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短編

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情景を思いつくがままに文章にしてみました。 そしてそれを集めてみました。 インスタントフィクションです。
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#思いつき

願望[インスタントフィクションその33]

この広い研究室に所属する学生は私だけであり、それゆえに黙々と理論にのめり込んでいく。充実したこの部屋には、歴代の所属学生たちがゴミ捨て場や自宅から拾ってきた各種白物家電が揃っていた。そんな部屋に自分一人の状況とはあまりにも宝の持ち腐れであり、最大限できる限りではあるが利用させてもらっている。そんな自分だけの神聖な時間にノックの音が響いた。
「だめだー。全然進まねぇ。」
隣の研究棟に通う学部時代から

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皮肉[インスタントフィクションその32]

「みろよこれ!スッゲェ綺麗だぜ、この満点の星空」
けいたが見せたスマホの画面に一面に広がる幻想的な星空を見て、しゅんたは言葉を失った。世の中にこんな景色があるなんて思えなかったのだ。
「スゲェだろ?凄すぎて保存しちゃったぜ」
満面の笑みを浮かべながらけいたがスマホを片付ける。もうすぐ駅に着く。部活終わりに2人で帰るのはいつもの日課で、けいたはいつも面白いものを見つけるたびにしゅんたにみせてくる。し

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普通[インスタントフィクションその31]

多分全ての人は自分が知らない世界を理解できないのだと思う。
「お前お父さんいないんだってな。かわいそうなやつ。」
父親がいないことは可哀想なことなのか、僕にはわからない。僕の家では父親が一年に3回ほどしか帰ってこない。それが当たり前だったしそういうもんだと思ってた。でもテレビで見るドラマの世界では家にはいつも両親がいて、これが一般的な家族なんだと漠然と理解はしていた。そんなふうだからかむしろこうも

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普遍[インスタントフィクションその30]

「至極当たり前のことを教えてやろう。人間全てに人権があり、その全ては尊重されなければならない。これは過去から未来において普遍的なことだ」
そうだろう。だがしかし、本当にそれは普遍的なことなのか。遠い過去、人間が人間の所有物として扱われるのが当たり前である時代があった。その時代においてはその当たり前こそが普遍的であろう。
「それは人間の過ちだ。人間が同種たる人間を縛るなどあり得ることではない。だから

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不死[インスタントフィクションその29]

どん、どん、どん、と扉が激しく叩かれた直後に、間髪入れず罵声にも似た声が飛び込んだ。
「なにしてんさ、何時まで寝てるつもりだい」
少年は寝てはいなかったが、なにをひていたわけでもなくそれゆえに少年は何をしていたかがわからず、もしかしたら少年は寝ていたのかもしれない。
「さっさと朝ごはん食べてしまいな!」
そう言い終わる前にはすでに足音は遠ざかっていた。まるでそれは嵐のように現れ、嵐のようにさっって

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旅[インスタントフィクションその28]

喧騒に包まれたため発射台に佇む一つのロケット。
「3、2、1、テイクオフ」
スピーカーから流れる合図と同時に凄まじい音と光を放ちながらその身を徐々に上昇させていく。
「行くぞ!音を届けに」
船長の一言に私たちはその顔に喜色を浮かべる。
「そうだ。私たちは音を運ぶんだ。」
何もない空間を貫き、目標到達点へとたどり着いた私たちはそのまま内部へと入っていく。ここからは徒歩だ。扉を叩いてきたことを告げ、カ

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命[インスタントフィクションその27]

「うんこ踏んだ!きったねぇ!」
大声が公園に響く。ギョッとする通行人を気にもせず男は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。その目線の先は自身の足の裏、どうしてペット禁止のこの公園にうんこがあるのかという疑問や憤慨をぶつけるように睨め付ける。
「うわぁ!こっちくんな!」
何を言う間も無く今度は虫と格闘する男の悲鳴が上がる。虫を恐れる人というのもここ最近では珍しくない、どころかむしろ多いくらいではなかろう

