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『風の万里 黎明の空』について

#人生を変えた一冊  というお題があったので書こうと思います。

 私にとって十代で影響を受けた本は3冊ある。
ひとつは、『夜と霧』(ヴィクトル・E・フランクル著)。
ふたつめは、『こころ』(夏目漱石著)。
そして最後の3冊目が、今回紹介したい本作『風の万里 黎明の空』である。

 私は、高校の終わりくらいまで読書というのものに全く触れてこなかった。受験勉強か、国語の授業、あとは夏の読書感想文くらいか。
当時は、読書よりも音楽鑑賞や演奏に夢中になっていたからだろう。

 そんな私が読書をしようと思ったのは、高校3年になって受験の気配が少しずつ周りから漂ってきた時だった。
気管支喘息で部活を早めに引退した私は、自分の中にある熱量、興味を他に向けたかった。同じクラスの女子からBL本を借りてみたり、『ハチミツとクローバー』を読んでみたりと今までの自分の在り方を作り替えていこうとしてた。(結局、顧問に呼び戻されて最後の最後で復帰してしまったが。)

 その時期に出会ったのが十二国記シリーズだった。
きっかけは当時放送されていたアニメを観て興味を持ったことだった。

 1作目『月の影 影の海』は、突如として現れた景麒によって異国へ流された中島陽子が自分自身と向き合い、どう生きたいかを模索していく話だ。
裏切られ続けていた異国の少女は成長し、やがて物語は隣国を巻き込み、自らを「王」として選んだ景麒を救い出し、国――慶国――を治めて話が終わる。

 2作目『風の海 迷宮の岸』も同様に日本から異国へと連れてこられた男の子の話だが、今回は1作目とは違う。彼は異国の世界において神の使いに等しい麒麟として迎えられる。
この巻では、十二国の世界観と麒麟の責務、すべてを統べる「天帝」の存在が語られる。黒い髪の異邦の麒麟 高里要(泰麒)の穢れない純粋さと麒麟の責務に苦悩する姿が印象深い。

 3作目『東の海神 西の滄海』は、動乱の世に吞まれ、領主として国を失った小松尚隆と麒麟 延麒が活躍する話。前作の泰麒と違い、延麒は自分の責務――王を選ぶこと――には酷く消極的で、「王を選ぶということは、国を亡ぼすということだ」とまで否定しまう。
そんな彼が選んだ王が既に一度、異邦の地で民を亡ぼしてしまった領主だったことは何の因果か……。
 前作とは対照的に王の立場から十二国記の世界を観ることになる。
 この世界で「国」とは、「王」とはなんだろうか――という問いを投げかける本作。


さて、前説が長くなってしまったが、これには理由がある。
今回紹介したい『風の万里 黎明の空』は、先ほど紹介した作品たちが築き上げてきた世界観の上で展開する。
まさに集大成的作品だ。

2、3作目で積み上げた麒麟や天帝の存在、前述で触れなかったが王という存在を疎く思う官吏など……そうしたすべてを内包して、景王 陽子と2人の数奇な運命を辿ってきた少女の苦悩と成長を陽子の国、慶国の内乱とともに描いていく。

 本作では、1作目で多くの困難を乗り越えて景王の玉座に就いた陽子の苦境に立たされた状況から始まる。異国生まれで、世間の仕組みに疎い陽子は官吏に翻弄され、自分の無能さに苦しむ日々を送っていた。

 2人の少女は、それぞれが自分の生い立ちの酷さから他人と自分が同じではないこと、自分が一番苦労していると思い込み、周囲の人の厚意すらマトモに受け止められない。

陽子を含めた3人の少女は紆余曲折を経て、慶国のひとつの州の圧政を目の当たりにする。

そこに至るまでの経緯の中で、2人の少女はそれぞれ「自分が一番ひどいと悲観することの浅はかさ」、「自分の現実を観ること」、「自分が何をするかで環境は変わること」を1人は言葉で、もう1人は行動で示される。

 最終的に3人の運命は、州に対する内乱という形で交わり、圧政の裏で糸を引いていた人物が、王の側近の1人だったと判明する。

 事態が収拾したあと、新王が就任した際の初勅として陽子は、己の目指す国作りの決意と民への願いを宣言して終わる。
※初勅とは、王が最初に出す勅令。どういう国にしていきたいかという新王の意志表示。


話が長くなってしまった。
当時の私にとって、本作がそれまで読んだ小説の中で一番心に刺さった。
自分自身が学校生活で体験してきた部分と重なるところが多くあり、これからの人生でも忘れてはならない部分がいくつも散りばめられていると感じたからだ。

・自分の居場所は自分で作ること。(与えられるものではないこと。)

・自分の現実を見つめること。(出来ることは何か。出来ないことは何かを受け止めること。虚勢を張らないこと。)

・自分が一番ひどいと悲観しないこと。(誰にだって辛さがあること。何より分かち合うこと。)

・自分が何をしたいかを考えること。そして尊重すること。(他人に下るのではなく、流されるのではなく、自分の意思で選び、切り開くこと。)

・まずはなにが問題か、冷静に観ること。(感情的になっても問題は解決しないこと。)

・したいと思った善意はやること。また頂いた厚意は必ず返すこと。感謝の気持ちを持つこと。(不義理にはしない。)

・ありがとう、ごめんなさいは忘れずに伝えること。(相手への気持ちを忘れず、自分の過ちは受け止めること。)


こうした事柄は、生きる上では当たり前と言われることかもしれない。だが、私はそう思わない。

 本を読んでいて「確かにな」、「そうだよね」と思うことがある。
無意識だったことを認識させてもらう瞬間だ。
私にとっては、この本がそれだった。

 意識するからこそ、人は大事なことを忘れずに「当たり前」を作っていけるのではないだろうか。
そういう意味で本作は、私が岐路に立たされたときにいつもあるべき道を考えさせてくれた。
人生を変え続けてくれている作品だ。

 私の中で生きる指針になっている小説だ。

 高校卒業後、色々あって今は全く別の地方都市で暮らしている。さながら十二国に近い。
言葉や笑い、食事に感性など全く異なって未だに戸惑うことも少なくない。山あり谷ありだったが有難いことになんとか生活を送れている。

友人と呼べる人々や恋人、家族に支えられながら、こうして生きているのは、今でも私の中に陽子がいるからかもしれない。

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※著作権の問題も加味して文庫版のリンクを掲載しております。他意はございません。

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