シェア
ron.204
2024年11月4日 20:52
外が十分明るくなった頃、やっとのことで夫の生まれた県にたどり着いた。「次のサービスエリアで停まるから、お化粧してきたら?」再びうとうとしていた私に、夫が声をかける。夜中眠って行くプランだったから、私はすっぴんで車に乗っていたのだ。「うん、そうする」ついでに顔も洗おう。そんなことを思いながら、大きめのボストンバッグの中を探った。…ない。ないぞ?一気に眠気が吹き飛ぶ。
2024年10月29日 07:55
目を覚ますと、私を乗せた車は、まだ暗い高速道路を静かに走っていた。仕事の疲れもあったのか、随分ぐっすり眠ってしまっていたらしい。「今、何時?」頭がぼーっとする中、夫に聞いた。「3時。まだまだ夜中だよ。もう少し寝ていたら」夫は優しく私に言った。クーラーで冷えた車内で、柔らかい毛布の触感が心地よく、もう一度眠りに落ちるのは容易いことだった。けれど、車のダッシュボードに飲みかけ
2024年10月21日 19:30
私たちが暮らす家が決まった頃、夫が帰省に誘ってくれた。「そろそろ世間も落ち着いてきたし、僕の実家に行ってみようか」ご挨拶はもう少し先になるかと思っていたので、このお誘いはとても意外だった。そして、とても嬉しかった。丁度月末にふたりが4連休を取れる週末があったので、3泊4日で旅行も兼ねて伺うことになった。私は以前見せてもらった、夫のご家族の写真を思い出した。夫と同じ優しい眼差しを
2024年10月11日 08:13
約ひと月、私たちは週末に物件を見て回った。夫の納得する家を一緒に探そうと心に決めてからは、内見も楽しめるようになった。写真を撮ったり、ベランダからの眺望にうっとりしたり。だいたい似たり寄ったりな造りのひとり暮らし用のアパートと違い、外観から間取り、壁紙や雰囲気まで、それぞれの物件に個性があるため、ファミリー向けの分譲マンションを見てまわるのはとても楽しかった。ここに冷蔵庫を置いて、
2024年10月3日 00:45
プロポーズ、私の両親への挨拶、小旅行。順調にイベントを進めてきた私たちは、次は一緒に暮らす家を探すことにした。ふたりの勤務地を鑑みると、自然とエリアは絞られたので、その地域の不動産屋さんに夫が予約を入れてくれた。何度かひとり暮らしをしていたから、不動産屋さんが初めて、という訳ではなかったけれど、ひとり用の気軽なワンルームを探すのと、結婚に向けたふたり暮らしの部屋探しというのは、随分重み
2024年9月15日 23:39
旅館の朝ごはんが好きだ。普段の朝ごはんの概念を遥かに超える品数がずらりと並ぶ、贅沢な朝ごはん。とても食べきれないのではないかと一瞬怯んでしまうけれど、薄味で計算されたバランスの食事は、不思議とスルスルと身体に吸い込まれていき、心地良い満足感に満たされるのだ。なめこのおみそ汁と、大きなだし巻き玉子をお膳に見つけて、それだけで今日の朝ごはんは大正解だな、と心が踊った。ごはんの硬さはかた
2024年9月7日 11:35
夜、私たちは眠った。きちんと手入れされた、清潔で温かな布団に身を包まれたら、ふたりともすぐに眠りに落ちてしまった。充実した旅の疲れが身体をまとっていて、いつもよりも重力を強く感じたほどだ。どのくらい眠っただろう。空気が震えるほどの地響きを感じて、私は目を覚ました。キョロキョロと左右を確認すると、それは夫のいびきだった。夫は、息を大きく吸い込むと、身体中を震わせながら大きな大き
2024年8月1日 22:52
私が大浴場から戻ると、ちょうどよい時間だったので、夕食会場に向かうことにした。夕食会場は半個室の和室で、ゆったりとくつろげる空間だった。和食の懐石料理に舌鼓を打つ。見た目にも美しく、薄味だけれどお出汁をしっかり感じられる繊細なお料理で、心と身体が満ち足りていくのを感じた。温泉に入ってさっぱりした身体で食べるお料理は、なんて美味しいのだろう。私と夫は、交互に美味しいと言い合ったり
2024年7月25日 00:30
旅館に戻ると、ご飯の時間まで余裕があったので、大浴場に行くことにした。私は温泉がとても好きだ。洗い場で、普段ないがしろにしがちな自分の身体をいつもより丁寧に洗う時間も好きだし、馬油やポーラといった、温泉でしか出会わないシャンプーで髪を洗うのも好きだ。なにより、温泉独特の柔らかいお湯を全身で感じる瞬間や、広いお風呂に手足をうんと伸ばす心地よさがたまらない。温泉からの眺めが良かったなら
2024年7月21日 00:17
レストランを出るとき、シェフのご夫婦が外までお見送りをしてくれた。改めて美味しかったと告げると、シェフは、東京で修行をした後、この大自然の中でレストランを開いたというエピソードを教えてくれた。東京で出会ったという奥様に、環境の変化に不安はなかったのかと聞くと、「主人は言い出したら聞きませんから」奥様は困ったように、けれど少し誇らしげに答えてくれた。夫婦というのは運命共同体なのだ
2024年7月9日 04:50
何を着て行こう。クローゼットを開けて、ふむ、と悩む。これまでファッションに関心を寄せてこなかった私にとって、デートでの服装は毎回私を悩ませた。「どうして暗い色の服ばかり着るの?」明るい色の服を着て欲しいと指摘した夫の拗ねたような表情を思い出す。黒、グレー、ネイビー。これが私のワードローブで、肩が凝らないことと、仕事でも週末でも使いまわせる無難なデザインであることが条件だった。
2024年3月4日 23:10
今となっては、なかなかすごい時期だったな、と思うのだけど、その頃は都道府県を超えて移動することは控えた方がいい、というマナーが存在した。不要不急の外出、とか、自粛、とか、そんな言葉が世間を席巻していた。「というわけで、こちらの両親への挨拶はしばらく控えて欲しいそうなんだ」水族館の帰り、夫は申し訳なさそうに私にそう言った。夫の実家は遠方で、私も気にかけていた。「そっか。それは仕方
2024年2月11日 00:43
恋人ができたら何がしたい?そんな憧れは、誰にでもひとつふたつあると思う。私にとって、そのひとつが水族館だった。素敵な彼と、水族館に行く。あまりにもベタなデートで、少女漫画の主人公は大抵デートで水族館に行く。けれど、集客力のあるコンテンツが何もない田舎で生まれ育った私の日常に、水族館はなかった。だからこそ、憧れていた。キラキラ光が反射する水を見上げて、のびのび泳ぐ魚を見る。
2024年2月1日 12:54
1時間に1本、多くても2本しか電車が停まらない駅の閑散とした改札を通って、夫は現れた。田舎に似つかないしゃれたジャケットを羽織り、ヨックモックの紙袋を下げている。緊張したようすもなく、朗らかに片手を挙げて、私に到着を知らせた。「電車で来たのは初めてだけど、なかなか味のある駅だね、君の地元は」「変なところはないかな?とはいえ、着替えは持ってきていないけど」夫は自身の身なりを確認し