が触れてしまたって構わない。そうやって密に接することが最大の勉強となり、次第に生きていくことの糧になる。

ここでは、そんな「楽しむこと」を一番に伝えたい。人間の人生において最も大切なことは、楽しむことである。楽しさなしに人間は生きていけない。周囲の評判というノイズに踊らされることなく、気のゆくままに、自由に、思いのまま楽しむ。いや、楽しむだけでは足りない。楽しみ尽くすことが大事である。楽しむ対象は、何もコインだけとは限らない。何でも構わないのである。何かひとつ、狂えるほどに熱中でき、楽しむことができた人間は幸いである。私の場合は、それがたまたまコインだった。それだけのことである。

今回は、私がデザインや歴史性などに強く惹かれたコインを紹介していく。国も、時代も、素材も、デザインも、あらゆる系統がごちゃ混ぜで、雑多なこと極まりない。おまけに全てスラブにも入っていない裸コインである。裸コインが贋物だということが分かったら?それ見たことか。いや、それで構わない。自分の未熟さを痛切に実感した上で、高い授業料を払ったと思えばいい。その失敗体験は身体に染みつき、そうして人間は賢くなっていく。逆に自分の目を欺く贋物であるなら、資料として是非手元に置いておきたい(とはいえ、騙されないことに越したことはないし、騙されることも望まない。そのためにも、本物のコインの顔をきっちりと覚えることが重要であり、一流且つコンディションの優れたコインに触れ、真贋の素養を身に付けていく必要がある)。それはそれで、実に面白いではないか。そうやって人生を楽しもう。人によっては、驚き、唖然とし、ナンセンスだと非難するかもしれない。それでもいい。それで上等である。大切なことは人からどう思われるかではなく、自分が最大限に楽しめるかだからだ。


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これから紹介するコインの上に刻まれたラテン語には、全て邦訳を付けた。ラテン語は、日本ではあまり馴染みのない言語ではあるかもしれないが、現在私たちが使用している26文字のアルファベットはこの古代文字に由来している。ローマ帝国の文化を継承したヨーロッパ諸国は、長い間このラテン語を標準語としており、また日常で話さなくなったにしても古典としてエリート階級はその習得を幼少より訓練された。言語が分かるようになると、コインの世界がより興味深いものになることは確実である。コインはその美しいデザインを見て楽しむだけでも十分だが、さらに踏み込んで楽しむためにも、言語の解説を少しだけ入れている。


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図柄表:アントニヌス・ピウス
図柄裏:幸運の女神フェリキタス
発行地:ローマ帝国ローマ市造幣所
発行年:131〜161年
発行者:元老院
銘文表:ANTONINVS AVG PIVS P P TR P COS IIII(アントニヌス 尊厳なる者 敬虔なる者 国父 護民官特権保持者 執政官4回)
銘文裏:FELICITAS AVG S C(フェリキタス女神 元老院決議により)
額面:セステルティウス
材質:黄銅
直径:33.0mm
重量:29.6g
分類:RIC 770、Sear 4174
状態:VF(美品)

ローマ帝国の五賢帝と称される皇帝の一人アントニヌス・ピウスの肖像が描かれたセステルティウス黄銅貨。セステルティウスは、直径が30mmを超え、重量も30g近くあるローマ帝国の大型貨幣で、非常に迫力があり、人気の高いコインのひとつである。特にローマ帝国が実際に先祖となるヨーロッパでは根強いファンが多く、ものによっては銀貨よりも高額で取引される。古代貨ゆえ、日本での人気はまだまだだが、ぜひ紹介していきたいコインのひとつである。ちなみに私は、ローマ帝国の貨幣ではセステルティウスが最も好きである。その他にもローマ帝国には、アウレウス金貨、デナリウス銀貨、アス銅貨、デュポンディウス黄銅貨、アントニニアヌス銀貨、シグロス銀貨、フォリス青銅貨など、いくつも貨幣が存在するが、いずれも小ぶりで重量も軽く、並べて置くと帝政初期のセステルティウスが最も存在感を放つ。

