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ACT.78『焦点』

宿、到着へ

 ゲストハウスに行くまでの道のりに、かなり迷っていたのを今でも思い出す。
「どっちや…分からん…」
発達のあるあるになってくるのかもしれないが、方向感覚や地図感覚、それに自分の居場所を感じられないというか街中を逃走しているような気持ちになる。時刻は既に21時を回っていた。通常の移動ではサッサと進めるような移動距離を、サイン類のレトロな文字や札幌市営地下鉄の独自性を写真に記録しつつ歩行していると、亀にすら置いていかれそうな勢いで時間が蓄積していく。
 おかげで到着時間を見た時には唖然としてしまった。全く何をしているんだ、自分は…
 北海道、特に札幌圏のイメージになってくるのだがやはり『条・丁目制』の区画の影響で町の作りがカクカクした印象がある。実際にそういったものかどうかは不明だが。
 宿は車通りの多い道道から入って、少し奥まった暗い場所にあった。住宅地の真ん中にポツンと佇み、看板類を目にしなければゲストハウスだと分かりにくいレベルで難しい場所であった。
 北海道遠征終盤に差し掛かっての宿確保。
 実はここが1番難航した。
 何処も北海道は夏季観光のシーズンで地下鉄・市電沿線のゲストハウスは既に満杯ないしは空きが足りない状態になっており、探すのを苦労した。
 が、偶々見つけたサイトからの電話番号で、この東西線沿線のゲストハウスを確保した。電話を入れて、空きがあるのを知った時の安心感は半端ではなかった。

※家族経営のゲストハウスだったので、他愛無い話が進む事進む事。家族の方には大半、札幌市営地下鉄の衝撃を受けた話ばかりであった。

 宿に到着した時には、宿泊客の多くは既に眠りに就いているか飲みに出かけている状態であった。やはり自分が圧倒的に遅いのかもしれない。(当然だと思う)
 既に21時を回って街は最後の活気を見せようとしている中に到着するのは、圧倒的に空気を読んでいない状態と同じではないだろうか。
 到着すると、経営している家族の方々が出迎えてくれた。どうやら家族で自宅を一軒購入して、そこでゲストハウスを経営しているらしい。
 靴を脱いで上がると、家庭的なリビングに出迎えられた。母親らしき女性との会話。包容力を感じる女性の方だった。
「すいません、遅くなりました…」
「あぁ、どうもどうも、無事で良かったです。」
「電話取った時ホンマ焦っててすいません、旭川からカムイ乗ってた最中だったもので…昼には北見におったんですよ。」
「旭川から?遠かったでしょう。」
「んま〜、だいぶ無理しすぎたかもなんですけど…」
やり取りをしつつ、書類を記していく。代金を支払い、自分の寝る場所を教えて頂き今夜の宿の準備が整った。
 家族経営のゲストハウスの暖かさが身に染みる。他愛無い会話が、自宅に帰ってきたような気分に自分を浸らせる。
「北海道来たらもうセコマばっかで。今はすっかり慣れたんですけどね。そうだ、この辺にセコマあります?」
「セコマは…この辺りは無いわねぇ。どちらかって言うと、セコマは田舎の方が多いイメージが…」
「あ、言われたらそうかも。旭川の奥の方とか稚内の方が割と見たイメージです。」
家族の経営…というゲストハウスだったので、こうした旅の内容や思い出を口にしやすい。会話に関してはずっと、自分を出迎えてくれた母親らしき中年女性と娘氏らしい方とで2人の相手がいた。
 町の内容や自分が北海道に抱いた疑問も聞きやすく、非常に安心感を持って過ごせたのであった。

※北海道遠征の最初、目的は解体が宣告された道内電化の立役者であったED75-501の報を聞きつけたからであった。しかし、PCBを除去しての保存が可能と知った小樽市はこの機関車の保存に向けて再び尽力しているようである。