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生きる[インスタントフィクションその26]

近年増えた獣害を取り上げたニュース、あまりに被害が大きいために罠や猟銃による殺処分が検討されているという報道にコメンテーターが好き勝手に意見している。
「でもさぁ、最初に人間がテリトリーを奪ってきたのにそれを取られそうになったら殺しますってどうなの?」
「そうはいっても子供が被害に遭ったら手遅れになっちゃうよ。なんとかしないと」
「畑の被害もかなりバカにならないみたいだしね」
「でもさぁ、やっぱり

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山彦[インスタントフィクションその25]

不思議な穴がある。大通りの道から誰もが素通りするような脇道に逸れて少し進んだひらけた場所に、液体が並々に注がれた穴があるのだ。液体に色がついている様子はないが不思議と中を見通すことはできない。なぜ僕がこの穴を見つけたのか、なぜ脇道に逸れようと思ったのか、それすらもわからないのになぜかやるべきことはわかっている気がする。それを実行するとしよう。
「じゃんけんぽん!」
驚いた。突然穴から手が出てきたと

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幻[インスタントフィクションその21]

何かを見つけたのだろう、ゆうたは突然大声で叫んだ。
「みろよあれ!水たまりだぜ」
ここ数日は一滴の雨も降っていないというのに水溜まりがあると主張するゆうたを横目で一瞥すると、たつきはゆうたが指さす方に目を向けた。
「遠くてよく見えねぇよ。ほんとに水たまりなんか?」
当然であろう、立っているだけで汗が滴るたつきの顔には訝しむ表情がありありと浮かんでいた。
「どっちが先に入れるか競争しようぜ!」
汗が

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矛盾[インスタントフィクションその20]

感情に抗うのは簡単で、理性的であることは容易であると、そう私は信じていた。一度立ち止まって考えてみれば必ず理性的になれると信じて疑わなかった。でもある日気づいてしまった。統計学で有名な先生が憤慨しているのであるが、全く統計学を用いての分析ができていないのである。これほど優れた能力を持っている人物ですら自身の武器を使いこなせないとは如何なことか。彼は怒っていた。悲しんでいた。そうして彼は必死で叫んで

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感情[インスタントフィクションその19]

統計学を教える教授の話はいつだっておもしろい。一見すれば答えに思えるようなものでさえ、それが実は自身がそうであると信じたいものでしかないと教えてくれる。
「無作為に選ばれたアンケート結果を考えます。ゲームを毎日2時間以上すると答えた人のなかでおよそ6割の人が眼鏡やコンタクトレンズを利用していると答えました。さて、視力の低下はゲームによるものと考えられるだろうか。」
ゲームを多くする人はそれだけ目を

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願望[インスタントフィクションその18]

あいつの意見は間違ってんだよな。あいつは反対だっていうんだよ。そんなわけないじゃないか。よくわからん理由をグダグダ言ってたけどよ、そんなことで反対できるってんならあいつは相当なお馬鹿さんだってんだよな。おいらは賛成だぜ!なんてったってあの竹田さんが賛成なんだからな。どうやったんかは知らんがあの人は反対派が嘘だってことを見抜いてんだ。おいらですら嘘だぜって教えてもらえなきゃ今頃反対派だったかもしんね

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指向性[インスタントフィクションその17]

あいつの意見は間違ってんだよな。あいつは賛成だっていうんだよ。そんなわけないじゃないか。よくわからん理由をグダグダ言ってたけどよ、そんなことで賛成できるってんならあいつは相当なお馬鹿さんだってんだよな。おいらは反対だぜ!なんてったってあの梅宮さんが反対なんだからな。どうやったんかは知らんがあの人は賛成派が嘘だってことを見抜いてんだ。おいらですら嘘だぜって教えてもらえなきゃ今頃賛成派だったかもしんね

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