燃える息

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連続するペリカンの

夢で、私は十二畳ほどのワンルームでペリカンを飼育していた。ペリカンは二頭いて、一頭ずつケージに入れている。 普段は世話など全くしておらず、部屋の真ん中にそれだけ置いたブラウン管のテレビで、ひたすらゲームをしていた。部屋の一面が掃き出し窓で、ベランダにはシーツがめいっぱい干してあり、よくはためいた。 少しすると必ず一頭の具合が悪くなる。治療のためケージから出しキッチンに寝かせれば、ペリカンは苦しそうに呼吸し、からだは灰色になっている。 死んでほしくない。愛着からではなく、私はそ

    • 自分は病だと思い込む病、自分は病ではないと思い込む病

      • 初めて外で待ち合わせた時、山吹色のコートを着ていますと送ったメッセージに、僕は深緑です。と返信が来て、その時にはっきり、彼と寝るのだろうと分かった。

        • 元日の夜、映画を観た帰りに少し遠回りをして東京タワーへ。消灯の五分前に到着して、彼は満足そうに「綺麗だね、消えるのを見たことがある?」と訊ねる。もちろん無いと、そう答えるのを待っている。何でもかんでも正直に答えれば良いってものではないのだ。こればかりは、本当に。

        連続するペリカンの

        • 自分は病だと思い込む病、自分は病ではないと思い込む病

        • 初めて外で待ち合わせた時、山吹色のコートを着ていますと送ったメッセージに、僕は深緑です。と返信が来て、その時にはっきり、彼と寝るのだろうと分かった。

        • 元日の夜、映画を観た帰りに少し遠回りをして東京タワーへ。消灯の五分前に到着して、彼は満足そうに「綺麗だね、消えるのを見たことがある?」と訊ねる。もちろん無いと、そう答えるのを待っている。何でもかんでも正直に答えれば良いってものではないのだ。こればかりは、本当に。

          「今朝、猫を轢いた。飛び出してきて、あっと思ったけれどもう駄目だった。トラ柄で、タイヤに巻き込んだのが音でよく分かった、自分の体じゃないのに感触がした。人を轢いて『気付かなかった』と言う人がいるけど絶対に嘘だよ。」

          「今朝、猫を轢いた。飛び出してきて、あっと思ったけれどもう駄目だった。トラ柄で、タイヤに巻き込んだのが音でよく分かった、自分の体じゃないのに感触がした。人を轢いて『気付かなかった』と言う人がいるけど絶対に嘘だよ。」

          「稲妻に打たれるような啓示を」

          バニラが強く香るボディバターを貰った。 かなり好みが分かれるであろうこういったものを私は人に贈らないため、純粋に驚いた。相手はおそらく店で、テスターの缶を開け鼻を近づけるか手の甲に塗りつけてみてこの香りを気に入り、そして私も気に入るだろうと思ったのだ。 毎日少しずつ、からだにのばしていく。 彼の手帳の隅に、「曲がり角にはいつも誰かがいる」と書かれていたので、喩えか何かと尋ねる。 「喩え?そのままの意味だよ。曲がり角には誰かがいるから、気を付けようって。」 結局、撃ち落とさ

          「稲妻に打たれるような啓示を」

          「それさえも笑い合った それさえも恋だった」

          待ち合わせ場所に現れた彼を見た瞬間、目眩がした。 赤いポロシャツ。肩甲骨の形がよく分かる。 いいね、と思った。青い空の下を真っ赤なシャツで歩く事の出来る強い自信が。 「これ?古着だよ。」 そう言われてみれば確かに、襟は草臥れているような気もする。 「セブ島にも着て行ったんだ、銃を撃ったよ。」 あの空や海の元でこれを着たのかと、心が震えた。 そういうことばかり思い出していた。 目の前にいる男性は、見れば見るほど彼にそっくりだ。思わず口をついて出てしまう。 「Yさん、昔の恋人

          「それさえも笑い合った それさえも恋だった」

          「水牛の角でつくられた街で」

          蔑ろにされていた話をしよう。 彼は、わたしともう一人の女を、週に一度ずつ部屋に呼んでいた。 わたしは部屋を出る時、彼の煙草の吸殻や空いたペットボトルなどを片付けたが、次に部屋に入る時はいつだって、もう一人の女の使ったコットンや汚れた食器などで散らかっていた。 また、彼はよく、わたしにもう一人の女の話をした。 身体が薄く、ゆっくりと瞬きをするがピアスを沢山つけていて、バイクに乗るらしい。 しかし、もう一人の女にはわたしの話はしなかったようだ。とは言っても、お互い存在を解って

          「水牛の角でつくられた街で」

          「楽園で遅い朝食」

          「あなただったんだろうな、本当に」 登録のない番号からの、ショートメールだった。 …いつだって通り魔のようで、鼻腔に麝香が強く香る。舌は冷え切っていた。 あれは夏にしては涼しい夜で、車達の尾灯ばかりが彼の眼にひかって、煙草を吸っている指は陶器のようだった。 果物の腐ったにおいが辺りに充満していた。 愛していたし、愛されていたことを知っていた。誰もおらず、誰も要らなかった。 彼は暗い森に火を放ち、たちまち燃して…でも、それだけ。そうして置き去りにされたことを知るだけ。 そ

