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男性ブランコ『やってみたいことがあるのだけれど』とスピッツ『ひみつスタジオ』

男性ブランコのコントライブ『やってみたいことがあるのだけれど』を配信で観た。繊細な詩情に満ちたコントを元より得意としてきた男性ブランコだが、本作ではほぼ全コントが10分近くの尺があり、賞レースで消耗させる気のない作品性がある。トニー・フランクによるアコギの生演奏を劇伴にするなどその作りは演劇的。この方向性を磨くことに腹を決めたように見える。

そして最も唸ったのがそのコントの見せ方。現代漫才の中で頻繁に用いられる「やってみたいことがあるのだけれど」と言った後にコントに入る、いわゆる”コントイン“という手法。今回、男性ブランコはネタからネタへとそのコントインを連鎖させていき、コントの登場人物が次の人物を演じるという不思議な入れ子構造を取った。虚構の中の虚構、さらにその中の虚構、といった具合に。

最初の思いつきから次々にキャラクターが連なり、空想の果てまでワープしていくような。もしくは最初の人物が並行世界をあちこち行き来しているような。そんな風に続いていく物語は、最終的にすべてのコントを"記憶"として扱うことで、再び最初の地点へと戻っていく。虚構を通じ、今現在の自分の存在を確かめ直す温かな眼差しがあった。ないけどある。そんなコント連作集だ。

この公演で繰り返し登場するのが”おばけ“というモチーフ。妙なバケモノという意味も、掴みどころのない幽霊という意味も含んでいそうな"おばけ"。世間に馴染めない歪な存在であり、跡形もなく消えるのに気配は残る。まるでコントの登場人物たちやコントそのものを指しているようにも思える。男性ブランコは、圧倒的な存在感を誇りながらも、コントが切り替われば消えてしまうアイツらを、“おばけ”を通じて描き出そうとしていたのだ。


おばけ、で思い出したのが先日リリースされたスピッツの最新アルバム『ひみつスタジオ』だ。まさしく「オバケのロックバンド」という曲があり、メンバーをヘンテコな怪物に見立ててメンバー全員でボーカルを取るという可愛らしい楽曲だ。ファニーさの強い曲だが、《大人のファンタジー》というスピッツの本質が突然歌われる、真正面のバンドのテーマソングでもある。


そんなインパクトの強い曲を含んだ『ひみつスタジオ』を今回の男性ブランコのコントライブと重ねてしまう大きな要因は、《キャラ》というフレーズを用いた楽曲が印象に残ったからだろう。空想のようでいて、その人そのものでもあるような、この《キャラ》という概念は“自分でもあるし、自分ではない感じ”を喜びや嬉しさとして、歌の中で見事に表現しているように聴こえた。

忘れられた絵の上で 新しいキャラたちと踊ろう
続いてく 色を変えながら

スピッツ「大好物」

離れていても常に想う 喜ぶ顔
以前とは違うキャラが行く しもべのハート

スピッツ「さびしくなかった」


スピッツは「やってみたいことがあるのだけれど」と言わんばかりに、様々な存在を通して人間を描く。生死も無機有機も境界はなく、ただ“可愛い“というような慈しみの感情を溢れさせせる。柔和なタッチのまま傷や痛みをそっと提示するようなスピッツの在り方は、笑いを通じて馴染めなさや空虚さを表現していく男性ブランコのコントライブと通じているように思えて仕方ない。

不気味が徐々に可愛さへと
化け猫でもいいよ 君となら

スピッツ「跳べ」

簡単な工具でゆがみを正して 少しまだ完璧じゃないけれど
可愛くありたいハレの日

スピッツ「i-O(修理のうた)」

可愛いね手鞠 新しい世界
弾むように踊る 君を見てる

スピッツ「手鞠」


自分たちをオバケに見立てたり、“君”を異なるモノに見立てるのも、辛い現実をさらりとかわしたり、苦しみの土俵から降りたりするために必要な変身術と言える。その魔法はここではない違う世界を我々にも見せてくれるし、たとえ虚構でも現実を蹴破っていく力をくれる。男性ブランコのコント世界がいつも少しだけちゃんとこの現実に立脚している点にも、そんな魔法を感じたりする。

ロンリーが終わる時 黄色い光に包まれながら
偽りの向こうまで

スピッツ「i-O(修理のうた)」

違う世界があったから救われた
叶いっこない夢をもう1度 描きちらして

スピッツ「Sandie」


歌もコントも、その世界や登場人物はその歌とコント限りで完結するものだが、それに触れた感触はずっと残り続けるし、だからこそ繰り返し触れたくなる作品は名作になり得る。スピッツがアルバム単位でその世界が愛されるバンドであるように、男性ブランコもまた今回の公演で間違いなく公演単位で愛される芸人としてそのステージが一気に上がったよう。どうか末永く、優しさと可愛さを体現し続けるおじさんで居続けて欲しい。


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