焦点よ何処へ

 もう既に北海道を5日近くは旅している。
 そうした中で、自分が京都から訪問したと自己紹介をすると、某テレビ東京の外国人バラエティではないものの
「何をしに北海道来たの?」
と多くの方からの質問を受ける。もちろん、この宿でも中年女性に質問された。
 そうした中で最初のうちに関しては。旅に理解のありそうな場所では
「小樽のED75っていう解体される電気機関車を見に来ました。」
と素直に自己紹介が出来たのだが、旅を重ねるにつれてボヤけた回答が目立ち始めた。遂にこの場所では、そうした回答からすっかり『ED75』の言葉が消え去っていた。
 っと、ここで回答したのは北海道の鉄道旅をするキッカケになった方の目的であった。自分のもう1つの候補としては小樽・札幌を軽く周回してそのまま帰ろうとする案もあったのだが、折角なので思い悩んだ末、鉄道で道内を周遊する事を思った。その回答が
「映画にもなった小説…聖の青春っていうのがあるんですよ。その中で、主人公の村山聖が師匠の森信雄に「北海道へ行きたい」と告げて旅に行くシーンがあるんです。そうしたシーンを読んで、「北海道で旅をしたいと思ったからなんです。」

※自分の人生の中で、この場所に若いうちに行けたのは大きな成果だったのかもしれない。今回の旅では稚内の宗谷岬への到達も達成した。

 聖の青春…という作品の言葉が大きく衝撃的だったのか、回答として意外なものが返ってきた。
「聖の青春?私映画見に行ったのよ。娘と一緒にね。松山ケンイチが主演だったでしょ?」
「そうですそうです!聖の青春。映画にもなったんですよね。アレは予告しか知らなくて、自分は小説だけしか読んでないんですよ…」
まさかの劇場で映画版を見た方だったとは。自分でも大きな衝撃であった。
 不意に脳の引き出しから零れ落ちてきた回答だったが、この回答はこの回答で正解だったのかもしれない。
 というか5日近くも外に外出していると主目的すら忘れてしまうのであった。それだけ疲労しているのだろうか。

※北海道の新たな観光地であり、北広島市に日本ハムが構えた新球場・エスコンフィールドHOKKAIDO。最新鋭の球場とシステムで、多くの野球ファンや観光層を取り込んでいる。自分が訪問した日は奇しくも日本ハムvsオリックスの対戦カードが後半に組まれていた。

ニアミスポイント

 ひと段落し、2階のベッドに荷物を置くと1階のリビングに戻った。
 リビングには大きなソファーと大画面テレビ。そして漫画を配架している本棚がある。置かれている漫画は少女モノ?が割合多く、『ハチミツとクローバー』を発見した。
「女性中心の家族なのだろうかなぁ…」
そうした思いで配架された『ハチクロ』を眺めていた。
 自分を案内してくれた家族…中年女性と若い娘は既に自宅に帰った。ゲストハウスとは別棟の住居で暮らしているようだ。
 少しだけテレビを点けた。ドカッと大胆にくつろぎながら、足を組みつつニュースを眺める。NHK、HTB、HBC…北海道のテレビ局をチャンネルを取っ替え引っ替え眺めて、最終的にはNHKの9時台のニュースに設定した。天気予報が放送されている。
「関西は今、こんな天気か…」
そろそろ地元・京都への思いが募りまた。自分の帰宅へ身を固める頃だ。既に北海道に浸っている自分を改めて自覚する。
 スポーツニュースに切り替わった。この日は大谷翔平のダブルヘッダー試合で盛り上がり、ニュースのトップも全力で報道していたが自分はプロ野球が楽しみだった。
 そういえば、さっき帰ったあの中年女性も大谷翔平が今日放ったホームランに感動していたっけ。既に北海道の英雄を突破している現状を考えさせられた。