          「楽園で遅い朝食」

          「胸が苦しいから、たくさん恋がしたかった」

          「死んだ人間って、どうしてああ口をきかないものかしらね。」 読んでいた本から顔を上げ、祖母を見る。 「夢の話よ。夢で、死人って喋らないでしょう。」 あんたの歳だと死人の知り合いなんか居やしないか、と祖母は溜め息をついた。死人の知り合い…。口の中で反芻する。 「あいつのお兄さんなんだけどさ。前の、ほら、別れた方の旦那のね。」 わたしには父方の祖父がふたりいる。祖母が言っているのは初婚の方だ。 「マ、兄って言っても沢山いるのよ、次兄。よく家に訪ねてきたんだけど、お邪魔しますっ

          「胸が苦しいから、たくさん恋がしたかった」

          「淋しい夜には裸になって」

          金曜日の夜、有楽町駅前で。 「見て、特設水槽。」 都会のビルに立ち囲まれたアンバランスなそれ。動き回る魚たちをふたり、目で追いかける。 優雅にからだを動かして泳ぐね。でも、自分たちが優雅にからだを動かしていると、知らないね。 後ろから、やだ、気持ち悪い、と笑う女の子たちの声。友人はぐるりと振り向き「失礼な事を言うね!」と睨みつけたので慌てて引っ張り、少し開けた場所へ出てから声を出して笑った。 銀座へ。私達も泳ぐ。友人はよく喋る。私はあまり。 「装飾品を身に付けるのは

          「淋しい夜には裸になって」

          「恋なので仕方ありませんでした」

          伊東のホテルだった。 一泊で予約をしたが、もう少し居てしまおうかと笑ったのが始まりで、三泊目だ。 いつまで居るかは決めていない、とりあえず一週間分の支払いをしたと言う。 彼がどこかへ出てしまったので、散歩がてら買い物に行く。舗装されていない道は砂埃がよく立った。ホテルから徒歩十五分のドラッグストアで、ボトルの表面が少し埃っぽいシャンプーとリンス。ボトルなんか東京へ帰る時に荷物になる。なら使い切ってしまう? もうずっと、胸に冷えたものがある。でも…だったらなんだって言うんだろう

          「恋なので仕方ありませんでした」

          「どうか僕を幸福にしようとしないで下さい」

          図書館に来たのは久方ぶりだった。 本当の事を言ってしまうと、こういう場所の本は好きではない。手続きを行い鞄にしまって、家に持ち帰り触る。責任が生まれてしまう。昔から罪悪感があった。単純に不特定多数でのやり取りも汚らしく感じた。友人同士の貸し借りも得意でなかった。 しかし自分勝手な事に、貸し出しさえしなければその法則は適用されない。その場で読み棚に戻す。美容室の雑誌と同じだ。その場かぎり。適当に捲ったり、捲らなくたって良い。 二冊、選んだ。長居する予定はなく、勿論読み終える事

          「どうか僕を幸福にしようとしないで下さい」

          「胸の火薬に火がついて」

          海沿いの、コンビニの駐車場での事だ。ドライブの途中、わたし達は停めた車の中で、買ったばかりのコーヒーを飲んでいた。 冬の海に人は少なく、駐車場にはわたし達の車と、白い軽トラックのみだったが、それもすぐに出て行った。 不意に、運転席に座っていた彼が席を替わろうと提案し、わたしは特段の疑問も持たずに従った。 「じゃあ、運転してみようか。」 笑いが出かかるが、彼は至って真面目な顔だ。 「なに言ってるの、運転席に座るのだって今日が初めてなのに。」 「広い駐車場だし、今は誰もいないから

          「胸の火薬に火がついて」

          「ラメ入りの紅茶飲んで僕達はゴージャス」

          ブロッコリーに茹でたレバーを百グラムほど、チーズをふた切れ。ほぼ食材のままの簡単な食事。最近はこれらばかりだ。 本はどれも読みさしで枕元、床、半分開き放した箪笥の中(立ち読みしながら着替えた際の遺物だ)など、あちらこちらに置いてあり、気の向いたものから再び手に取る。だらしのない読み方だが四月に入ってから四冊読み終えた。 また頭痛だ。このところ毎日のように痛む。目が覚めるとまず痛み止めを飲むようになった。再び眠るまでに三回ほど飲み直す。 とにかく疎かになっている。人に連絡をしな

          「ラメ入りの紅茶飲んで僕達はゴージャス」

          「唯一の相手に選んで」

          本当に、身体からなにか…匂い立つ人というのはいる。 昔、好きになった男の人がそうだった。始めは使っている香水か整髪料、柔軟剤のたぐいだと思った。とにかく、彼が笑っても怒っても遊んでも疲れても汚れても、何をしてもその匂いがするのだ。 清潔な四角い石鹸、まだまだ使い始めたばかりの角が取れてしまっていないものと“4711 Portugal”が混ざったような、わたしにとっては大変好ましい匂いだった。 しかし何故だか、何人かで一緒にいると彼の匂いは息を潜め、横にいるとほんのりわかる程

          「唯一の相手に選んで」