85歳の男性がデイサービスに通い始めました。体の衰えが感じられ、外へ出るには杖が必要になりましたので、これ以上衰えては生活に支障が出ると考えたそうです。と、奥様が言われました。本人はケロッとしていて危機感はありません。「転んだらダメよ」「骨折したら寝たきりになるよ」と高齢者によく言う言葉ですが、同じように言われたそうです。
高齢夫婦の二人暮らしでは、男性に介護が必要となれば、女性の方が力が弱いため、日常生活が難しくなります。だからといって、女性に介護が必要となった場合、家事を男性がしなければならなくなりますから、これまた難しくなります。どちらも大変なのです。
デイサービスでは、筋トレと体操をするそうです。これまで85年間、運動経験のない人が、歳老いてから運動させられているわけです。ここはあえて「させられている」と書きます。
このくらいの年代の方は、子供の頃は戦争中で疎開し、食べ物もろくになく、勉強もあまりしていません。今のような学校教育が充実していたわけではなく、人生を楽しむという概念すらなかった時代です。毎日生きていくのがやっとで、どうやって食べていくかだけ考えて生きていたそうです。中学生の頃から親の仕事を手伝うようになり、学校を出た後、店を継いだそうです。映画や音楽、スポーツが盛んになりかけても、店を切り盛りして遊ぶ時間もお金もなかったそうです。そうやって何十年も過ぎ、店を他人に譲って今は隠居されています。
「人生を楽しむ」という言葉がありますが、何を持って楽しいとするかは人それぞれです。この人に尋ねてみました。
「人生楽しんできましたか?」
「商売一筋だったから、楽しむなんてことは何もなかったな~」
「趣味は?」
「何もないよ。趣味なんて持とうという考えすらなかったわ。」
「でもお札がいっぱい集まってくる楽しみはあったでしょ?」
「そんなのないよ」
「たまには夜の世界で遊んだりとか、しなかったんですか?」
「大阪で商売してたから、そういう店はいっぱいあったけど、まったくそういうことに興味がなかったから行ったことないよ。」
「じゃあ、どんなことにお金使ってきたんですか?」
「使わないよ。使うとこなんてないよ。」
「映画とか、音楽とか、美術とか、いろいろあるでしょう?」
「そんなの全然興味ないからまったく知らない。」
「パチンコや、麻雀、ギャンブルは?」
「まったくしたことない」
「タバコは?」
「吸ったことない」
「酒も飲まないんですよね?」
「まったく飲まない。会合で出されても、ちょっと口を付ける程度。今も家ではまったく飲まないよ。」
「株は?」
「しない」
「利殖は?」
「何もしない」
「今は毎日、どんなことをして過ごされているんですか?」
「とくに何もすることない」
「テレビ見てますか?」
「見てない。興味ないし。」
「じゃあ、今はデイサービス行くことが仕事みたいなもんですね?」
「そうなるね」
ところがデイサービスは週一回だし、午前で終わるのでお昼には帰って来るそうです。新聞は毎日見るようですが、何かのジャンルに詳しいとかありません。ヘッドラインを見ている程度のようです。引退後、地域のボランティアをしてきたということもなく、毎日楽しんで生きてきたと、話の中で感じることがありませんでした。
85歳になってからやったことのない運動を始めています。衰えてきてから運動をしなければならなくなるのです。どうせいつかは運動する羽目になるんです。年老いて運動しなくちゃいけないのだったら、もっと早くからしておけばいいと思いませんか?
夏休みの宿題に例えられるようなものだと私は考えます。後半になって焦って頑張らなければならない状態です。それならもっと早くからやっておけばいいのに、という気持ちが同じだと思うのです。40代、50代、60代、70代、それぞれ言い訳の言葉はいろいろあることでしょう。でも、80代になったら、運動をさせられるんですよ。人から強制させられるより、自発的に運動を一日も早く始めることをお勧めします。イヤイヤではなく、楽しむことが大切です。
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