※日本ハムのチーム画像が無かったので、北広島市のセコマを利用した際の記念写真を…
駅からは遠い場所にあるが。自動車利用ならこの場所を訪問してみると良い記念かも。

 この日(7月28日)はオリックスの大型連敗後初のエスコンでの試合だった。
 そして、先発はエスコン初先発になる山下。山下のボークが大きく響き、失調によってゲームが崩れていくが比嘉・小木田の綺麗な三振・打ち取りにてピンチから脱出した。
 ちなみに、この日の日ハム先発は上沢。オリックスにとっては大の苦手投手であり、昨シーズンは中々クリア出来なかった。
 そしてこの日も上沢の前に敵わず、ランナーを置く回はあったものの得点が奪えず、無念の敗北を喫してしまうのであった…
 と、そうしたニュースを宿の大画面テレビで眺めた自分。山下のボークや振るわない打線の中で負けた事は悔しかったが、
「自分の応援するチームがエスコンに居るなら行きたかったなぁ」
なんていう悔しさの方が大きかった。
 というか今年は山下の本拠地戦での登板を見ているので、まぁそうした面に応じて今回は別に良いだろうか。
 この後、遠征内でもっと後悔する事になるとは知る由もなかった…(オリックス関係で)
 ソファーに寛いで、ポリポリと炭酸キャンディーを食しながら眺めるニアミスの夜は、粛々と過ぎていくのであった。

遅い満喫

 実はまだ、食事を完了させていなかった。
「北海道まで来たんやし、らしいの食べたいよねぇ…」
と端末をイジイジ。
「みそラーメンにしよっか…」
札幌の都市圏にて過ごしているので、何かせめて名物だけは食しておきたい。
 が、大通方面で調べても。周辺で検索しても大体の店は閉店していた。そりゃあもう22時である。
「ん〜、行くしかないか、てか地下鉄乗れるし。」
検索を大体かけて、全国規模の知名度を誇る店に向かう事にした。再び、地下鉄は東西線の駅に向かって歩き出す。
 宿に向かう際には円山公園駅だったが、しょくじに向かう…みそラーメン探しに向かう際に利用した駅は『西18丁目』駅だった。以降、この駅を中心に利用を開始していく。
 写真は駅舎(というか出入口)。この時点で時代が静止している感じがもうたまらない。

 全国の地下鉄は、つい最近になって全てを制覇したのだがこの札幌だけは何故かサインや看板の1つ1つに記録したくなる味わいがある。どれだけの年月、このサインたちは市民に寄り添い暮らしてきたのだろうか。
 そう考えて写真に収めている時間が実は自分にとってかなりワクワクするのである。
 円山公園〜宿間でもそうだったように、西18丁目でも盛んにシャッターを切る手が止まらなくなっている。

最初で最後の時間

 西18丁目から、再び交通のジャンクションである大通に向かって移動を開始する。
 駅で待機している間も、サイン類の古さにはテンションが上がりっ放しだ。ここまでノスタルジアを詰めた地下鉄も他には無いのではないだろうか。
 列車を待機していると、トンネルの奥から
「チュンチュン…キュン…コココココ…」
と響き渡る音を耳にした。接近表示を見ずとも、この音の反響で札幌市の地下鉄では列車が走行している事がすぐに分かる。
 そして、この独特な機構の音と並んで有名なのが札幌市営地下鉄の接近メロディだ。最初は
「交通局の独自採用なのだろうか?」
と思って利用しつつ聞いていたが、このメロディは札幌の歴史。そして札幌の躍進を見守った楽曲なのであった。

 再び、8000形車両が独特のチュンチュンと地下を掻き鳴らす音を鳴らして入線してきた。
 そして、先ほど聞いたメロディ…だが。このメロディは札幌にとって大事な楽曲を生活の中に取り入れたものだったのである。
 昭和47年の札幌五輪。この札幌五輪の折に、市民。そして全国の人々を1つにまとめたとある楽曲が存在する。
 トワ・エ・モアによる『虹と雪のバラード』である。この楽曲は、札幌五輪のテーマ曲として親しまれ、まさに日本を代表する楽曲だったのだ。地下鉄のメロディとしては、
『生まれ変わる 札幌の地に』
『君の名を呼ぶ オリンピックと』
の部分がメロディアレンジして採用されており、市民の生活の中に溶け込んでいた。
 しかし、このメロディと共に地下鉄に乗車する機会が最初で最後になろうとは考えてもいなかったのである。