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葉冠の部分が摩耗によって潰れてしまっているが、他は全体的に良好なため、VFレベルといえるコンディションだろう。銘文の打ちは良好で、問題なく判読できる状態にある。何より本貨は、ピウスの肖像が美しい。腕の良い彫刻師によって造られた型で打たれたものであることが分かる。中にはお世辞にも上手とは言えない描写のピウスの肖像も存在しており、見比べてみると彫刻師たちのレベルの差を知ることができる。今のコインと異なり、当時はハンドメイドのため、そういった現象が当然のように起こるのである。

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裏側には幸運の女神フェリキタスが描かれている。彼女はストラというチュニックを召し、パッラと呼ばれる飾りの布を羽織っている。女神の姿からは、当時のローマ人女性のファッションを窺い知ることができる。フェリキタスは、左手に伝令杖カデュケウス、右手に木枝を握っている。カデュケウスは元来メリクリウスのアトリビュート(持ち物)ではあるが、フェリキタスを始めとする別の神のアトリビュートとしても用いられることがある。このアトリビュートがどの神に対応するものであるかを覚えれば、銘文の補助がなくとも、どの神が描かれているのかが瞬時に判別できるようになる。本貨の場合は、ローマ人自身も女神の容姿だけでは判別が難しいことから、「FELICITAS(フェリキタス)」というラテン文字が刻まれ、内容を補足する役割を果たしている。


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図柄表:アンニア・アウレリア・ガレリア・ルキッラ
図柄裏:ウェヌス
発行地:ローマ帝国ローマ造幣所
発行年:164〜166年
発行者:元老院
銘文表:LVCILLAE AVG ANTONINI AVG F(ルキッラ皇女 アントニヌス帝の子)
銘文裏:VENVS S C(ウェヌス 元老院決議により)
額面:セステルティウス
材質:黄銅
直径:31.0mm
重量:27.1g
分類:Sear 5506
状態:VF +(美品)

五賢帝マルクス・アウレリウスの息子コンモドゥスの姉ルキッラを描いたセステルティウス黄銅貨。彼女はマルクス帝の義弟で共同統治帝だったルキウス・ウェルスの妻でもあった。本貨はいわゆる皇族を描いたコインであり、ルキッラを描いたコインはそれなりに遺っているが、セステルティウスは珍しく、またコンディションの良いものは限られている。ルキッラの肖像を描いたコインは、デナリウス銀貨の方が比較的よく見られる。だが、描写のレベルは大型のセステルティウスの方が繊細であり、鑑賞するのであれば、こちらの方が断然良いだろう。ちなみに銀貨と銅貨では発行元が異なり、銀貨は皇帝の管轄だが、銅貨に関しては元老院によって発行されていた。発行枚数が多く、民衆へとより広まる銅貨の発行権を敢えて元老院に託したのは初代ローマ皇帝アウグストゥスの配慮である。そこには元老院の皇帝に対する反感を防ぐ意図があり、また皇帝が暴走して金貨と銀貨の発行を狂わせても、元老院側の銅貨発行が正常に回っていれば何とか帝国の運営を維持できるというリスクヘッジの狙いもあった。

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髪の毛を何段にも輪のように巻き、首筋でお団子を造るのが当時のローマ貴族の流行の髪型だった。この流れは、トラヤヌス帝の皇妃プロティアが生み出した。それ以前は、アウグストゥス帝の姉オクタウィアが流行らせた前髪をリーゼントのように立たせ、後ろ髪を束ねる髪型が主流だった。当時のトレンドのヘアスタイルが、コインを時代ごとに並べて観察してみると分かるので、これもまた面白い。本貨に描かれた皇女ルキッラは、皇帝として権力を振るう弟コンモドゥスに嫌悪感と恐怖心を感じていた。自分の方が年上であるにもかかわらず、男という理由で皇帝として称されるコンモドゥスのことが、彼女は気に食わなくて仕方がなかった。そうした思いやコンモドゥスの常軌を逸脱した行動に憤慨した彼女は、弟の暗殺計画を実行した。だが、この計画は失敗し、ルキッラはカプリ島に流刑となった。親族ゆえ処刑は免れたものの、その後カプリ島で彼女は変死を遂げた。親族それも姉の殺害というイメージの低下を恐れたコンモドゥスは、その場での処刑は避けたが、流刑にした後に周到に暗殺を決行したのである。姉による再びの暗殺計画を防止する意図もあったのだろう。

