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散人の作物

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#恋愛

春近し、初恋を

春近し、初恋を

沙汰無きは、無事なる事なり、と宣いしは祖母なり。そう言われる通り、私は祖父母宅を訪れるのは稀になっていった。それはつまり我が郷里に近づき難いからに他ならない。
あの通い慣れた街道を歩む時、或はあの感じ慣れた風を体に受ける時、著しいノスタルジーが私を包囲して、つまらぬセンチメントを喚起させるのだ。
例えば私は、故郷にて何か後ろめたい事をした。そういう訳では決してない。何をするにも何も出来ぬ空虚な街に

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小説『鮮血への贖い』

小説『鮮血への贖い』

自分の容姿に過不足を感じた事は今までに一度もない。そう断言できる。俺は確かに良い容姿で今日まで生きてきた。それは、幸いでもあり不幸せでもあると言わねばなるまい。自意識はその分肥大するのだから。

子供の頃、の記憶を辿ると俺はなき泣き虫であった。それは何に対して?少なくともそれは他人に対してではない。言うなれば世間に対して俺は恐怖を抱いていたという他ない。テレビに流れる残虐な映像は俺をこの世界に不安

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上野駅公園口 感傷録

上野駅公園口 感傷録

根津神社の方から緩やかな傾斜を下ると平坦な街道に出る。両サイドには今はもう懐かしくなった個人経営の小さな店が尚も元気よく営業を続けていた。いつも。それはいつもそうである。その街道を歩む時、束の間ではあるものの忘れてしまった本来の街の姿。それを垣間見る。
さらに進んでいくと視界は急に開けてくる。一面の池。そしてその向こうに小高い丘。そう不忍池と上野の山である。いつも人々の楽しげな声が聞こえる。子供の

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