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炭酸飲料と母への優しさ
私のラダック人の友人は、ラダックが直面している様々な変化を比較的客観的な立場から理解できている人であると思う。
20代後半の彼は、幼少期から現在に至るまでの人生の中で目まぐるしい変化の渦中に生きてきた人である。
「子どもの時はテレビなんて見たことなかったよ!」と話す彼は今では自分のスマホを使って世界中の情報をキャッチできる。
そんな変化の中を生きてきた彼は、ラダックの生活スタイルや食習慣の変化
観光によるキャパシティを越えた水の消費
ラダックの人びとは氷河の雪解け水に頼って生活している。しかし、地球温暖化の影響によって氷河は溶け続けており、将来の水不足が懸念されているのが現状だ。
レーにある友人の家で過ごしている間は、ポリタンクに溜めた水を使って、タライの中で洗い物をしたり、空き缶に水を入れて手や顔を洗う。村では、家の側にある小さな小川を使う。
1週間に一回くらいの頻度で洋服を洗う時も、同じ水を使って4回くらい洗濯するため
生活の中の「生きとし生けるものが幸せでありますように」
標高が富士山並みのラダックにも場所によっては蚊がいる。
厳しい環境に生きる蚊だからか、刺されるとかなり痒いし大きく腫れる。
ラダック人の友人に蚊に刺されたことを話していた時、ちょうど彼のほっぺたに蚊がとまっていた。
日本で育った私は、蚊を見ると反射的に叩いて潰さないと!という発想になる。そして何も考えずにバチっと彼のほおを叩いて蚊を潰したら、彼が唖然とした顔で私を見つめる。
そして「チチチ
人間として自然なこと
去年泊まらせてもらった、ラダック人のおばさんの家遊びに行ったとき、おばさんに会うなり
「さきは去年よりも太ったね〜!」
と言われた。
日本ではそんな風に言わないから少しびっくりしたが、当然彼女に悪気はなくニコニコしている。
太ったり痩せたりすることは人間として自然なことだから、きっと髪の毛伸びたねと言うのと同じ感覚なのだろう。
日本では、タブーと思われている年齢を聞くことや、相手の老化を指摘
「観光」とどう付き合うか、お金とどう向き合うか
遊牧民の暮らしを見たいと遊牧民がゲルを張っているエリアに連れて行ってもらう。
彼らの素朴で静かな暮らしに突如現れた違う民族の人たちが訳の分からない言葉で話しながら歩いてくる。手には自分たちのお給料では到底買えないようなカメラを持って、彼らの日常を撮影する。
見世物じゃない、ぜったいに 。
彼らは確かに生きている。その日常を見世物にしているのは、私たちだ。
いつからか、旅先で写真を撮ることが嫌
いつまでも続くゴミの道
荘厳なラダックの山々にはあまりにも似合わないゴミの道がバイクで10分くらい走っても終わらない。
早く終わってと心の中でいくら、望んでも祈っても果てしなく続く景色に絶望する。
なぜこうなってしまったのだろうか。
ラダック人の友人は、これまでにラダックに貧困や飢餓が存在したことがないと話す。
それは、ラダックの人びとはいつも分け合って生きてきたから。分け合うこと、助け合うことなど、相手に良い行いを
「ストレスは自分が作るものだよ」
ラダック滞在中に、ゴミ捨て場を訪問した。
ラダックの荘厳な景色の中にゴミが広がる。いつまでもゴミの道が続いていて、風が吹くと色んなものが舞い上がり、景色がカラフルになる。野良犬や野良牛が不健康に太った体でゴミ山の中から食べ物を探している。
この景色を見て、あまりのショックに言葉を失った私は、ラダッキーの友人に話しかけられても反応ができなかった。
頭の中には色んな疑問が浮かんでくる。
どうし
インダス川の源流でペットボトルのミネラルウォーター、牛がいる家でパック牛乳
ラダックの暮らしの中で皮肉な矛盾を見ることが多々あった。
インダス川の源流があるラダックでペットボトルに詰まったミネラルウォーター
牛を飼っている家のホームステイで出てくるパック牛乳…
デリーでラダックへの乗り換えの飛行機を待っていたときに飲んだ水のペットボトルに「ヒマラヤの水」と書かれていた。それを見て心の中でにやっとする。これからラダックに行けば、これを思う存分、無料で飲めると思ったのだ。
ものに依存しない人たち
いつも感じることだが、ラダックの人たちにお土産を渡しても期待するような反応はしてくれない。
喜ぶでも、驚くでもなく、あっさりと受け取り、一言ありがとうと言うだけだ。
こういう場面でいつもラダックの人たちのものへの執着のなさを感じる。
ラダック人の友人がいたずらに、私に車を運転させようとする。運転したことがない私は、「私が運転したら車を壊してしまうよ。」と言いながら断る。
それに対する彼の答え
最後まで慣れなかった時間感覚
海外にいて、自分が日本人だなと感じるのは時間感覚についていけない時だ。
その土地の時間感覚に慣れずに、待ち合わせの相手が時間通りに来なくて焦ったり、現地の人と一緒に過ごす中で無意味に流れる時間を勿体無く思ったりする自分の姿に「日本人」であることを自覚する。
日本では、分(ふん)時には秒刻みの時間感覚で生きている。公共交通機関は1分の狂いも許されないし、20:00締め切りのレポートは、1秒でも過