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古代ローマの愛と美の女神ウェヌスの立像が描かれている。彼女は左手に笏、右手にはリンゴを手にしている。ウェヌスが持つリンゴは古代ギリシア神話に基づくものである。ヘラ、アテナ、アフロディテの三柱によって行われた美神コンテストでアフロディテが最も美しき女神に選ばれ、黄金のリンゴを手にした物語に由来している。ギリシア神話を継承したローマ神話では、属性が類似したローマの神々をギリシアの神と同一視するようになった。ローマには神格はあっても神話というものがほとんど存在せす、それゆえ彼らはギリシア神話をそのまま継承した。ウェヌスはアフロディテと同一視され、神話に基づき、貨幣上に描かれるアトリビュートもギリシア神話のものを継承している。本貨はアトリビュートだけでは判断が困難な人物がいることも考慮して、「VENVS(ウェヌス)」というラテン文字を刻印することで、内容の確実性を補強している。


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図柄表:オーストリア大公マキシミリアン3世・フォン・エスターライヒ
図柄裏:騎士団団長紋章
発行地:神聖ローマ帝国オーストリア大公国ハル造幣局
発行年:1618年
彫刻師:Christoph Orber(クリストフ・オーベル)
銘文表:MAXIMILIANVS D G ARCH AV DVX BVRG STIR CARIN(羅:Maximilianvs Dei Gratia Archidux Austriae Dux Burgundiae Styriae Carniolae 英:Maximian, By the Grace of God, Archduke of Austria, King of Burgundy, Styria and Corinth 邦:神の恩寵によるマキシミリアン伯 オーストリア大公 ブルゴーニュ公 シュタイアーマルク公 カリンティア公)
銘文裏:ET CARN MAG PRVSS AD CO H ET TIROL(羅:Et Carniolae Magisterii Prussiae Administrator Comes Habsburgensis Et Tirolensis 英:And Magistrate of Carniola, Administrator of Prussia, Habsburg Count and Tyrol 邦:そしてカルニオラ総督 プロイセンの統治者 ハプスブルク伯とチロル伯)
額面:1ターレル
材質:銀
直径:42.0mm
重量:28.1g
分類:DAV 3324、KM 227.2
状態:VF(美品)

神聖ローマ帝国で発行されたターレル銀貨。この時代のコインであれば、EFクラスのコンディションは欲しいところだが、それでもこの威厳に満ちたコインの風格には惹かれてやまないものがある。ターレル銀貨は現ドイツ及びその周辺地域に形成されていた都市で使用された貨幣だった。時代によってサイズは変化していくものの、直径が40mmを超えるものも存在し、その大きさが誇る迫力は圧倒的である。

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マキシミリアン3世・フォン・エスターライヒ(生没:1558~1618年)の肖像は威厳と風格に満ちており、そのファッションも注目に値する。首元まで飾るひだ付きの装束が特に目を惹く。彼は髭を蓄え、王侯貴族たちが着た衣装を纏っている。首からは大きな十字架が付いたネックレスを下げ、キリスト教国の統治者であることを強く感じさせる。フィールドの上部には一部レッドトーンが見受けられる。こうしたトーンは、アンティーク銀貨の醍醐味である。マクシミリアン3世はオーストリア大公であり、ドイツ騎士団の団長を務めた。1587年にはポーランドの王位継承権を争い、ポーランド継承戦争を引き起こした人物としても知られる。

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裏側にはドイツ騎士団の団長紋章が描かれている。紋章には、神聖ローマ帝国を象徴する獅子、鷲、白百合の笏などのモティーフが用いられている。この時代の製造方法では、まだ刻印を中央に正確に打つことは難しく、若干ズレているところが特徴である。だが、そこに趣があっていい。神聖ローマ帝国だけでもコインの紋章にいくつもヴァリエーションが存在し、非常に奥深い。そして、このデザイン性に優れた紋章は見る者を本当に楽しませてくれる。


