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雨が降ると悲しみが見えない
三年前まで住んでいた寮は宅配物を管理人が預かるようになっていて、部屋番号を告げて受け取った。部屋に駆け込み絨毯に座り込み夢中で読んだ。
それが初めて読んだ田村隆一の詩集
東京に就職するのがその頃には決まっていた。
別のクラスの年下の男の子が「いらないからあげますよ」と言ってくれたCDはちょうど30枚位あって、上京して寂しくなったら一日一枚ずつ聴こう、そしたら一ヶ月は気が紛れる、よくそう思ったもの
明日の向こう側に行く
私は勉強ができない。
中学に入学するのと同時に、自分は数学が苦手なのだということをお腹の底から理解した。分からないことだらけのこの世界で、数学は私をむやみやたらに引っ掻き回して混乱の中へ引きずり込む。ただでさえ悩み多きティーンエイジャーの私に、文部科学省はなんということをさせるのだろうと思った。
中学の数学の授業で「-3×-3=9」と先生が黒板にカンカンカンと書き付けた時、頭の中に100個くらいの
「ひとりで君は泣く 断りもしないで」
生きているだけで好きだよと言うので、死んだら嫌いになる?と訊けば、もーあなたって本当に、と声をあげて笑い少し間をおいて、死んだって好きだけどやっぱり生きてる方がいいねと微笑んだ。
わたしのことをとんだロマンチストだとたびたび揶揄うけれど、あなただって大概だ。わたしもあなたが好き。生きていても死んでいても。ただ好きなんだよ。
レイトショーの上映時間をラウンジで待っていた。時計は二十一時を回っている
かつてきみと渡った橋は
だれもが立ち去ることができる街角までともに歩いた。川の底にある小石のことばで語りかけることができればきみをひきとめることができると信じたかった。きっと見送ることができないという理由でひきとめたかった。
かつてきみと渡った橋はほんの一瞬のキスにすぎなかったが、背後には暗がりがひろがっていて、私たちの後ろ姿はその暗がりに刻印されていて、でもふり返るだけでは見ることができない、それは夜の中の夜なのだと
書き残した文字がそこに切り取られた過去の匂いを鮮烈に蘇らせる、数日前の気持ちも、一年前の気持ちも、変わらぬ色の濃さを帯びて
拝啓 朝顔の青の開き初める此の頃
拝啓 朝顔の青の開き初める此の頃、いかがお過ごしですか。七月一日の夜がやけに肌寒かったのを憶えていますか。今は七月十三日の夜、摂氏三十五度の昼を冷房に守られて過ごし、都合よく真夜中の涼風を愉しんでいます。ずるをしている。こうやって、耐えるべき困難をひょいとエスケープして、のうのうと、しかし強い引け目を感じながら、暮しているのがわたしの生です。狡いのです。その狡さが情けないのです。
あなたが手紙