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茶室建築 Tea-Room
2020年6月13日 11:47
「八窓庵(はっそうあん)」連子窓が三つ、下地窓が四つ、突上窓(天井)が一つの八つの窓を持つ二畳台目の茶室。桃山時代から江戸前期の茶人、小堀遠州の晩年の作。各地に移築された後、札幌中島公園内の日本庭園に昭和46年に移築され、現在に至る。遠州が発展させた書院の茶室・孤篷庵の忘筌(ぼうせん)などとは対極的な草庵風の小間席。こちらの茶室も別名は「忘筌」。鉄粉を混ぜ込んだ鉄錆の外壁に
2020年2月23日 12:50
「大徳寺孤篷庵 忘筌(ぼうせん)」桃山時代から江戸前期の茶人・小堀遠州のつくった茶室。戦国時代以降、ようやく安定してきた武家社会において作事奉行・茶匠として活躍し、利休の死後に武家の茶風を確立した古田織部(へうげもの)の一番弟子でもあります。遠州は武家茶をさらに推し進め、書院に中柱と点前座を付ける手法で、書院の茶室を完成させました。この忘筅は晩年の作。全体十二畳に一間床。点前座
2019年7月30日 09:25
「遠州の四畳台目」遠州の十八番ともいうべき茶室です。へうげものこと、織部の弟子でもあった遠州は、江戸前期の安定してきた封建社会にあって、武家茶の方向性をより進めます。その特色は、客座から見やすい位置に点前座を舞台のように配置。さらに織部の燕庵形式を進展させ、上座を一目でわかる位置に配し、相伴席の必要性を草庵形式の中に消化。江戸幕府の作事奉行も勤めた遠州の優れた見識と閃きの光