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図柄表:レオポルト5世
図柄裏:王冠&盾紋章
発行地:神聖ローマ帝国オーストリア大公国チロル州ハル造幣局
発行年:1632年
銘文表:LEOPOLDVS D G ARCHI DVX AVSTRIÆ(神の恩寵によるレオポルド伯 オーストリア大公)
銘文裏:DVX BVRGUNDI COMES TIROLIS(ブルゴーニュ伯、チロル爵)
額面:1ターレル
材質:銀(Silver .833)
直径:42.5mm
重量:28.53g
分類:KM 629.2、Dav ECT 3338、A 491
状態:EF(極美品)

1632年に神聖ローマ帝国オーストリア大公国チロル州ハル造幣局で発行されたターレル銀貨。オーストリア大公レオポルド5世の胸像を描いている。彼は神聖ローマ帝国の皇帝フェルディナント2世の弟だった。本貨は、人類史上最も破壊的な紛争と呼ばれる三十年戦争の最中に発行された。時代を感じさせるロマンある一枚である。三十年戦争は1618年から1648年にかけて戦われた宗教と政権を巡る紛争であり、ドイツのプロテスタントとカトリックの対立及びオーストリア、ハプスブルク朝スペイン、ブルボン朝フランスによる権力・政権闘争でもあった。この長期に亘る抗争の末、ドイツは当時の人口の20%を占める約800万人以上の死者を出したと見積もられている。

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本貨はレオポルド5世の頭頂から腰までを描いている。王冠を戴く彼は、巻き毛で髭を伸ばしている。右手には王笏を持ち、左手は腰から下げた剣に手をかけている。当時の王侯貴族が着用したエレガントな装束の描写が細かく、非常に目を惹く。コンディションに優れることから繊細な描写が失われていないのは本当に奇跡的なことで、代々本貨を継承してきた人々に感服する。

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裏側の盾紋章も描写が細かく素晴らしい。この繊細さは、写真では伝わり切らないほである。コインの所有者だけが手に取って味わえる特権と言えよう。本貨には獅子や鷲といったスタンダードなモティーフの他、フィールド下部にはぶら下がった羊が描かれている。これは金羊毛騎士団(きんようもうきしだん 独:Orden vom Goldenen Vlies 英:Order of the Golden Fleece)の紋章である。金羊毛騎士団は、ブルゴーニュ公フィリップ3世によって創立された騎士団である。スペイン王国最高位の騎士団勲章でもあり、オーストリア・ハプスブルク家の名誉勲章としても使用されている。


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図柄表:悪魔を討つ大天使ミカエル
図柄裏:ベロミュンスター都市紋章
発行地:スイス連邦ベロミュンスター造幣局
発行年:1720年頃
銘文表:COLEG BERO SVIS BENEV D D QVIS VT DEV S(羅:Collegium Beronense suis benevolis dono dedit 英:The Beronese College gave its gift willingly 邦:ベロネーゼの聖職者集団は喜んで贈り物を与える)
銘文裏:BERO COM DE LENZB FUNDA ECCL BERO 720(羅:Bero Comes de Lensburg fundavit Ecclesiae Beronensis 英:Count Bero of Lensburg founded the Church of Bero 邦:レンズブルクのベロ伯は、ベロ教会を設立した)
額面:1/2ターレル
材質:銀
直径:37.0mm
重量:13.4g
分類:KM 5
状態:Toned UNC(トーンの付いた未使用品)

未使用クラスという奇跡的な状態を誇るベロミュンスターの1/2ターレル銀貨。日本では特に珍しい部類に入る銀貨で、ほとんどその存在が知られていないが、非常に美しいデザインが施されている。スイスのコインといえば、射撃祭シリーズが有名であり、また人気を集めているが、こうしたマイナーながらも面白いコインが存在している。本貨は300年近く前のコインだが、この時代に既に今の悪魔の容姿のイメージが確立していたことが窺える。