 実は、この『虹と雪のバラード』を札幌市がメロディとして採用した経緯には、昭和47年の札幌五輪での縁…ではなく。
 来る令和12年(2030年)の札幌五輪招待を目標に掲げて採用していたのである。
 しかし、令和12年。そしてその先の4年後の冬季五輪に関してはそれぞれにフランス。また、アメリカのソルトレイクシティ、またその先にはスイスと招待の報せは一向に札幌に来ない状況になった。
 こうした状況から、札幌市は『招待に向けた機運を高める為』に採用したこの『虹と雪のバラード』のメロディの使用停止を発表した。
 自分が札幌市営地下鉄に乗車したのはこの滞在期間中の2日間だけであったので、最初で最後のメロディを聞くチャンスであったのだ。
 奇しくも全ての路線で採用されているこのメロディ。南北線に関しては札幌五輪の機運と共に開通を迎え。そしてまた、地下鉄では日の丸飛行隊で有名になった大倉山ジャンプ台へのアクセスが可能…とだけあり、メロディの使用停止は残念なニュースであった。
 令和5年度、3月中旬に順次各路線で停止に向かい動くのだという。

思想の核として

 札幌市に地下鉄を通し、そして交通局では様々に前衛的な取組みを巻き起こした男、大刀豊。
 先ほどから何回も彼の名前を出しているが、その思想が反映されたものがこの地下鉄の車内にあるのだ。
 西18丁目から東西線に乗車し、向かうは夜食の場所。随一の繁華街に向かう最中であるのだが、折角なので地下鉄の車内を撮影して置こうと思った。札幌市営地下鉄の車内は全国的に見ても特殊な構造をしているのである。
 まず、写真を見ていただきたい。
 解放的に割られた通路部。この通路部は、オフィスの応接間のような空間を…という事で、扉で閉鎖せず車両全体を通路のように設計し、扉を設けなかった。
 また、車両を見て圧倒的に異なる部分がある。
 解放的に割られし車内空間の中、通常の地下鉄と比較してあるものがないのだ。それが
『網棚』
である。
 網棚を設けなかったのには、大きな理由があるのだ。
 それは、地下鉄を利用する乗客のニーズである。
 地下鉄を利用する乗客は、多くの乗客が長時間ではなく短時間の移動にと30分以内で完結する事が多い。特に駅間の短い地下鉄ともなれば、その乗車時間は更に縮まる。
 通勤・通学などでの短距離な乗車を見越した車両設計で、札幌市営地下鉄は荷物を載せる『網棚』を採用しなかった…のである。

※大阪府の地下鉄の車内。網棚が各座席に配置され、車両間を仕切る貫通扉があり圧迫感を感じる…というのか、車両間が個室化されたような設計になっている。車内の写真を比較するだけでも大きく差があるのだ。

 比較用に、他都市の地下鉄(大阪)を見ていただこう。
 網棚の設置。そして貫通路で隔てられた車両との間。こうして眺めると、札幌市営地下鉄がどれだけ異彩を放つ車内なのかがよく分かるだろう。
 また、網棚を設置しなかった事によって大きな効果もあった。通常、通勤電車の車内に放置される新聞や雑誌のゴミの放置。そして網棚に置く荷物の忘れ物を無くす事にも成功し、一定の成果を収めたのであった。
 これもまた、思想を大きく出した札幌市営地下鉄の成功例であったのだ。
 地下鉄に乗車し、現在も引き継がれる大きな特徴となっているのである。

再び、中心部へ

 大刀豊の思想が大きく反映された地下鉄の車内に感動し、また高加速な地下鉄の引力に感動している最中に、列車は大通に到着した。
 駅の構内を歩いていると、面白いものが見つかったので紹介しておこう。
 南北線をレゴブロックで再現したジオラマがあったのである。最近は世界中で、
『レゴアーティスト』
による作品が発表され、そして日本でも作品の制作が行われている。
 そうしたアーティストによるものだろうか、南北線の駅を再現したものがあった。
 少し暗めな地下鉄の空気。そして特徴的なゴムタイヤ地下鉄の再現が上手くなされている。再現度が本当に高い。
 と、そうした感動を覚えつつ駅構内を移動していくのでした…

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夏の思い出

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