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小説

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小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
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#忘年P

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

 男がいつも通り顔をふきながら洗面台から出てくるのを、彼女は、リビングのソファからながめていた。
「ほかえり〜」
 およそ在日一世では知り得ないであろう日本語のスラングをなげかけてみると、え? と、しどろもどろになった。普段から彼女は、こんな具合の遊びをよくする。
「ん〜ん。今日もかわいいね笑」
 そう場を収めて、テレビの方に向き直る。
 それは単なる遊びというだけではなかった。それは、彼女のちょ

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紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」中編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」中編

 十二月三〇日。温。部屋を出たくない。
「は〜またなんかDM来てるよ……もう縮小垢に篭ろうかな」
 と、彼女は昼一時に出て行った。部屋には、残り香と温もりの布団。溶けてしまいたくて仕方がない。仕方がないので、不可抗力で二度寝……などできるはずもなく、年末年始、食うに困らないための作り置きを、一人になった台所で始めた。
 ネットストーカーなんて大仰なことを言っても(たいていの人は、枕詞にネットとつく

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紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

 差別とか、いじめとか、ストーカーとか、そういうのをやたらと歌うアーティストがいた。新人オーディションの時、審査員はこう批評したらしい。「わざわざそんな特殊なテーマを選ぶ意味はあるのか。過剰な一般化じゃないか。軽んじていないか」
 アーティストがメジャーデビューを果たした日、そのエピソードを知って、リスナーのある男は思った。
「実際にありふれているから、仕方がないじゃないか」と。
 差別とか、いじ

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ささど「花火とその余熱」後編

ささど「花火とその余熱」後編

 関野遥と僕は小学一年生からの幼馴染だ。だから僕たちは今までずっと一緒に生きてきたし、これからも離れることなく一緒にありつづける。少なくとも今年の三月まで、僕はそう信じていた。それは今よりももっと自然な確信で、決して切実な祈りなどではなかった。そして、その確信が突如として形を大きく変えてしまうなんて、考えたことはなかった。
 三月十一日、芽吹き始めた桜の下で、遥は僕にこう言った。
「今年の大晦日に

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ささど「花火とその余熱」前編

ささど「花火とその余熱」前編

「今年もたのしかったね、塔也くん」
 関野遥が僕に笑みを向けながらそう言った。余裕を湛えた、世界の全てにーー彼女の認識する世界そのものに――慈愛を注ぐような、そのような笑顔だった。慎ましい美しさが遥を包み込んでいる。しかし、その姿は僕を幸せにはしてくれない。
 大晦日の午後一一時三〇分、僕と遥は山奥の国道上にいる。道路自体は綺麗に舗装されているが、ガードレールを境界として、その先には暗い山肌が広が

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虫我「サンタ証明の途中式」後編

虫我「サンタ証明の途中式」後編

 小学生の僕が、僕を覗き込んでいた。ポンポンが付いた青いニット帽が、白く染まっている。
「つかまれよ」
 そう差し出された小さな手を握る。引っ張られる力は、その大きさと見合わないぐらい強かった。
 そのまま小学生の僕は、白い世界に向かって走り出す。消えゆくように、背中が白く薄くなっていく。
「おい、どこに行くんだよ‼」
 見失わないように必死についていく。叫んだ声も、吹雪で掻き消えそうだった。
 

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虫我「サンタ証明の途中式」中編

虫我「サンタ証明の途中式」中編

 外は案の定の暗闇だったが、不思議と自分の身体とその前方ははっきりと見通せた。
「では、お気をつけて」
 運転手は扉の前でお辞儀をすると、再び戻ってバスのエンジンをかけた。表記は『夢行き』から『回想中』に変わっている。
そうして過ぎ去っていくバスを見えなくなるまで見送ったあと、僕はあてもなく歩き出した。
歩き出して、少し止まって、また歩いた。
ずっと、暗闇。でも、少し前だけは見えている。
「……な

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虫我「サンタ証明の途中式」前編

虫我「サンタ証明の途中式」前編

「次は、如月四条、如月四条」
 ある冬の一夜。大学生である僕は、その送迎バスの最終便に一人揺られていた。
「……」
 十二月二十四日の夜。生憎僕にとってクリスマスは聖夜ではなく、何気ない日々のその一員にしか過ぎない。
 僕は窓を、その中にうつる世界を見る。夜の暗闇に照らされるキャンドルのような街並み。宝石のような街灯。腕組みして歩く二人組。笑顔の絶えない家族連れ。それは、クリスマスと形容するにはぴ

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