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大天使ミカエルの悪魔退治の様子が描かれている。ローマ帝国兵の武装をしたミカエルは悪魔の身体に乗って押し潰し、右手に構える剣でとどめを刺そうとしている。悪魔は苦しげな表情で、吐血している。悪魔のデザインが興味深く、この大きな翼を持ち、長い尻尾をはやした姿は現在の悪魔のイメージそのものである。

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裏側には王冠と前脚を上げて吠える獅子、十字架と植物の装飾による紋章が描かれている。見ていて非常に美しい紋章である。ヨーロッパの紋章パターンは無数に存在し、魅力的である。フィールドの滑らかな仕上がりから、流通せずに保管されてきた未使用品であり、歴代のコレクターたちから大事に扱われてきたことが窺える。


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図柄表:マリア・テレジア
図柄裏:聖母マリアと赤子イエス
発行地:神聖ローマ帝国領ハンガリー王国クレムニツァ造幣局(Kremnits mint)
発行年:1744年
銘文表:M THER D G REG HU BO(羅:MARIA THERESIA DEI GRATIA REGINA HVNGARIÆ BOHEMIÆ 英:Maria Theresia, by the grace of Queen of Hungary and Bohemia 邦:マリア・テレジア 神の恩寵による ハンガリーとボヘミアの女王)
銘文裏:S MARIA MATER DEI PATRONA HUNG 1744 K B(羅:SANCTA MARIA MATER DEI PATRONA HUNGARIAE K B 英:Saint Maria Mother of God, Protector of Hungary Kremnits 邦:神の母マリア ハンガリーの守護者 クレムニツァ造幣局)
額面:1ターレル
材質:銀(Silver .835)
直径:42.0mm
重量:28.76g
分類:DAV 1128、KM 337.1
状態:EF(極美品)

1744年に神聖ローマ帝国領ハンガリー王国クレムニツァ造幣局で発行されたターレル銀貨。神聖ローマ帝国の女帝マリア・テレジアが描かれている。マリア・テレジアはハプスブルク家の子女であり、皇帝の地位は夫フランツ1世に継承させたが、実権は彼女が握った。裏側はイエスを抱く聖母マリアの意匠である。

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ティアラを戴き、十字架の耳飾りをしたマリア・テレジアが描かれている。デコルテの広めなドレスを着た彼女は、エレガントで威厳に満ちている。マリア・テレジアの肖像のコインは非常に人気があったため、1780年銘の彼女のコインが現代でリストライクされている。また、マリア・テレジアは、かの有名なマリー・アントワネットの母として知られる。政略婚でフランス王家に嫁いだマリー・アントワネットは、不運にも民衆の革命と反乱に巻き込まれて処刑されるに至った。マリー・アントワネットにもハプスブルク家特有のハプスブルク顎(下顎前突症)の特徴が幼い頃から出ていたことがマリア・テレジアの発言を記録した文献から分かっている。下顎前突症は、欧米人を中心に現れる顎変形症のひとつである。特徴としては、下唇が上唇よりも前に突出してしまい、噛み合わせが悪くなるなどの弊害が生じる。

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三日月に乗り、イエスを抱く聖母マリアが描かれている。彼女は頭部に王冠を戴き、光背(こうはい)を放っている。左手でイエスを抱え、右手には王笏を握っている。また、彼女が乗る三日月には盾紋章が装飾されている。EFクラスのこうした極美品は、非常に珍しい。特にマリア・テレジアの肖像は人気があり、状態の良いものほど手に入りづらい傾向にある。だが、コレクションをするのであれば、EFクラス以上を基準とするのが理想だろう。収集歴を積めば積むほど誰しもが気づくことなのだが、状態が悪いものは飽きが来るのである。一方、状態の良いものは変わらずにいつまでも、めでて楽しむことができるのである。


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図柄表:熊と植物リース
図柄裏:ザンクト・ガレン都市紋章
発行地:スイス連邦ザンクト・ガレン造幣局
発行年:1776年
銘文表:ABB S G E S I A V E 1776 V(ザンクト・ガレン修道院 1776年)
銘文裏:BEDA D G S R I P(神の恩寵によるベダ司教)
額面:1ターレル
材質:銀
直径:39.0mm
重量:28.0g
分類:DAV 1778、KM 27、HMZ 1 2-867
状態:VF(美品)

本貨は1776Vというタイプに分類されるが、1776H(資料番号:KM 29、HMZ 749)というタイプも存在する。全部で2つのタイプが存在するが、後者の方がレアリティが高い。表裏共に優れたデザインを持ち、動物を躍動的に描いている点に興味を持った。日本ではあまり見かけない珍しいコインであり、本貨はVFクラスのコンディションだが、これがEFクラス以上になると桁が変わるほどの価格で取引される。海外ではもっと人気が高く、評価されているコインのひとつであるが、日本ではまだマイナーで、一部のコレクターを除いては知名度も低い。

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木片を抱えて立つ熊が描かれている。スイスは熊を都市の象徴として描く文化を有していた。本貨以外にも熊をあしらったコインがいくつも存在している。植物のリースも左右でデザインが異なり、凝っていることが窺える。シンプルながらも躍動的で、また熊が起立して木片を持っているという構図が面白い。

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この紋章のデザインに一目惚れした。今までいくつも紋章を見てきたが、その中でも最もデザインが凝っており、美しいと感じている。司教の帽子を戴くマントルの中には、向かい合う熊と羊が描かれている。その下部には「受胎告知」のシーンが描かれており、机で聖書を読む聖母マリアが大天使ガブリエルに突然の懐妊報告を告げられ、驚く様子が描かれている。このシーンの作画は、フィレンツェ共和国(現イタリア)の天才画家レオナルド・ダ・ヴィンチによる絵画作品で有名だろう。また、本貨に記された「BEDA」とは、Abbot Beda Angehrn(生没:1725〜1796年) のことであり、彼は当時のスイスで活躍したキリスト教司祭だった。神学校で教授として教鞭を振るい、1767年にはザンクト・ガレン修道院の修道院長に任命された。


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図柄表:マリー・ルイーズ
図柄裏:パルマ公国国章
発行地:パルマ公国
発行年:1815年
発行数:93,000枚
彫刻師:Luigi Manfredini(ルイージ・マンフレディーニ)
銘文表:MARIA LUIGIA PRINC(IPISSA). IMP. ARCID. D'AUSTRIA 1815(英:Marie Louise, Imperial Princess Archduchess of Austria.邦:マリー・ルイーズ オーストリア大公国の公女)
銘文裏:PER LA GR.(AZIA) DI DIO DUCH.(ESSA) DI PARMA PIAC.(ENZA) E GUAST.(ALLA) 5. LIRE(英:By the grace of God, Duches of Parma, Piacenza, and Guastalla. 邦:神の恩寵による パルマ、ピアチェンツァ、グアスタッラの公爵夫人)
銘文縁:DIRIGE ME DOMINE(英:God guides me Lord 邦:神が我を導く)
額面:5リレ(Lire)
材質:銀(Silver .900)
直径:37.5mm
重量:25.0g
分類:KM C30、Dav ETC 204、MIR 1093
状態:VF(美品)

このデザインのコインは、1815年、1821年、1832年の3つの年号が存在する。本貨は初年号の1815年にあたる。発行枚数は1815年が92,544枚、1832年が43,996枚と記録されている。1821年は発行枚数不明だが、贈答用の試鋳貨であり、現存品が僅かな稀少コインである。

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表側に髪を結ってティアラを戴く美しきマリー・ルイーズ(仏:マリー・ルイーズ / 伊:マリア・ルイーザ / 独:マリー・ルイーゼ)の肖像が打たれている。裏側にはパルマ公国の国章が描かれている。マントルに擦れがなく、ほどよいトーンがかかって立体感を増した趣あるコンディションである。マリー・ルイーズは神聖ローマ帝国の皇帝フランツ2世の長女として誕生した。ハプスブルク家の皇女であり、マリア・テレジアやマリー・アントワネットとは、親戚関係にある。そして、かの有名なフランス皇帝ナポレオン1世の妻でもある。彼女は幼少期からナポレオン1世を憎むように育てられていたが、実際に彼と接してみると優しく紳士で、恋に落ちていった。その後、ナポレオン1世との間にナポレオン2世をもうけたが、この男児は若くして亡くなり、ナポレオン1世の直系の後継者は早々に途絶えた。

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ナポレオン1世の失脚後は、フォンテーヌブロー条約によってイタリアのパルマ公国の統治権を託された。パルマ公国は1847年の彼女の死後も存続するが、イタリア統一運動によって1860年にイタリア王国に併合された。余談だが、マリー・ルイーズは倹約的な育て方をされたため、ファッションにほとんど興味を示さず、また宝飾品を買い漁ることもなかった。それゆえ、宮廷御用達の宝石商は羽振りが悪くなり、彼女に不満を抱いていた。


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図柄表:発行地・年号・額面
図柄裏:王名
発行地:スペイン王国ジローナ造幣局
発行年:1808年
銘文表:GNA 1808 UNDURO(ジローナ造幣局 1808年 1デューロ)
銘文裏:FER VII(フェルナンド7世)
額面:1デューロ / 5ペセタ(1Duro / 5Pesetas)
材質:銀(Silver .903)
直径:41mm
重量:26.4g
分類:KM 7
状態:VF +(美品)

スペイン王国ジローナ造幣局で発行された緊急発行貨。ナポレオン戦争及びスペイン独立戦争による動乱によってスペイン政府が貨幣供給をできなくなったため、都市ジローナは一時的に自前で貨幣を造り、普及させることで都市の経済活動を維持した。デザインは簡素なものの、直径が40mmを超える大型銀貨であり、非常に迫力がある。また、当時のヨーロッパ諸国の大型銀貨でこれだけデザインがシンプルなものも珍しいため、非常に面白い。

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ベルの中に発行地、年号、額面が記されている。「UNDURO」とは1デューロの意であり、これは5ペセタに相当する。縁には偽造防止対策の斜め線が荒々しく刻まれている。本貨が急いで造られたことがよく分かる。縁の斜め線は間隔も太さも不均一である。職人が手作業で切れ込みを入れていたことが窺える。

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裏側には時のスペイン王フェルナンド7世の王名が「FER VIII」という省略名で記されている。こちらも至ってシンプルであり、デザインを考える時間さえなく、とにかく流通させることが目的だったことが分かる。本貨は流通した痕跡が見られるものの、状態は良好であり、当時通常貨として一般に流通したことを考えれば、申し分ないコンディションである。


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図柄表:額面・王名・年号
図柄裏:王冠盾紋章
発行地:スペイン王国カタルーニャ州リェイダ造幣局
発行年:1809年
銘文表:5.Ps FER VII. 1809.(英:5 pesetas Ferdinand VII 邦:5ペセタ フェルナンド7世 1809年)
銘文裏:-
額面:5ペセタ
材質:銀(Silver .903)
直径:39.0mm
重量:26.5g
分類:DAV 316、KM 10
状態:EF(極美品)

ナポレオン戦争及びスペイン独立戦争による最中で発行された5ペセタ銀貨。緊急発行された本貨は、デザインに割く時間も余裕もなかったため、額面と王名、発行年を記した簡易的なものとなっている。歴史的に非常に重要で、緊迫感のある時代に発行された一枚である。

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5ペセタという額面、フェルナンド7世の王名、1809年という年号が記されている。シンプルなデザインで、使用することだけが目的であることが一目で分かる。フランスによる侵攻で占拠されたスペインは貨幣供給が不可能になったため、この時期は各地域が独自にコインを発行することが許された。貨幣の存在なくしては取引もできないため、こうした緊急発行貨が用意されたのである。こうしたコインは現存数が少なく、現在では極めて希少となっている。

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裏側に王冠を飾る盾紋章が描かれている。紋章のデザインもシンプルで、こちらの面には文字さえ刻印されていない。エッジの地金を削り取って溶かし、再利用することを防ぐため、縁に偽造防止対策を意図した装飾が施されている。シンプルなのだが、なぜか趣のある一枚であり、私を惹き付けて止まない。簡素すぎるデザインと造りは、あまり万人受けはしないかもしれないが、歴史背景や当時の緊迫感を感じるには最高峰のコインである。


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図柄表:ヴィクトリア女王
図柄裏:額面・年号・植物リース
発行地:イギリス領インド帝国ボンベイ造幣局
発行年:1840年
彫刻師:ウィリアム・ワイオン(William Wyon)
銘文表:VICTRIA QUEEN(ヴィクトリア女王)
銘文裏:EAST INDIA COMPANY ONE RUPEE 1840 یک روپیے(東インド会社 1ルピー 1840年)
額面:1ルピー
材質:銀(Silver .917)
直径:30.5mm
重量:11.6g
分類:KM 458
状態:F +(並品)

1840年にイギリス領インドで発行された1ルピー銀貨。当時のインドでは、銀貨が主要貨幣として流通していた。この銀貨はインドを始めとして、チベット、アフリカ、アラビア、インド洋に浮かぶ諸島など、幅広い地域流通した。この時のインドは、イギリスの王を皇帝としていた。そして、イギリス王直轄領と各地方のマハラジャ(藩王)の統治領地直轄領で構成されていた。その領域は現在よりも広く、インドだけでなく、パキスタン、バングラデシュ、ミャンマーまで領域下だった。とはいえ、各地域の藩王とは別にイギリスから総督が派遣され、彼らが事実上の統治を行う植民地体制が採られていた。

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本貨には、ヤングヘッドと愛称される若き頃のヴィクトリア女王の肖像が描かれている。1858年にインド大反乱が起こると、統治を委託していた東インド会社に代わり、イギリス王が直接統治を行う形を採るようになった。それゆえ、当初はこれらルピー銀貨には「VICTORIA QUEEN (ヴィクトリア女王)」と記されていたが、1877年にイギリス王を皇帝に戴くイギリス領インド帝国が成立すると、「VICTORIA EMPRESS (ヴィクトリア女帝)」に称号名が切り替わった。

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裏側は額面を植物のリースで囲み、年号を6時の方向に刻印するというシンプルなデザインである。だが、さすがは世界最高峰の造幣技術を誇ったイギリス。簡素ながらもエレガントで人を惹き付けるコインである。それゆえ、こうしたヴィクトリア女王の時代のルピー銀貨は、現地インドの人々からも人気があったようで、彼らが使用せずに記念に退蔵するケースも多かった。結果、地下から大切に保管されていたルピー銀貨が発見される例も報告されている。


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以上、私のお気に入りのコインたちを紹介した。雑多だったかもしれないが、共通しているのはどれも大型貨幣に部類される。私は大型のコイン、古代であれば大型銅貨、中世以降であれば大型銀貨が好みである。特に神聖ローマ帝国とその文化圏内、そしてスペイン王国の大型銀貨は見ているだけで胸が高鳴る。その見た目の迫力、ずっしりとした重量がもたらす重厚感・存在感に強く胸を打たれるのである。現代では、なかなかここまで大きいコインを使用する機会はない。特に日本の現行貨と比べてしまうと、その差は歴然である。その非日常感が楽しいし、非日常は私たちの日々の喧騒をほんの少しだけ忘れさせてくれる。

アンティークコインの世界は、底なしの面白さを秘めている。歴代の英雄や王たちの肖像が刻まれたコインを目の前に、悠久の歴史に思いを馳せる時間ほど至福のひとときはない。また、アンティークコインは当時生きていたかつての人々が実際に触れて使っていたものである。そこにも重厚で果てないロマンがある。その面白さ、楽しさを少しでも分かち合い、共有することができたのなら幸いである。私はアンティークコインに出会い、自分の中の何かが確実に変わった。良い方向にまで進んだとまでは言えないかもしれないが、心なしか見通しが明るくなり、人生に艶とハリが出たような気がする。今でもさほど変わらないが、あの日の燻っていた自分に比べれば、少しはマシになったのかもしれない。そんな自分のような思い悩む人間がこの窓の先の灯りのどこかにいるのなら、この想いが届いて欲しいと切に思う。


Shelk 詩瑠久🦋

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